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<中編>Web3.0を活用した環境・社会的価値の可視化とオルタナティブな経済モデルの可能性

2022年11月08日 木村智行


 前編では、Web3.0とは、「管理者を置くことなく、インターネットを介して価値の移転ができるもの」であると説明しました。さらに今のWeb3.0の使い方としては、特定の活動に賛同するグローバルな資金集めに、専ら使われていることも紹介しました。つまり、Web3.0とは、「暗号資産という財務的価値、もしくは財務的価値への転換を期待されている価値を集める手段」だというのが現時点での実態だと言えるでしょう。現時点では、Web3.0はあくまで財務的価値(相当のもの)を扱っているということをおさらいしておきます。前編ではさらに、Web3.0を使うと「電子的な価値の流通ができる」ということにも触れました。
 そのうえで、この“価値”を財務的価値、つまりお金に換算できる価値に限定せずに考えてみると、様々な可能性が見えてきます。本稿では、環境・社会的価値を電子的な価値として流通させ、特定領域におけるオルタナティブな経済モデルを作り出すという可能性に注目してみましょう。もちろん、私たちの日々の生活や企業活動は、財務的価値を中心に回っていることは疑いようもありません。と同時に、自然・コモンズなど財務的価値に変換できないような環境・社会的価値の維持・発展には、ほとんど目を向けてこなかったともいえるのではないでしょうか。ただ、この点にこそ、Web3.0の新たな活用余地があると筆者は考えます。
 具体例を考えてみましょう。農林水産分野の温室効果ガス(以下、GHG)排出量は日本全体の4.4%(2020年度)を占めます。燃料燃焼、農用地の土壌、稲作などが排出源ですが、排出削減を目指す低炭素型農産物の生産も徐々に出現してきています。ただ、GHG削減という行為は、環境・社会的価値を有するものの、そこには燃料転換にしろ、堆肥の利用にしろ、追加コストがかかることも事実です。大多数の消費者はGHG削減という事実だけでは、価格の高い農作物を買おうしない傾向が多くの調査で明らかになっています。これはギャレット・ハーディンの「共有地の悲劇」としてよく知られている状況です。
 そこで、GHG削減の促進を図るために、Web3.0を活用するというアイデアがあります。農産物の生産時にGHG削減量に応じたトークン(Web3.0により表現される価値)を発行するというアイデアです。農産物の価格には、GHG削減に要したコストが転嫁されているとしますが、GHG削減のコストは価格という財務的価値として、GHG削減に貢献したという環境・社会的価値はトークンとして別々に表現される世界を作るのです。そして、このトークンを農産物に付与して流通させてみます。
 このトークンは小売店で農産物のGHG削減の証明として使えますが、Web3.0の妙味はこれだけに留まりません。農産物の購入と同時に受け取ったトークンを消費者が地域の緑化活動への寄付や、さらにGHG削減に貢献する生産者への援助などに使えるようにするのです。ここでのポイントは、受け取ったトークンは再び環境・社会的価値を増やす行動を対象に使えるようにする点にあります。地域の緑化活動への寄付は、身近な範囲で変化が起こることを消費者が実感しやすくなる効果を生みます。その結果、緑化で環境・社会的価値がさらに増えることにもなります。地域の緑化作業は、自治体から認定された造園事業者やNPOが寄付されたトークン量に応じて行うようにするのです(*1)。実際の緑化作業には消費者自身も参加できるようにすれば、より実感を伴うことになり、消費者の効用はさらに高まるでしょう。こうして、消費者は農産物の購入とトークンの寄付によって身近にGHG削減を実感しながら、GHG削減行動に前向きになっていくのです。
 次に、受け取ったトークンを、GHG削減に貢献する生産者への援助として消費者が使う場合を考えてみましょう。昨今の農産物の流通では。生産者が消費者の声を聞く機会が少ないことが指摘されています。そこで、消費者から生産者へ贈られるトークンは生産行動への支持・応援の象徴として機能します。加えて、生産者は受け取ったトークンを環境負荷の低い肥料の購入などに充てられるようにすれば、生産者にとってはさらにGHG 削減を行うインセンティブになるはずです。同時に、消費者にとってもGHG削減への貢献を実感することにもつながるでしょう。
 トークン(Web3.0により表現される価値)を発行するとともに、それを寄付や支援というかたちで使用できるようにすることで、「高いなら買わない」という消費者の姿勢に、僅かでも変化を生じさせ、GHG削減という環境・社会的価値を創出する行為を促進する可能性を今回は展望してみました。後編となる次回には、さらにWeb3.0やトークンの活用の形態を探ります。
 (*1)すでに中国では、トークンを使ってはいないものの、近い仕組みが提供されています。アリペイのAnt Forestというプログラムです。これは、主に都市部での個人のGHG削減行動がポイント化され、ポイントが溜まれば中国の乾燥地域に植樹するというものです。このプログラムでは2016年から2021年の5年間で3億本以上の植樹が行われました。この仕組みが効果的であったのは、溜めたポイントに応じて木が育つ様子をアプリ上のアニメーションで見れるようにした点だと考えられます。デジタル上ではありますが、目に見える形でGHG削減の効用を高めている例といえるでしょう。


※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
関連リンク
    連載:Web3.0を活用した環境・社会的価値の可視化とオルタナティブな経済モデルの可能性        
    【前編】
    ・【中編】
    【後編】
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