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【社会・環境インフラにおける政策・事業革新】
需要側の参加を通じた水道インフラの脱炭素化手法

2022年03月15日 梅津友朗


1.インフラにおける脱炭素化の現状と課題
 上下水道、廃棄物処理等の公共インフラは、公共施設の中でもCO2排出量が大きい事業である。これらの事業の脱炭素化は、当然に管理者である地方自治体にとって大きな課題として認識されているが、これまでの取り組みは主に浄水場、廃棄物処理場といった施設側(以下「供給側」という。)の運転の効率化を中心として進められてきた。民間事業者のノウハウを積極的に活用しながら、供給側の効率化は継続的に進められており、今後これ以上の劇的な上積みは期待しづらい状況にあると言える。
 それに対して、サービスを利用する側(以下「需要側」という。)においては、公共サービスとしての品質が確保されている中で、量的にも自由に使用できる状況にあるため、脱炭素を意識した効率化を進めるインセンティブが働きにくい状況にある。
 例えば、水道であれば、蛇口をひねれば水が出てきて、流した下水も自動的に処理されるため、脱炭素の観点での節水の意識は必ずしも十分に高まっていない。むしろ、節水は水不足の観点、あるいは水道代の節約の観点から語られることが多く、「節水=脱炭素」とは直接的に結び付きにくい側面もある。また、家庭ごみであれば、一部自治体でごみ袋の指定を通じた有料化は行われているものの、基本的には排出する自由が約束されており、ごみ排出量に伴うCO2排出量に対する意識は希薄である。
 一方で、インフラの中でも、需要側と供給側の連携に関する取り組みが進んでいるのが電力分野である。東日本大震災後の電力需給ひっ迫を受けたデマンドレスポンス等の取り組みがその代表格である。電力の設備投資は、今や需要平準化の取り組みを前提に進められており、今後蓄電池価格の低下、ダイナミックプライシングの浸透等によりますます進むことが期待され、電力インフラにおいて需要側の取り組みを通じた脱炭素化が進む素地は大きいと言える。
 ここでは、電力分野での取組みを参照しつつ、水道システムに着目して、需要と供給の双方向の連携により水道供給に係る電力使用量が削減されることを通じて達成される脱炭素の可能性について述べる。

2.水道脱炭素化の方向性
 水道の需要側における特性の1つは、使用用途が重なることで需要のピークが発生することである。例えば、朝、洗濯をする時間帯が集中することから午前中に1つ目のピークが来て、その後、夕方以降に風呂・台所利用によるピークが来ることが知られている。また、視聴率の高いテレビ番組(例:日本代表のサッカー中継)などがある場合には、CMのタイミングでトイレを利用する視聴者が集中し、大きなピークが発生することがある。
 水道の供給側は、これらの需要ピークを想定した施設整備を行い、日々の需要変動に対応した運転を行っている。これにより、脱炭素の観点からは2つの非効率が発生している。
 ①ピークに合わせた施設規模になるため、通常負荷時にエネルギー効率を最大化できる施設になっていない。
 ②需要変動に合わせて運転強度を変えるため、定常運転に比べると単位当たりのエネルギー使用量が大きくなる。
 では、どのようにすればこの非効率を解消し、脱炭素化につなげることができるかを考える必要がある。以下に3つの解決に向けた方策を示す。

(1)価格制御による需要ピーク抑制への誘導
 まず1つ目は、水使用のタイミングを誘導するための価格制御を需要側に設定することが考えられる。洗濯、入浴等は、ライフスタイルによるものであり、それを守るよりも強い価格面でのインセンティブがあれば、集中する時間帯=価格の高い時間帯から他の時間帯へと使用するタイミングを変えるように促すことは可能と考える。
 具体的な方策としては、電力におけるダイナミックプライシング(需要の増減に応じて時間毎に料金を変動させる仕組み)の取り組みが参考にできる。今後導入が進むスマートメーターによる時間別水使用量データを活用し、水道料金のダイナミックプライシングを導入することで、価格感度の高い需要家がピークを避けたタイミングで洗濯や入浴をするようになり、需要の平準化効果が期待できる。

(2)家庭用アプリケーションの開発
 2つ目として、価格制御に対応した家庭用アプリケーションの開発も期待される。水は貯留しやすさの面では電力よりも優れており、その特性を利用するものである。例えば、近年の省エネ型の給湯システムであれば、300から600L規模のタンクを備えるものがあり、電力における蓄電池の役割を果たす設備が既に導入されていると言える。家庭内の水道使用のタイミングをずらすまでもなく、タンクのスマート運用によって安い時間帯だけ水道水を受け入れることが可能になる。当然、価格抑制効果は見える化することとなるが、それに加えて使用量平準化への貢献度合いを数値化して示す仕組みも導入すれば、環境意識の高い需要家に対しては訴求力が高まると考えられる。

