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【人的資本経営】
【第4回】 人的資本経営概論 ~動的な人材ポートフォリオの構築~

2022年11月07日 下野雄介宮下太陽、二宮拓太、廖苗蕾


1.はじめに
 「シリーズ:人的資本経営」は、人的資本経営の基本的考え方を示し、その実践に向けて企業が取り組むべきポイントを体系的に提言することを目的とした連載である。本連載を通じて、経済産業省が2020年9月に公表した「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書〜人材版伊藤レポート〜」(以下『人材版伊藤レポート』)において、「人的資本経営のあるべき人材戦略を特徴づけるもの」として掲げられている3P・5Fモデルに沿って、解説を進めていく。
 第4回目は、第3回目の「As is - To beギャップの定量把握」の次のステップとなる「動的な人材ポートフォリオの構築」について解説する。その際、3P・5Fモデルの3Pに含まれる「経営戦略と人材戦略の連動」「As is - To beギャップの定量把握」と「動的な人材ポートフォリオ」の関係性についても考えていきたい。

2.人材ポートフォリオとは何か
 「動的な人材ポートフォリオ」の説明に入る前に、まず人材ポートフォリオとは何かについて解説する。人材ポートフォリオとは、「経営戦略と人材戦略の連動」と「As is - To beギャップの定量把握」の結果を可視化し、人材調達方針につなげるための枠組みであると言える。つまり、経営戦略の実現という将来的な目標からバックキャストで定義される必要な人材像(=質)について、その人材が過剰なのか・不足しているのか(=量)を把握する(As is - To beギャップの定量把握)ためのフレームワークである。
 人材ポートフォリオを用いることでAs is - To beギャップが明らかにすることができれば、どのような人材がどの程度不足するのかが可視化され、具体的な人材調達方針を検討することが可能になる。また、経営戦略の実現を基準とした時に、過剰となっている人材についても可視化される。過剰となっている人材をそのまま放置するわけにはいかないのは自明であり、不足している人材像への転換に向けたスキルシフトや配置転換などを検討していくことになる。
 では人材ポートフォリオはどのように設定するべきなのだろうか。経営戦略に沿って明確化される人材の質と量を表現するための軸は、会社ごとの個別性が高く、汎用的なものはなじまないことから、一言で言えば各社各様であると答えるしかない。とはいえ、一般的によく利用されている人材ポートフォリオの枠組みがあることも事実である。
 ここで、人材ポートフォリオの例として図表1をご覧いただきたい。例えば、イメージ図①では「自社の競争優位に対する貢献度」×「スキルの企業特殊性」により人材の質を4象限で定義している。現状の人材を、「自社の競争優位に対する貢献度」の軸により、経営戦略に即して考えた際に、競争優位に直結する人材像なのか、それとも他社との差別化要因とはならない人材像なのかを区分する。また、「スキルの企業特殊性」という軸により、人材の外部化可能性を評価し区分する。4象限に区分された人材は、その量が明確化される。これがAs isの定量把握となる。一方、経営戦略に基づき4象限ごとに必要な人材の量も明確化される。これがTo beの定量把握となる。以上を踏まえれば、4象限で表現された人材の質ごとに、As is - To beの人材の量が充足しているのか、不足しているのかについて、量として把握することができる。また、イメージ図②では、「チームワーク⇔個人ワーク」×「新しい価値の創造⇔既存手法の運用」といった2軸を用いて人材ポートフォリオを定義している。この人材ポートフォリオはスキルセットやコンピテンシーに基づく整理となっている。
 このように、人材の質的側面を縦軸と横軸で整理したのち、タイプ・レベル別に理想とする人員数(To be)と現状の人員数(As is)、そのギャップを概算し、各象限の人材が不足しているのか、充足しているのかといった量的側面を把握・可視化するという形で人材ポートフォリオを利用するのである。



