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<後編>Web3.0を活用した環境・社会的価値の可視化とオルタナティブな経済モデルの可能性

2022年11月09日 木村智行


 低炭素型農産物の生産時にGHG削減量に応じたトークン(Web3.0により表現される価値)を発行し、農産物の購入と同時に受け取ったトークンを消費者が使えるようにするというアイデアの続きを、今回も考えてみます。消費者本人が地域の緑化活動への寄付や、さらにGHG削減に貢献する生産者への援助などに使えるようにすることに加えて、贈答品とともに友人や知人にトークンを譲渡できることを考えてみましょう。この場合にも、トークンの使い道は、地域への緑化活動への寄付やGHG削減に貢献する生産者への援助とします。ただ、この贈答品に付与したトークンの譲渡は、社会全体における環境・社会的価値を増やすために非常に重要な機能を果たすといえます。少し詳しく説明してみましょう。
 例えば、お中元やお見舞い、ちょっとしたお礼などで、生産時にGHG削減に取り組んだ果物などを友人や知人に贈るとしましょう。このとき、まず送り主は購入者としてトークンを受け取ります。そして、贈答先には贈答品の到着とタイミングを合わせて送り主からトークンが届くようにします。これはWeb3.0が具備しているスマートコントラクトという機能を使って、自動的に実行されます。送り先に小売店から直接トークンを送らないのは、あえて贈与という社会的な相互行為を通じて、贈答先となった人を環境・社会的価値を増やす活動に組み込むためです。友人・知人からの贈与という行為を通じて受け取ったトークンは、機械的に付与されたトークンとは全く違う社会的な意味を持つはずです。受け取った側は「自分もGHG削減行動を期待されている」という感覚とともに、「GHG削減が自分にもできるのだ」という自己効力感によって、行動が促進されることになるのです。また、Web3.0はトークンの流通履歴がすべて記録されますので、送り主が環境・社会的価値を増やす行動をしたという履歴を記録することができます。この履歴は、送り主に対して環境・社会的価値の目線での外部評価を行う際にも活用できます。この評価が高い人物には、贈与専用のトークンを追加で付与することも考えられます。そうすると、この人物がハブとなりつつ、ネットワーク効果を発揮しながら環境・社会的価値が連鎖的に増加していくと期待されます。こうして、GHG削減という環境・社会的価値を増加・循環させるオルタナティブな経済が回り始めることになるのです。
 この仕組みを持続させるためには、最も重要なポイントがあると考えます。それは、このトークンの財務的価値との兌換性(交換しやすさ)を、流通を阻害しない範囲で可能な限り低くすることです。今回の例では、緑化事業者が緑化事業を行う場合に対価を受け取る場合や、生産者が環境負荷の低い肥料を買う場合などに限定するというのがカギになります。一般的な地域通貨との最大の違いはここです。一般的な地域通貨は、地域内における様々な商品・サービスとの交換を前提としています。そうなると、商品・サービスという財務的価値として計算しやすいものと認知されてしまいます。そのとたん消費者は限定的な流通範囲しかない地域通貨を使うよりも、より流通範囲の広い法定通貨(日本の場合は円)を使った方が合理的であると判断してしまいがちです。例えば、ECモールや地域外の大規模小売店が安く同一商品を提供している場合など地域通貨は受け取っても魅力のないものになってしまいます。もちろん、各地域通貨はこれを乗り越えるために様々な手を打っています。そうした施策が功を奏するケースはもちろんありますが、地域通貨はそもそも財務的価値が地域外へ流出しやすい構造があるといえるのです。
 さらにこの兌換性の制限は、既存の暗号資産に対しても最も大きな違いとなります。前回、述べた通り、暗号資産の多くは法定通貨という財務的価値への転換を前提としています。加えて、ボラティリティが高く、非常に投機性が高いものとして認知されています。投機性の高いものは資本の流出も容易に起こります。つまり、価値上昇への期待が集まっている場合は価値が高まりやすいものの、価値上昇への期待が冷めてしまえば一気に資本が流出してしまうのです。暗号資産と地域通貨では仕組みは異なりますが、どちらもトークンの兌換性を高めてしまうと、財務的な評価によって資本の流出を生みやすくなってしまうのです。
 一方で、財務的価値との兌換性を抑えたトークンであれば、財務的価値として比較・交換されることの難易度や手間が増えます。そうした使い難さをWeb3.0にあえて組み込むことで、財務的価値に変換できないという理由でこれまで目が向けられてこなかった環境・社会的価値への適用可能性が生まれてくるのです。つまり、環境・社会的価値を増やすためのオルタナティブな経済モデル構築の可能性です。このように考えるとWeb3.0の活用可能性は農産物のGHG削減だけにとどまりません。森林、河川、地域コミュニティなどの維持・発展、ソーシャルビジネス支援のエコシステム形成など実に様々な活用可能性が見えてくるのです。
 もちろん、こうしたオルタナティブな経済モデルの構築は理論だけでは成り立ちません。実際に人々がどういったインセンティブで行動するのか、なめらかなユーザー体験をどうデザインするか、財務的価値・法定通貨との接続はどうするのか、Web3.0を使うための暗号資産のコストはどうするのか、など実装における課題は少なくありません。ですが、こうした課題があるからという理由で、簡単に諦めてしまっては何も生まれません。実践を通じて課題と解決策の解像度を高めながら、社会実装していくという姿勢と行動こそが持続可能な社会を作る第一歩となるのではないでしょうか。Think&Do Tankを標榜する創発戦略センターの一員として、オルタナティブな経済モデルの構築に向けて行動を起こしていきたいと思います。


※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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    連載:Web3.0を活用した環境・社会的価値の可視化とオルタナティブな経済モデルの可能性        
    【前編】
    【中編】
    ・【後編】
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