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【社会・環境インフラにおける政策・事業革新】
インフラ事業の価値を高める新しいインセンティブ導入の可能性

2022年03月08日 麻柄紀子


廃棄物処理施設や上下水道といった自治体のインフラ事業においては、施設の運営を長期間にわたり民間事業者に委ねるPPP/PFI事業が数多く実施されており、自治体が自ら事業を実施する従来方式と比較したコスト削減効果を中心に、民間活用による一定の成果が上がっています。他方で、現在のPPP/PFI事業においては、民間事業者が創意工夫を発揮してさまざまな提案を行う場面が主に事業者選定段階に限られており、運営段階においては、事業者選定時の提案事項に沿って事業を実施することに主眼が置かれている状況にあります。この背景として、民間事業者視点では、事業者選定時に提案した業務実施内容を満足して業務を遂行することによりサービス対価が支払われるため、追加的な労力を投じる動機がありません。一方、発注者視点では、仮に民間事業者から良い提案が出されたとしても、現在のPPP/PFI事業の契約や予算の中ではそれの提案を実現するために追加の財政支出を行うことは困難であり、自治体の費用負担を伴わない範囲で民間事業者の自主的な取り組みに委ねるしかないという構造があるものと考えます。



しかしながら、運営段階においても十分に民間ノウハウを活用することができれば、インフラ事業が従来担ってきた役割を超えて、SDGsや脱炭素といった視点から新しい価値を創出し、事業の価値を高めることが可能と考えます。そのためには、運営段階においても民間事業者が継続的に創意工夫を発揮するよう促し、それを適切に評価する仕組みが必要となります。以下本稿では、廃棄物処理事業を例に、具体策として新しいインセンティブ導入の可能性を検討します。

1.廃棄物処理事業の新たな価値の例
廃棄物処理事業が従来提供している価値には、廃棄物を適正に処理することによる生活環境の保全や公衆衛生の向上等があります。従来提供している価値に対し、廃棄物処理事業の新しい価値の一例として、「施設運転に伴うCO2排出量の削減」「ごみの受け入れ余力の維持」を取り上げます。

【施設運転に伴うCO2排出量の削減】
近年ではSDGsや2050年のネットゼロカーボン目標に注目が集まっており、自治体においても、これらの目標に向けた取り組みが求められています。自治体が行う事業におけるCO2排出量を考えた場合、廃棄物処理事業は全体に対し大きな比率を占めるため、これを削減するための取り組みは重要です。熱回収設備の追加といった施設への追加的な投資を伴うもの以外にも、民間事業者による運転上の工夫により、薬剤、燃料、電力等の使用量を低減し、CO2排出量を削減することが可能です。

【ごみの受け入れ余力の維持】
複数の廃棄物処理施設を有する自治体や、広域連携により施設の稼働停止時等に相互にごみの受け入れを行う自治体においては、複数の廃棄物処理施設の運営を民間事業者が工夫して行うことにより、ごみの受け入れ余力を確保することが考えられます。施設の本来的な目的である廃棄物の適正処理と近いものですが、ここでは、民間事業者の努力により、複数施設間でごみピットの空き容量を一定以上に保って運転することを想定します。点検や突発的な不具合の発生により施設の稼働が一時的に停止する場合でも、ごみピットに空きがある限り、自治体はごみ収集を継続することが可能です。また、災害廃棄物の発生に備える意味でも、ピットの空き容量を確保することは有効です。通常PPP/PFI事業では、ピット空き容量の管理を含めて施設の運転を民間事業者に委ねますが、民間事業者の努力により一定の空き容量を確保することは、廃棄物処理の安定性という価値をさらに高めるものとなります。

2.新たなインセンティブを導入したPPP/PFI事業のイメージ
1.で例示した施設運転に伴うCO2排出量の削減、ごみの受け入れ余力の維持といった価値を運営段階で創造する仕組みとして、新しいインセンティブの在り方を提案します。すなわち、発注者である自治体が提示した「目指す効果(施設運転に伴うCO2排出量の削減、ごみの受け入れ余力の維持)」に対して、KPI等を設定し、その達成度に応じて受注者である民間事業者にインセンティブを支払う仕組みです。施設運営の基本的なスキームは通常のPPP/PFI事業と同様で、自治体は、廃棄物処理施設の運営を性能発注により民間事業者に委託し、施設の運転、維持管理にかかる費用は、官民のリスク分担に従い自治体が民間事業者に支払います。これに加えて、目指す効果(施設運転に伴うCO2排出量の削減、ごみの受け入れ余力の維持)については、契約段階でKPI、目標値、インセンティブ支払い額を定めておき、目標値を達成した場合にインセンティブの支払いを行います。ベースとなるサービス対価と、実績に応じたインセンティブの2段階の支払いとすることで、施設の安定的な稼働を確保しつつ(施設の運転に最低限必要な費用は必ず支払われる)、民間事業者に対し、事業の価値を高めるような創意工夫を促します。



実際には、自治体が抱える課題や目指す姿に応じてKPIを設定します。例として、地域産業の活性化に取り組みたい自治体であれば、地元企業への発注率や地元雇用者数といった指標が、普及啓発や環境教育に取り組みたい自治体であれば、見学者受入数や見学者へのアンケートによる理解度といった指標が、それぞれKPIとして考えられます。

