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"IT革命第2幕"を勝ち抜くために
第12回「IP電話でNTT東西が消える?(下):特殊法人は清算すべし!」

出典:Nikkei Net 「BizPlus」 2002年6月28日

(1)電話会社の役割もキラーコンテンツも変わる

 第11回では、IP電話の通信市場への登場の意味、同市場への破壊的なインパクトなどについて言及した。

 このIP電話により、従来の電話(通話)の定義が変わってくる。現在の15兆円規模(NTTだけの固定と携帯電話)のキラーコンテンツ(情報の内容)である「通話」市場は、国内全体では20兆円ほどあり、発展中のブロードバンド市場となれば数10兆円規模の「通話+映像(モバイルテレビ)コミュニケーション=IPコミュニケーション」に置き換えることができる。

 IPコミュニケーションでは、シナリオのないライブに加え、コンサマトリー(consummatory)な、即ち人の行為そのものが完結した意味をもつコンテンツレス・コンテンツが、コミュニケーションの重要なポジションを占めることとなる。

 ブロードバンドという言葉が流行るなか、「コンテンツ」不足が喧伝されるが、第7回でも言及したコンテンツレス・コンテンツの通信市場の大きさはNTTだけでも、出版・放送・新聞・広告等すべて含めたコンテンツ・放送市場の約8兆円よりもずっと大きい。

 ブロードバンド時代のキラーコンテンツとは、サッカー・ワールドカップにおける美形・屈強のイタリア選手たちの華麗なプレーの映像だけではない。どうしても気になる家族間や、つい何気なく交わしてしまう仲間どうしのTV(ビデオ)付きチャット、さらにビジネスの場面での設計エンジニアと工場熟練工との共同作業など、地味ではあるが生活にもビジネスにも不可欠なアクティビティ(行為・作業)そのものが主役を演ずることになる。

 従って当然、電話会社の役割も変わってこよう(図表参照)。



【図表】 NTT東西の通信ビジネスの行方は

(出所)日本総合研究所 ICT経営戦略クラスター

 現在の通信市場からブロードバンド市場へ、より具体的には、NTTや旧来の通信会社にとっての未知の壁(ギャップ)を越えたところに広がる、IPコミュニケーションやビジネスソリューションなどの領域で自らの足場を固めることができるかが問題だ。そのためには、会社の形態も会社内の組織も、あるいは個々の組織の構成員であるスタッフのレベルにまで落とした処方を講ずることが不可欠になってきた。後述のICTマネジメントが鍵を握る。

(2)特殊法人改革と特殊会社NTT東西の足枷

 現在のNTT東西は依然、政府からの規制を受けている。NTT地域会社のみに適用される法律(NTT法第3 条)により、電気通信サービスを「地域会社によるあまねく日本全国での提供」を行う義務(ユニバーサル・サービス)を負っている。

 宮津前社長が言うように、「NTTも資本主義の自由競争社会の中にどっぷり浸かっていながら」、1997年7月同社は東西に分割され、東西会社はしばらくインターネット市場に参入することも許されていなかった(死の宣告を言い渡されたも同然)。同時に、長距離・国際を担当するNTTコミュニケーションズに分離されるなかで、NTT持株会社の経営の舵取りは多難なものとなった。

 IP通信網サービスを行えるようになったものの、東西会社は現在でも、県内(都道府県区域)というネットワークの世界では合理性を欠いた区域制限下にあり、不自由極まりない実情にある。

 今年6月の11万人の東西子会社への転籍などの決定には、NTT労働組合と会社側ともに苦渋の選択を強いられた。特に歯止めのかからない固定電話収入の減少と余剰感が最高に達した雇用問題では、NTTにとってこのような甚大で深刻極まりない事態は、過去皆無であったはずだ。

 同グループのうちNTTドコモ、NTTコム、NTTデータは完全民間企業であるが、NTT持株会社とNTT東西は特殊会社(特殊法人)に分類される。先のユニバーサル・サービスに対する責任は、特殊会社であるためのものだ。

 特にそのNTT東西を依然巨人扱いし、新規参入企業をはじめ競合企業との公正競争問題がしばしば取り沙汰されるが、IP革命の最中、この認識を大きく変えなくてはならない。

 小泉政権の目玉である特殊法人改革は残念ながら現在、座礁に乗りつつある。

 雇用問題もあるため直ちにすべての特殊法人の廃止を求め、存在そのものを否定するわけではないが、その企業体としての運営・マネジメント手法の杜撰さ(膨大な赤字に対する無責任さとその無策ぶり)や国民開示の在り方には大きな問題がある。これがわが国の社会と産業の病巣になっているといっても過言ではない。

 この特殊法人の代表格である郵貯・郵便、住宅公団、石油公団などによる民業圧迫に比べれば、NTT東西の存在は決して大きいとは言えない。前者の実態はIP革命などとは無縁であり、未だ強い規制と所轄官庁の思惑(組織の維持・存続が目的化)が支配的であるのに対し、後者は最も激しい競争環境にさらされている市場に身を置いているのだから当然であろう。それどころか、最近のIP技術により、彼らはむしろ守勢に回っているのだ。 第11回で触れた政府諮問会議の「経済活性化戦略」における「民業拡大」とは程遠い実態があることを銘記すべきであろう。