(3)サービス提供者からの需要側へのアプローチ
 3つ目として、水道事業者から委託を受けてサービスを提供する民間事業者等が、施設の稼働状況を管理しつつ需要側へ平準化を促すようアプローチすることが有効と考える。その1つとして、需要平準化の取り組みに対する目標を設定し、成果連動型民間委託契約方式(PFS)を取り入れることが考えられる。施設の運転・維持管理のみを実施する民間委託では、受託者がサービス利用者としての需要側と直接関わる機会はほとんどないが、業務範囲に料金徴収業務を含める場合やコンセッション方式を採用する場合であれば、需要側へのアプローチが一定程度可能であり、需要平準化の目標設定が機能する余地がある。具体的には、対象エリアの家庭等の水道需要のピークを低減させた割合を目標とし、目標達成に対して浄水場の運転効率化に伴う脱炭素化効果に見合うインセンティブが支払われる仕組みが考えられる。事業者は、需要家に対する啓蒙活動やダイナミックプライシングに類する取り組みにより、需要の平準化を目指す。事業者としては、実際に運転効率化につながる取り組みであるため、そのコスト抑制効果と脱炭素化インセンティブの双方を享受できる可能性があり、積極的な取り組みが期待できる。

 これらの取り組みを進めるためには、水道料金の改定に関する条例設定や議会での承認等の制度上の制約への対応が課題となる。ただ、基本的にはこれまでの料金水準を維持する前提で水使用のタイミングによって価格差を設ける考え方とすることで、需要側の平均的な負担は増えず、比較的受け入れられやすいものと考える。

3.需要側への取り組みを通じた脱炭素化効果の試算
 日本の水道システムにおいて、需要平準化の対策を実施した場合の効果を試算した。
 東京都の水道関連の電力使用量は約8億kWh/年で、都内電力使用量の約1%に相当する。そのうち、家庭での水道使用量は約7割であるため、電力使用量に換算して5.6億kWh/年となる。(※1)
 需要変動を抑えることによる使用電力削減効果は、変動を抑えた幅に相当する所用動力を最適化できると考え、主要機器へのインバーター導入による最適化効果を参考に30%と仮定する。ダイナミックプライシングにより水需要の時間変動が20%抑えられる場合、当該時間帯において20%×30%=6%の消費電力削減が達成されることとなる。需要変動を、午前と午後の2回×3時間=6時間抑えられるとすると、1日当たり使用量では、6%×6/24=1.5%と試算できる。
 東京都の家庭の電力使用量に換算すると、5.6億kWh/年×1.5%=840万kWh/年となり、CO2換算(東電排出係数0.441kg-CO2/kWhを採用)すると約3,700 t-CO2/年を削減できることとなる。おおむね1,000kWの発電設備の1基分の発電量に相当する規模であり、設備投資を要さずに達成できる量としては無視できない規模と言える。

4.需要側の取り組みによる付帯効果
 供給側に目を向けると、CO2排出削減が達成できるのみならず、需要平準化により施設規模の最適化が可能となり、設備投資額が抑制できる。削減できた設備投資費をさらなる水道の脱炭素化に向けた取り組みに回すことで、脱炭素化の好循環が生まれることも期待できる。
 また、需要平準化により施設運転が安定化し、人員数の最適化、ピーク対応におけるリスク軽減といった効果も期待できる。
 さらに、供給する量・品質に影響はなく、需要家にとっては自身の水利用の方法を選ぶことで利益を得ることができることから、サービス供給の観点からもプラスに働くと考えられる。

5.おわりに
 生活に欠かせない水道の脱炭素実現に向けて、水供給を行う水道事業者、施設整備・運営を行う民間事業者、ユーザーとなる需要家の3者のエコシステムを前提とした取組みが不可欠である。そのためには、スマートメーターの導入をはじめとして整備が進むICTの活用等を通じて需要側と供給側のコミュニケーションを活性化し、双方に利する形での需給最適化の方法を模索する必要がある。今後、水道を含むインフラシステムで脱炭素化が進む仕組みとして、需要側が参加する形での効率化方法が確立されることに期待したい。

(※1) 東京都ウェブサイト参照

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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