3.「動的な」人材ポートフォリオとその実践
 さて、人材版伊藤レポートでは「動的な」人材ポートフォリオの重要性が説かれている。人材ポートフォリオが「動的な状態」とは、「あるべき職務・業務に対して、適切な人材の再配置を行うこと」と理解できるだろう。言い換えれば、「適所適材」の考え方に基づき、経営戦略から導かれる職務や業務の変化に応じて適材を内外から調達することであると言える。
 筆者は、伊藤レポートであらためてこの動的な人材ポートフォリオが言及されている理由として、「多くの企業では、人材に関するAs is(今の内部人材の質と量)と To be(あるべき人材の量と質)には大きな乖離があり、人材の調達についてもこれまでに経験のないレベルの取り組みが必要になる可能性が高いためである」と考えている。
 図表2はある企業で人材ポートフォリオを可視化したケースである。このケースでは、「自社競争力にとっての重要度」、「職務の難易度」という軸で職務を整理し、各タイプに従事する人材の過不足を把握した。結果として、特にC職務やD職務では大幅な人材余剰になっていること、一方、A,E,G職務ではかなりの人材不足であることがわかった、というケースである。これはVUCA(※1)の時代においては、決して珍しいことではない。多くの企業では現下の経営環境下で経営戦略・事業戦略を転換することを余儀なくされているはずであり、それにより、経営戦略・事業戦略から設定される人材ポートフォリオと現状の人材ポートフォリオの間には大きなギャップが生じているのではないだろうかそのような状況においては、限定的な外部登用や消極的な職種横断的異動などに代表される、硬直的な人材ポートフォリオ(=動的ではないポートフォリオ)ではもはや対応できず、既成概念にとらわれないような人材調達を検討する必要がある。
 外部調達としては、採用やアウトソーシングといった従来の人事領域の範疇にある人材調達施策はもちろんのこと、M&Aによる労働力調達まで踏み込むことも考えなければならないだろう。また近年ではフリーランス雇用や副業・兼業といったテンポラリー(一時的)な労働力など、新たな労働力の活用についても積極的な制度整備や受け入れをいち早く進めることが必要である。また、労働力という範疇のみにとらわれすぎず、BPR(Business Process Reengineering)やDX推進といった別の観点からの施策も検討の余地があるだろう。
 一方、内部調達としては、育成・リスキルやスキルシフト・配置転換といった方法を大胆に進めなければならない。近年特定の職群や階層、年齢層を対象に大きなスキルシフト・リスキルを行い成長領域に人的資本を投入する動きも出てきているが、従来のように現状の延長線上にあるような教育と、少々のストレッチで全うできるような職種転換にとどまらないようなリスキルや配置転換の必要性が出てくることに留意しなければならないだろう。図表2の事例においてもとりわけC職務に従事する人材のリスキルと配置転換を考える必要があるが、難易度的に近似するA職務に充当するのみでは足りず、難易度の高いE職務やG職務への転換を検討しなければならない。このような大規模な配置転換は、特に、これまでにないインパクトのある人材再配置と言えるだろう。
 このように、人材に関するAs is - To beのギャップが大きい以上、これまでにないような人材調達を検討しなければこのギャップは埋まらないということを、動的な人材ポートフォリオという要素では伝えようとしているのではないだろうか。



4.今後の企業経営に求められるプロアクティブ人材
 上述した通り、人材ポートフォリオを動的なものとするためには、さまざまな手段を考えなければならないが、「日本企業において内部調達の難易度は非常に高い」という点に留意する必要がある。
 動的な人材ポートフォリオの実践にあたっては、内部人材にとってこれまでに経験したことのないリスキルやスキルシフト、ストレッチな配置転換の実施も必要となる。このようなリスキル・スキルシフト・配置転換にはその必要性の理解と前向きな取り組みが必要となるが、これまでの人起点の人事施策の価値観と180°異なる考え方が根底にあるため、従業員の納得感を得るのが難しく「笛吹けど踊らず」の状態になりやすいと言わざるを得ない。むしろうまく進めなければ風土毀損にもつながりかねないリスクをはらんでいる。このように、人的資本が負債化するリスクを十分考慮しながら進める必要があるという点が、日本企業における内部調達の難しさであると言える。
 そのような状況の中で、今後の企業経営において重要な存在となりうるプロアクティブ人材について最後にご紹介したい。プロアクティブ人材とは、「自社・業界適合的に、自律的に将来を見越し、主体的に行動する人材」と定義できる。言い換えれば、組織目標に沿って前向きに職務を変革させようとする人材であり、また自身のキャリアを自律的に描き、積極的にネットワークを形成しフィードバックを求めることで、積極的な学習や自己開発をより有効なものとする人材であると言えるだろう。
 プロアクティブ人材であれば、リスキルやスキルシフト、ストレッチな配置転換に対して、自らの描くキャリアとの親和性が高いと判断すれば、積極的な学習行動と前向きな実践を繰り返し、期待された職務を全うすることが期待できる。一方でその職務が自らにとって有効でないと判断すれば、より適所適材になるように、社内公募制度や社内FA制度を利用した異動を希望するなど、自律的なキャリア形成行動を取ることが予想される。少なくとも「やりたくない仕事を無理にやらされ、成果が上がらない」という、企業にとっても従業員にとっても悲劇的な状態は避けることができるだろう。
プロアクティブ人材を育むためには、企業としてもいくつか留意すべき事項がある。今後の連載の中で、人材をプロアクティブ化していくことの方法論についても詳しく述べていきたい。

(※1) Volatility(変動性)・Uncertainty(不確実性)・Complexity(複雑性)・Ambiguity(曖昧性)の頭文字を取った略語
以上

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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