(3)IPコミュニケーション革命の進行

 IT革命の本質は、IP革命ひいてはIPコミュニケーション革命である。

 電話がもたらした社会や経済へのインパクトは絶大なものがあったが、そのスピードと影響の及ぶ広範さにおいて、IPコミュニケーション革命はそれ以上となる。IP電話とはこの革命の一部あるいは契機を与えるものだ。本節では、IP電話の使い方やその効用の可能性について簡単に触れたい。

 ビジネス環境として新しいブロードバンド・データ通信網(IP-VPN、広域イーサネット)が整備された、企業内部や企業間(SOHO含む)レベルのコア・コンピテンス部門では、昨年あたりから通信・コマースにおける増速ニーズとともに使い道の議論が活発化しつつある。電話のスピードからISDNを経験し、ADSL環境が当り前になった昨今、さらに光(家庭・SOHO宅でのFTTH、企業の新データ通信網)の速度を体験したら、もう元には戻れない。企業での業務やビジネスでも同じだ。

 米国ではわが国よりもいち早く、T1(通信速度1.5Mbpsのデジタル専用回線)、T3(同45Mbps)といった比較的安価な高速デジタル専用線が多くの企業に導入されており、スピードそのものの議論ではなく、その使い道においても先行している。今年3月に米国通信企業や政府機関を訪れて再確認したことである。

 通信網が整備されれば、自ずとコミュニケーションの使い勝手が決まる。米国でのeコマースやeマーケットプレイスなどの動きはその例である。

 わが国では、こうした動きの先をいく新しいコミュニケーション形態、例えば、「通話+映像(モバイルテレビ)」によるコラボレーションなどを、コア・コンピテンス部門どうしで推し進める(→第10回)ことで絶大な効果を発揮する。企業内の業務の仕方が抜本的に変革され、競争力強化(ひいては企業バリューの増大)につながる。このIPコミュニケーションでは、このコラボレーションでの情報や知識のやり取りなどのコンサマトリー・コンテンツが鍵を握ることになる。

 IPコミュニケーションを通じた企業コア・コンピテンス機能の強化には、ITマネジメントならず、次のICTマネジメントがポイントとなろう。今回は詳細を省く。

 ●定義:
 ブロードバンド・コミュニケーションを前提とし、従来からの情報処理技術(コンピューター等)を示す「IT」に加え、メディア(放送)やコミュニケーションを示す「C」を加えた革新的テクノロジーまたはその仕組みのこと。

 ●範囲:
 情報処理装置やそれを構成する半導体等のハードウェア(機械)やそれを機能させるソフトウェア分野などの理知的(無機的)でドライな面に加え、人や組織間のコミュニケーションやコラボレーションなどの情感的(有機的)でウェットな面までも対象とする。 

(4)固定電話は消え、NTT東西の役割は別のものへ

 NTTは今春、高コストの組織体質を一新し、ブロードバンドサービスの拡充などで収益確保を図らんと、経営合理化計画に伴う新組織体制をスタートさせた。サービスや設備保守、間接業務の3分野を請け負う業務委託会社を両地域会社合わせて100社を設立。約10万人の社員が転籍・出向した。

 これほどまでの大規模な合理化は、電電公社の民営化以前も以降も、聞いたことがない。個々の転籍者の立場に立ち、また先の特殊法人が未だ強固な組織防衛がなされている実態と突き合せると、誠に忍びない。

 しかし、IP技術革新の勢いは、それでも止まらない。

 固定電話の使命はやがて終わりを迎える。恐らく10年以内に、固定電話は携帯電話とIP電話にほぼ置き換わっていることだろう。その認識は当のNTTもようやく明確な認識のレベルから、前述の通り実施のレベルに至ることとなった。実際、VoIP普及を踏まえた固定電話事業の展開として、固定電話網への投資を原則停止し、IP網の充実に投資を集中する覚悟を決めた。光ブロードバンド需要の創出や光ブロードバンドアクセス事業の展開が今後のコア事業と位置付けた。

 NTT東西は銅線ケーブルを保有しそれを管理・運営する、別企業として存続することの選択をやがて迫られるに違いない。光ブロードバンド網を新たなインフラとし、従来の電話サービスとは異なる形態の市場(通話+映像コミュニケーション)とそのシステムを提供するソリューションビジネスへの転換をうまく成功裏に舵取りをできるかが企業の生死を握る。言うは易くその実施とそのゴール必達は困難であろう。困難というよりも、そもそも踏み出したこともないような領域(前述)となる。

 経営戦略も、アクションプランも、それを効果的に実施する術・体制(組織マネジメント)も未経験なことばかりである。日産自動車の例を出すのは安易かも知れないが、トップには豪腕の外国人ないし外国人のような発想と実行力の持ち主が必須となるような事態に迫られている。今年5月に発表された新しいトップの顔ぶれでは、IP革命の大波を乗りきることができるがの不安をもった者は、社内外少なくないだろう。

 NTT地域会社においては、やがて特殊法人として清算されるといった恣意的な行為を超え、迫り来るIPコミュニケーション革命の波が容赦なく襲うことになる。今年になってからのIP電話を巡る動き(引きがね)は、上記シナリオに向かう最初の一歩に過ぎない。


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