"IT革命第2幕"を勝ち抜くために
第23回「フィンランドのIT戦略に学ぶ(中)――産学官モデルへのヒント」
出典:Nikkei Net 「BizPlus」 2003年3月27日
(1) 所轄官庁の使命感が強烈でR&Dの効率性とスピードが際立っている
前回に続き、フィンランドの取組みをケーススタディしたい。
ITまたはICT領域に関する、英国やオランダでのPFI(Private Finance Initiative)や米・英・豪でのPPP(Public Private Partnership)分野のケーススタディなどを含め、筆者は仕事がら毎年様々な国の政策担当者らと会う機会がある。
その中であらためて世界を見渡しても、TEKES(フィンランド技術庁)ほど野心的で活気のある国の機関は少ないように思う。
Nokiaの大成功というレバレッジ効果はあるにせよ、TEKESの取組みは、最近本国の英国では綻びが出てきたPFIやPPPのケースに比し、ともかく戦略が明瞭で実効的・実務的である。わが国で流行りだしたPFIやPPPにおいても、"民間活力"はキーワードではあるが、TEKESではより徹底されているように思われる。
資金面でも人材や技術面などでも余力のあるときに、すなわちレバレッジを行使できるときに、できるだけのことを徹底して行っていく。TEKESの戦略はさしずめこのように形容できよう。
具体的には、国際競争力の強化ひいては外貨獲得。この点いかにも明瞭である。そのために、必要な組織をまずTEKES自らが整える。民間の優秀な人材をスタッフに抱えるなどは当然のことだ。
おまけに幹部といえども実に若い。1999年6月東京南麻布のフィンランド大使館にて、当時の高円宮ご夫妻も招かれた、フィンランドセンター竣工式で、挨拶をした通産省大臣は40歳代前半だったと記憶している。筆者の印象では政府幹部のほとんどはこの年代だった。
さらにTEKESでは無駄な投資はもちろん、非効率な手続きを一切排除する。国の規模は小さいからの芸当だとわが国の役人は言うかも知れないが、これらの点は本質的にはそれとは関係ないだろう。
【図表】 TEKESの使命、およびR&Dの効率性とスピード

(出所)フィンランド情報については、フィンランド大使館フィンランド技術庁(TEKES)鷲巣栄一氏資料(2002年8月)やTEKES(Laurila上級局長、Silvennoinen局長ら)資料を参考に、日本総合研究所ICT経営戦略クラスター作成
(2)綿密かつ大胆な産業育成プログラムとSMEや大学への実効的な支援
TEKESは綿密かつ大胆な産業育成プログラムを持っている。
大企業を後押しすることの投資の効率性は確かに存在する。従って、Nokiaのような企業を全面、国がサポートすることは合理的である。フィンランドの場合、大企業にとって国内市場よりも、国外市場の方がその規模の点で大いに魅力あることだ。大企業が国外で成功し外貨をもたらせば、フィンランド社会へ様々な有用性をもたらす。
ここは日本とは若干異なる状況といえよう。わが国の場合、国内市場は世界第2位の大きさがあるため、寡占状態にある大企業同士をうまく競争させることで、内需を刺激し、市場全体のパイを拡大することもできる。伝統的な産業組織論どおりの帰結となる。例えば、携帯電話はその典型例であり、今のADSLなどのブロードバンド分野での熾烈な競争にもその期待が寄せられる。
次にSME支援の戦略性。フィンランドにおいてSME(Small and Medium-sized Enterprise:中小企業)の発展は、前述の同国の"いびつな"産業構造を是正することにもなる。
日本では"中小企業"というと、大方どうもよい印象をもたれない。新卒の若者からは、「小さい」=「不安定でレベルが低い」とでも見なされているのだろうか。IT・ネットバブルの頃は、渋谷の"ビッドバレー"には多くの起業家が集まり、ベンチャー企業のイメージを一変させた。しかしバブル後、再び"寄らば大樹"的なイメージが出てきているとしたら深刻なことだ。
SMEが元気で強く、良いイメージを社会に与えているかどうかは、その国や産業の先進度のバロメーターでありさえする。フィンランドでは、このSME育成に相当な力を入れている。
日本と少々異なる点は、前述のとおり、フィンランドのSMEは日本を含めた国外での事業展開を真剣に考え、競争力を付けようとしている点だ。
わが国にも、アクセル(高性能画像圧縮・伸張技術開発)、ザインエレクトロニクス(圧縮分野で特徴をもつ半導体ビジネス)、そしてメガチップス(画像圧縮や音声処理などのシステムLSI開発)などの有望ベンチャーが急成長しているが、海外事業展開となるとそう簡単ではないだろう。
【図表】 綿密かつ大胆な産業育成プログラムとSME(中小企業)や大学への実効的な支援

(出所)フィンランド情報については、フィンランド大使館フィンランド技術庁(TEKES)鷲巣栄一氏資料(2002年8月)やTEKES発表資料を参考に、日本総合研究所ICT経営戦略クラスター作成