"IT革命第2幕"を勝ち抜くために
第48回「"新・この国のかたち" 【3】通信と放送の垣根論争の行方(中)」
出典:Nikkei Net 「BizPlus」 2004年6月17日
第47回では、「通信産業での目覚しい進展」、「悠長な放送産業とそれを打開する水平分離」、「放送に求められる旧来の枠組みと新たなビジネスモデル」、および「求められるているのはキラーコンテンツではなく"バリューコンテンツ"」について概観してみた。今回は、「次々に登場する通信と放送の融合ケース」、「インフラ(伝送路)の共通化が望ましい」、および「双方向コミュニケーションに将来の市場性はないか」について考えてみたい。
(1)次々に登場する通信と放送の融合ケース
制度(法律)は変更されるためにある。人々の暮らしやビジネスを阻害するものは撤廃し、社会の厚生を増進するものに改めることが不可欠である。つまり「新しい葡萄酒は新しい皮袋に入れなくてはならない」。視聴者の新しいニーズ・需要(葡萄酒)には、新しい制度(皮袋)が求められる。また、新しい需要には、それに見合う供給の仕組みが整備されるべきだ。
世の中はブロードバンド・ユビキタス時代となり、通信法や放送法の枠組みを超えた新たな需要が発生している。またわが国では、「有線役務利用放送事業者」の第1号を取得したビー・ビー・ケーブル(BBケーブル)が、2002年10月から「BBケーブルTV」サービスを提供している。第47回と第17回「なぜ今ADSLか?(Yahoo!BBを分析する):下」の通り。ハリウッドスタジオと契約して人気のハリウッド映画などをADSLで提供している。視聴者は、同グループのソフトバンクBBのインターネット接続と IP電話を一緒に購入できるため「トリプルプレー」が楽しめる。「トリプルプレー」は、米国ではNY州のVerizon(ベライゾン)やテキサス州の SBCなどの通信キャリアも力を入れている。これらに加えイタリアのe.Biscom(イー・ビスコム)は、現地で実際に筆者も見て米国のケースの先を行っていると感じたものだ。
“放送的な通信サービス”にはいろいろある。例えば、米AT&Tの「AT&Tパーソナルニュース」や英BTの「BTインフォテキスト」など。電話回線経由で送られた動画付きのニュースコンテンツをパソコン(PC)画面で受けることは、今やわが国でも普及している。通信端末であるPCに TVチューナーが内蔵されていれば、普通に放送コンテンツを受信できる。現行の通信法や放送法の枠組み内にあるものとみなされようが、融合的な使い方ができるようになった。この例は組合わせと呼ぶべきだろうが、視聴者にそのようなニーズがあるからだ。
また、“通信と放送のパッケージ”として、英BTの「skytalk」と英BskyBの「SkyDigitalサービス」や米Qwestの「チョイス TV」や「チョイスオンライン」など。特に前者は、通信会社と放送会社との提携により別々のサービスを視聴者へ提供するものだ。割引などの販売方法でお得感を打ち出す。また契約や支払いがワンストップとなれば、擬似的には通信・放送の融合サービスとなろう。通信会社の回線を使って放送会社のコンテンツを流せるようになり、著作権処理を施した上でのサービスが実現すると本格的な通信・放送の融合となってくる。
他にもある。“通信的な放送サービス”とでも呼べるだろうか。STB(セットトップボックス)を使ってTVからインターネットにアクセスできるようなものもそうだ。これは放送端末であるTVから通信領域にあるインターネットへアクセスするものである。端末としては、PS2などのゲーム端末でもよい。デジタル家電時代では家庭(ホーム)ユースが大きな市場を形成すると期待され、そこではTVがやはり茶の間(家庭)の王様であり続けるだろう。最近、ソニーが東芝やIBMと共同で開発した次世代CPU「CELL」は、来る本格的なデジタル家電やネット家電市場を想定した、ソニーの次世代TVの心臓部を成すものだ。次世代TVでは、インターネット通信もできるし、地上デジタルTV放送コンテンツも楽しめる。加えて、携帯電話端末などからホームセキュリティーサービス(家の戸締り、窓の開閉、お年寄りや子供やペットの様子確認など)を受けることができ、家電の遠隔操作も可能になる。
