第3回:SF-Foresight(Science Fiction × Foresight)の実践
1.未来洞察×SF小説で検討するテーマ:ベーシック・インカム
第2回までに記載したとおり、我々未来デザイン・ラボは、SF考証家である高島氏とともに、未来洞察により導出した未来像(機会領域)をSF小説で表現するトライアルを開始した。
まず、何についての未来を考えるのか、テーマ設定が問題である。我々が未来洞察の実践から得たこれから意識すべき社会潮流、そして高島氏が蓄積されている現代的なSF要素、これらの交点を探った結果、未来を検討するテーマとして「ベーシック・インカム(BI)」を設定した。
BIとは、政府が国民一人一人に生活に必要な最低限の収入を無条件で支給する制度のことである。高島氏との対話を開始したのはCOVID-19の流行による1回目緊急事態宣言のさなか、ちょうど10万円の一律給付の実施が発表されたタイミングであった。それに伴って現実的なBI導入に向けた議論が一部で盛り上がりを見せており、今後について社会的な関心の高いテーマと思われた。SFにおいてもBIは一つの重要な要素である。BIは人工知能(AI)の全面的な社会への導入とペアで論じられることが多いという。例えばBIが導入され人間が労働から自由になり、代わりにAIが労働を行い、そのAIに対して課税してBIの財源にする、というような具合だ(※1)。実現に向けての現実的な議論と、SFによる未来社会の構想が同時に行われているテーマについて、我々実務家とSF作家・考証家たる高島氏と共に洞察するとどんな未来が描けるのだろうか。
ここからは、トライアルにおいてどのように検討を進めたのか、手法の解説を含め、ルポタージュとして詳しく説明していく。
なおトライアルでは、未来洞察のプロセスでBIの未来像を導出した後にその未来像をSF小説の形で表現する、という形で進めた。第三回・第四回では未来像の導出まで、第五回以降は表現したSF小説について掲載する予定である。
今回実施したワークショップに先駆けて、BIというテーマ設定およびBIの社会的インパクトと可能性について高島氏からコメントを頂戴したので併せて紹介させていただきたい。
ベーシック・インカム(以下BI)について、まずはSF的な面白さを感じたのが始まりだった。もし実現すれば──タイムマシンほどのインパクトはないかもしれないけれど、少なくとも空飛ぶ自家用ドローンカーよりは──社会を大きく変革するだろう。
そういう意味で、自分も日本総研のみなさんも、BIに対しては間違いなく半信半疑だった。このワークショップが始まる頃にちょうど米国や北欧でBIの実証実験がおこなわれていたことで──あとは自分のSF的な直感を面白がっていただいて──テーマはBIとすることになった。
若干先回りして述べておくと、未来洞察を進めて、さらに小説を書き進めている現時点から当時を振り返ると、まさにこのワークショップのおかげで、我々のBI理解は格段に進んだように思える。この記事を読んでいる読者の方には──きっと多くはBIに懐疑的であろうから──ぜひ我々の思考変化のプロセスを体験していただきたい。
このワークショップ中には日本でも一律10万円のコロナ支援金給付が実施され、2022年に入ってベーシック・インカムはますます盛んに議論されている。良いSFは自然に未来を予見する。我々のワークショップは確かに未来に漸近しつつある。
2.未来イシューの作成
まずは、未来洞察の最初のプロセスである未来イシューについて説明する。未来イシューとは、洞察したい領域における自社の課題や業界動向など蓋然性の高い未来に関する情報を基に作成する未来の仮説を指す。未来の構造的な変化を端的に示したもので、「◇◇(主語)が、●●から〇〇へ」という構文で表現することが多い。
未来イシューの作り方について解説すると、まずは洞察したい領域に係る業界動向等をインプット素材として収集する。ワークショップ参加者にはインプットを事前に一読してもらい、ワークショップ当日は各参加者にとって関心のある情報をピックアップしてディスカッションを行う。その後、ディスカッションを基にして関心のある理由や示唆を基に複数の情報から構成される未来イシューとして設定する。
今回のテーマであるBIに関しては、未来イシューを創出するワークショップの前にプロジェクトチーム内でBIについての基礎情報を整理した。複数の参考文献を基に、「BIが実現する社会の世界観」について6つの領域を導出し、諸外国のBIの実証実験の事例と併せてインプット資料とした。
ワークショップの参加者は、インプット資料を基に事前に「BIが当たり前になった時代において想定される変化」について検討し、ワークショップ当日は、各自の検討を基にディスカッションを行い、未来イシューを作成した。