3.実施にあたり検討が必要となる論点
上記のようなインセンティブ付きPPP/PFI事業を実施するにあたり、以下3つの論点について検討が必要となります。

①要求水準書との関係
インセンティブの支払い対象とする効果を、「施設に本来に求められる機能をさらに強化する効果」と「施設の本来的な機能とは異なる副次的な効果」に大別した場合、上記例のうち、ごみ受け入れ余力の維持は前者に、施設運転に伴うCO2排出量の削減は後者に該当します。このうち、前者に関しては、要求水準書に定める民間事業者が当然に達成すべき事項とインセンティブにより民間事業者のさらなる取り組みを促す部分に重複がないよう整理が必要です。例えば、要求水準書に定める環境基準(関係法令等による)を満足した上で、より厳しい水準を達成した場合にインセンティブの支払い対象とする場合、KPI自体は要求水準書の内容と重複しますが、インセンティブの支払い対象となる下限値を、要求水準を超える値に設定する等の調整が考えられます。



②事業者選定段階の提案評価との関係
インセンティブの対象とする効果は、通常のPPP/PFI事業において、事業者選定時の提案評価項目等として民間事業者が提案を行っている内容と重複することも考えられます。その際、事業者選定において加点評価を行った提案事項に対して、運営段階でインセンティブを支払うことは、同一の事象に対して二重に評価を行うこととなり不適当と考えられます。また、事業者選定において加点評価を行った提案事項を、運営段階でインセンティブの対象(達成は任意)とすることは、競争に参加した他の民間事業者との間で不公平が生じます。このため、評価の整合性や競争の公平性という観点から、事業者選定段階において評価対象とするものと、インセンティブの支払い対象として評価対象とするものを明確に区分する必要があると考えます。
この点については、公募段階で自治体がKPIを提示し、これに関連する提案内容は非価格要素の評価対象から除外する、または、KPIおよび支払い条件についても公募の中で民間事業者から提案を求め、事業者選定の中で自治体が採否を決定する等の方法が考えられます。

③インセンティブ部分の支出の妥当性の評価
運営・維持管理にかかる通常の委託費に加えてKPIの達成に対してインセンティブを支払う場合、自治体の立場ではVFM(コスト削減効果)が見えにくくなることを懸念する意見が予想されますが、インセンティブ部分に関しては、PFS(成果連動型民間委託方式)の考え方を取り入れ、VFMとは別に評価を行うべきであると考えます。(インセンティブ部分も含めてVFMが得られる水準となるようにインセンティブを設定する場合、民間事業者にとってはKPI達成に向けて取り組んでも十分なメリットが得られない可能性があり、導入効果が低くなることが懸念されます。)
PFS事業では、一般に、事業の実施により得られる便益(将来的の財政支出の削減等)と比較し、事業費の妥当性を評価します。これと同様に、例えばCO2排出削減量をKPIとする場合には、当該自治体が別の施策により同量のCO2削減を行う場合に要する費用と比較し、インセンティブ支払額の根拠とすることが考えられます。ただし、カーボンニュートラルの実現に向けて一層の取り組みが必要となるため、CO2排出削減量あたりの価値は今後さらに高まると考えられる等、必ずしも適切に金額換算できる効果だけではない点に留意が必要です。そのような場合には、金額に換算できない定性的な価値も含め、インセンティブ支払額が妥当であるかを判断することも考えられます。また、インセンティブ支払額が民間事業者にとって十分な水準となるよう、マーケットサウンディング等により民間事業者の意向を把握することが必要です(PFS事業においても、支払条件等の設定にあたり、マーケットサウンディングが行われます)。
なお、本稿では金銭によるインセンティブの支払いを想定して検討を行いましたが、金銭によらないインセンティブを設ける方法として、KPIの達成度が高い事業者を優良事業者として表彰する、当該自治体のSDGsの取り組みに貢献する企業として認証する等の可能性も考えられます。事業の特性や得ようとする効果の内容等に応じて、詳細な検討が必要な事項と考えます。

4.まとめ
社会情勢が急速に変化し、自治体の政策課題も多様化する中で、自治体のインフラ事業は、施設の本来的な目的を不足なく達成するだけでなく、様々な価値を提供できる可能性を持っていると考えます。また、PPP/PFI事業においては、民間事業者の創意工夫を取り入れることで、インフラ事業が従来提供している価値にとどまらないさらなる効果を発揮できるものと考えます。
特に副次的な効果に対してインセンティブを設ける場合、自治体内部では、インフラ事業所管部署の所掌に収まらず、他の政策を所管する部署との連携が必要等の調整コストが生じると予想されますが、事業実施期間が長期にわたるインフラ施設のPPP/PFI事業が時代の変化に柔軟に適応し、より高い価値を提供できるよう、上記のようなインセンティブ導入の実現が望まれます。日本総研は、インフラPPP/PFI事業を実施する自治体とも議論の機会を持ちながら、導入可能性の検討を進めていきたいと考えています。


※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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