家庭の情報化は、家電メーカーに加え、通信会社や電力会社が特に熱心だ。わが国ではどうして同じ方向に、同じ領域へ同じような方法でかくも群がるのだろう。ここが儲かると思えば皆一斉に動き出し、同じような商品やサービスを出して、すぐに価格競争に陥り自らの利益を手にすることもできなくなる。市場を破壊することさえある。こういうのを経済学では“合成の誤謬(ごびゅう)”と呼ぶ。これら企業がやっていることは、一言で示すと生産性の向上だ。情報化(IT化)が金額ベースで市場を拡大することはほとんどない。ITで経済が拡大するとか景気がよくなるというのは幻想である。しかし生産性は上がり、私たちの生活の利便は増す。そして、新たな市場を創ることができれば、そこでハード製品やソフトサービスを投入すれば売れる。市場が拡大する。つまり、IT化はその契機を創るに過ぎない。儲けるには潜在的な需要を引き出さなくてはならない。どうするか。消費者や生活者が本当に望むこと、お金を払ってもよいと思うものを、知恵を絞っていろいろと工夫して提供することだ。
(注)「合成の誤謬」:個々人としては合理的な行動であっても、多くの人が同じ行動をとると、好ましくない結果が生じる場合が出てくることがある。つまり、個々の企業にとってその時は利得があると思われる行動が、当該業界(産業)全体においては必ずしも得策でないことを示す。
繰り返しになるがそれは、優良なコンテンツまたは視聴者が見たいと思う、または視聴者の趣向を満たすコンテンツを提供すればよい。例えばそれは、NHKなどがこれまで蓄積してきた各種優良コンテンツであり、各人で価値感(趣味)の異なる"バリューコンテンツ"(→第47回)であろう。問題は、通信と放送の垣根を取っ払い、風通しをよくすることだ。デジタル家電などのコンピューター分野は既に通信分野と融合(マッチ)している。不可分一体の関係にある。両者はよく馴染んでいるいるから、残りは通信と放送の融合だ。
ポイントは、次のようなことになる。
【a】利用したい、視聴したいコンテンツをTPO(Time,Place,Occasion)に応じた端末でそれを可能にすること。
【b】さらに、必ずしもすべてのコンテンツがリアルタイムで受け取れなくてもよい、つまり蓄積型でもOKとする。
【c】また、CM付き放送を卒業し、有料コンテンツの本格的市場を創ること。
(2)インフラ(伝送路)の共通化が望ましい
その際、視聴者に届ける伝送路は、もはや電波である必要はなくなってくる。希少性のある周波数を有効利用する観点からは、つまらない番組をかくも大量に放送電波に乗せる必要はない。携帯電話などの技術革新は目覚しいものがあり、NTTドコモやKDDIなどのケータイビジネスの基本となっている現在主流の FDD(Frequency Division Duplex:周波数分割複信)方式に加え、日本発の技術でもあるTDD(Time Division Duplex:時分割複信)方式などのサービスへ、もっと周波数を割り当てるべきだろう。筆者はデジタル家電やネット家電を包含した"デジタルPA"の考えが大事だと思っている。そして、そこには放送事業者などとは比べようもない、市場競争の体現者である新規参入者を迎えるべきであろう。
これからの時代を牽引する技術は、光ファイバーや無線技術となろう。前者は地球上の究極的な伝送媒体(方式)である。高速性(大容量性)、安定性(信頼性)などの点でこれを上回るものは他にない。ただアクセスラインとしては、その整備コストが高くつく。ほとんど建設・敷設にかかわる人件費であるが。本格的な光ファイバー整備を国が主導で行うとなれば大きな雇用を確保できる。わが国のデフレ状態を解消し、雇用の純増を実現するには有効な策ともなりえよう。高速道路の建設や地上デジタルTV放送がもたらすよりも経済効果は大きそうだ。間接的波及効果をどこまでみるかによるが。
一方後者は、アクセスラインとして整備コストの点でも優れている。無線基地局は小型化できるし、それを構成する部品はグローバル市場で流通している市況品でまかなえる。毎秒数メガ―数10メガクラスの速度で大概の需要を満たせよう。さらに、用途に応じて光ファイバーと無線を組合せればよい。放送コンテンツもこの上に乗る。
(3)双方向コミュニケーションに将来の市場性はないか