今回行ったワークショップでは、以下の6つの未来イシューが作成された。
①契約型労働者・個人事業主のキャリア設計
不安定な賃金・契約期間から理想のキャリアの追求へ
②生活する中で突発的なリスク対応
公共機関のサポートベースから生活者自身の生活リテラシーベースへ
③自治体の役割
基本的な生活支援から住民のモチベーション鼓舞・チャレンジ扇動へ
④BIのみで生活する層に向けた衣食住の提供
多様なもの・嗜好/欲を喚起するものから一物一品・ベーシックな機能を安価に提供へ
⑤医療・介護・福祉領域におけるセーフティネット提供主体
公的機関から自律的な共同体へ
⑥働く目的/働きたいと思われる企業の要件
お金を稼ぐ/よい処遇・安定した雇用の提供から生きがいを探す/よい出会い・チャレンジの場の提供に
下記の表1に、参考文献を基に整理した6つのBIが実現する社会の世界観と本ワークショップで創出された未来イシューを比較する。
本ワークショップ内では、ジェンダー平等および教育についての未来イシューは創出されなかったものの、②生活する中で突発的なリスク対応④BIのみで生活する層に向けた衣食住の提供の2つは新しく提案された世界観だと考えられた。
<参考文献>
長期停滞の資本主義 大月書店 本田浩邦
ポスト・コロナのフューチャー・デザイン 中川善典・西條辰義
ベーシック・インカム 国家は貧困問題を解決できるか 中公新書 原田泰
3.社会変化仮説の作成
続いて、社会変化仮説(※2)を作成した。社会変化仮説とは、想定外の未来の兆しになりそうな情報から着想した未来の社会の仮説を指す。未来イシューは蓋然性の高い情報を元に作成するのに対して、社会変化仮説は起こるかも起こらないかもわからない、不確実性の高い情報を基に作成する。
社会変化仮説を作成するワークショップでは未来デザイン・ラボが日々収集している「スキャニング・マテリアル」を活用する。スキャニング・マテリアルは、未来の「変化の兆し」と捉えられる情報を記事形式にまとめたものである。ワークショップでは、参加メンバー各自がスキャニング・マテリアル数百件をワークショップの開催前に流し読みし、その中から未来の着想を得たものをワークショップ内で理由とともに共有、それらの着想や議論をもとに、KJ法で未来の仮説をまとめあげて、社会変化仮説を作成する。
今回は、高島氏と未来デザイン・ラボメンバーでオンライン形式にてワークショップを行い、以下の7つの社会変化仮説を作成した。
①ZAZEN / Assimilation into nature生態系の一部になるような感覚拡張
②動植物との主従なき共生生活ができる町
③自己表現手段としての自作パーソナルモビリティ
④Demand Boosted City 欲求喚起の仕組みが埋め込まれているまち
⑤Expansion of Life 生活と体験の拡張によるひらめき/思考の強化
⑥Mimicry 認証・ラベリングへのアンチテーゼからはじまる“擬態”の常態化
⑦見た目も振る舞いも理想のチャットパートナー
社会変化仮説の一例として、「①ZAZEN / Assimilation into nature生態系の一部になるような感覚拡張」の詳細を以下に示す。
・タイトル:ZAZEN / Assimilation into nature生態系の一部になるような感覚拡張
・概要:気候変動の進展により、日本の台風や米国ハリケーンのような、風水害・洪水被害をもたらす災害が常態化する。これを受けて、車で移動できるタイニーハウスのような「防災・回避」方策とともに、水関連リスクとともに生きていく「減災・共生」の考え方も出てくる。特に環境問題への意識が高い欧米のセレブ層が、海の上に建てられた住居や水中テント、海上スーパー、水の力を利用した電力(例:波力発電)や農作物など、水の生態系と一体化した暮らしをいち早く実践していく。同時に、米国エリー湖に人権が認められた事例のように、湖や海などを擬人的に捉える考え方が広がっていき、セレブ達は、AR/VRやBMIのような感覚拡張技術を用いて、「自分自身が海や湖になったような体験・アクティビティ」を、座禅やマインドフルネスのような感覚で、生活の中に取り入れていく
次回は、作成した未来イシューと社会変化を掛け合わせて導出した、BIが実現した未来の社会像を説明する。
(※1) 東京創元社 Webミステリーズ! 連載エッセイ 高島雄哉 『想像力のパルタージュ 新しいSFの言葉をさがして』 第25回(1/2)
(※2) 未来デザイン・ラボでは、 ”JRI Future Signal”として、メンバーで作成した社会変化仮説を日本総研HP内で紹介している