光ファイバーや無線LANなどの無線インフラでは、双方向のコミュニケーションにも適している。放送では上り方向の速度に難がある。旧来の放送において双方向は殆ど不要であった。また、通信においても双方向であることは必ずしも不可欠ではなかった。需要がなかったともいえるし、土台すなわち下部構造(放送インフラ)が、上部構造(放送サービス)を規定していたともいえる。つまり、土台が光ファイバーのような優れたインフラに置き換われば、その上のサービスも異なる。こうした新しい需要が生まれることは誰も否定できないはずだ。
そのサービスが市場に受容されるかどうかは、経済性による。一定の需要を満たしたサービスが適正な価格で提供されるならば、双方向性のコミュニケーションでは稼げないという状況も一変することになる。実際昔、1システムが1,000万円もしたTV会議システムでしかも、通信料金も月額何十万円で速度は 64kbpsのサービスであれば、一部の大企業ぐらいしか顧客はつかなかった。最近のTV会議システムでは、システム価格も安くなっているし、通信料金も IP-VPNやインターネットVPNサービスの登場で大幅に下がり、中小企業でも手が届くようになった。しかも、一度に1,000人とコミュニケーションをとれるとなれば、単なるTV会議を超え、“生”の大学の授業を遠隔で受けられるし、電子株主総会だって視野に入る。
また、周波数制限のある放送網によらない光ファイバーインフラが地方にも張り巡らされていれば、ローカルコンテンツの価値が出てくる。放送システムとはキー局をピラミッドの頂点としてその下にローカル局を従えた、いわば中央集権的なシステムであるから、コンテンツの発掘などとは所詮無縁なシステムである(制度設計となっている)。このように考えることができなければ、放送業界は時代に置いていかれる。わが国の放送業界は一頃の金融業界と似ている。ハードとソフトの分離や、新しいコミュニケーションの形態やその本格的ニーズが、すぐ近くまで来ていることを自覚すべきである。
米連邦通信委員会(FCC)のマイケル・パウエル(Michael Powell)委員長が、2004年4月20日、全米放送事業者協会(NAB)カンファレンスの基調講演で、米国の放送業界に「ビジネスとしての放送はどこに向かうのか? 変化に適応するか、自ら進化するか、あるいは滅びるかしかない」と警告した。放送業界は他社から変革を迫られるのではなく、自ら変革を促した上で新しい市場の要諦を押さえなければ、やがて消失していく運命にあるともいえる。ただ政府は雇用面の問題もあるから一気にその引き金(アクセル)は引かない。しかし、そのアクセルの上に既に片足を置いていると考えた方が無難である。
第12回では、「コンサマトリー(consummatory)な、すなわち人の行為そのものが完結した意味をもつコンテンツレス・コンテンツが、コミュニケーションの重要なポジションを占める」と述べた。双方向コミュニケーションの大部分はこのようなものであろう。加えて、ウェブサービスのような対象と対象との間で勝手に(自動的に)通信をし合うものが、通信トラフィックを増大させるだろう。対象とは、家電やセンサーICタグなどでもいい。今後、センサーネットワークが社会の新しいインフラとなっていくだろう。すなわちそれは、ユビキタスとしてどこにでも偏在する対象が発信するコミュニケーションを可能にする。こうした需要を拾っていくとコミュニケーション形態はおのずとメッシュ状になっていく。ジョージ・ギルダーの“帯域の爆発”もこうなると現実となってくる。 2000年頃に予言した彼の見通しは、まさにこれから起こるものだ。通信会社や電力会社が保有する光ファイバー供給量における現下の過剰感(需給ギャップ)はこれから解消されていくだろう。
ところで、これらコミュニケーションには、特段著作権処理などは不要である。著作権処理が必要なものは、著作者や著作権者が存在する場合である。ローカルコンテンツといえども放送的なコンテンツの扱いが不可欠な場合には、著作権処理を施すことが大事である。適正な処理がなければ、著作者らのインセンティブを侵害するものであり、結局ビジネスとしてはうまくいかない。この場合、行方の鍵を握るのは著作権処理型の管理のあり方となる。
次の第49回では、「行方の鍵を握るのは著作権処理型の管理のあり方」と「拝借(Rip)型コンテンツの流通」について言及したい。