■米増産への政策転換
8月5日、第3回「米の安定供給等実現関係閣僚会議」(以下、閣僚会議)が開催された。わが国政府は、昨年来の米価格高騰について、米の生産者や集荷・卸売、小売、中食・外食、食品加工業者などを対象にした6つの調査(注1)を実施しており、閣僚会議では、これらの調査に基づく米価格高騰の原因に関する検証結果が示された。検証結果によれば、①2023・24年の高温障害等による精米歩留まり悪化に伴う供給減少やインバウンド・家計における需要増加(注2)によって需給バランスが失調(2023・24年産玄米ベース▲60~80万トン、需要実績対比▲4~6%の供給不足)したことに加えて、②政府が「米は不足していない」との認識から流通実態の把握や市場との対話、情報発信などを十分に行わず、政府備蓄米の放出も遅れ、卸売業者等の不安感が高まって米の調達競争が発生して、さらなる米価格高騰を招いた、としている。
こうした検証結果を踏まえて、今後の政策方針として、①耕作放棄地の活用等による米の増産への政策移行、②農地集約・スマート農業・新農法普及等による生産性向上、③増産の出口としての輸出拡大、④精米ベースの供給・需要量把握等による余裕を持った需給見通し・消費拡大、⑤流通構造の透明性確保や流通適正化による消費者・生産者等の納得感の醸成、⑥環境負荷低減に資する仕組みの創設等の水田政策の見直しなどを実施するとしている。
■“安定的な”供給には気候変動への対応(適応策)が不可欠
今回、わが国政府は、米の安定供給に向けて米の増産に政策を転換する。今後の政策方針に示されている、耕作放棄地の活用等による作付面積の拡大や、農地集約等による生産性向上は、米の増産を後押しするだろう。しかしながら、“安定的な”供給を実現するためには、今回の政策対応に併せて、今回の供給減少の要因になった気候変動への対応(適応策)の強化が不可欠である。
昨年来の米価格高騰の一因として、2023・24年の極端な高温に起因する米の品質劣化による精米歩留まりの悪化が指摘されているが、本年も連日最高気温が40℃を超える地域が続出しているように、極端な高温は2023・24年の一時的な気象現象ではない。地球温暖化は年々進行しており、極端な高温は今後さらに増加する見通しである。さらに、風水害の激甚化や、足元で問題となっている渇水なども増加する可能性がある。したがって、米を安定的に供給するためには、気候変動に強い品種の普及や栽培方法の改良を急ぐ必要がある。これまでも、高温耐性品種の開発・作付けは進められており、作付面積に占めるシェアも16%(2024年)まで上昇しているが、銘柄別の作付面積シェアをみると、高温耐性品種はシェアの小さな銘柄が乱立している状態で、コシヒカリを中心とする上位銘柄の構図は1990年代から変わっていない(注3)。消費者は米の銘柄を重視する傾向があり、消費者に受け入れられるよう、ブランディングやマーケティングも強化していく必要がある。とくに、銘柄が乱立している状態では効果的なマーケティング等は難しいだろう。また、新たな品種の収量や品質を高めるためには、多くの農家が栽培して、栽培環境に応じた効率的な栽培方法を確立していくことも重要であると考えられる。
農作物だけでなく、「農業従事者」も気候変動の影響を強く受ける。農業は屋外労働が多く、極端な高温等によって、熱中症の増加や日中の就労可能時間の制約(注4)、離農者の増加などにつながる恐れがある。とくに、農業従事者は、熱中症死傷者の死亡率が高い傾向があり(注5)、対策の強化が急務である。また、熱中症リスク等のある過酷な労働環境では新たな人材確保が難しくなり、農業の担い手不足の問題を深刻化させる可能性もある。わが国政府は、生産性向上に向けて農業の大規模化・機械化、先端技術を活用したスマート農業の導入などを進める方針であるが、農業従事者の熱中症リスク等の軽減の観点でも、こうした施策を推進する必要がある。
わが国政府には、米を含む農作物の安定供給に向けて、気候変動に強い農業の実現に向けた取り組みを強化していくことが求められる。とくに、地球温暖化の進行に伴って、気温や気象パターンは刻々と変化していくため、先々の気候変動の予測等を踏まえて、フォワードルッキングに対応していくことが重要となる。
(注1)①食糧法に基づく全届出事業者(米を取り扱う集荷、卸売、小売、中食・外食等の7万事業者)を対象とした出荷・販売・在庫等の報告依頼、②生産者の在庫数量等に関するヒアリング調査(618客体のサンプル調査)、③実需者(小売、中食・外食、食品加工業者)に対する流通状況のヒアリング調査(のべ33団体・業者)、④大手集荷7者・卸売6者への訪問調査、⑤精米歩留まりの調査(大手卸売10社、地方卸売23社、米穀店10社)、⑥卸売業者の精米能力に関する調査、を実施。なお、①全届出業者調査の期日までの回答回収率は19%にとどまり、在庫量等は多くないとは考えられるものの、実態把握は十分とはいえない。
(注2)インバウンド需要の増加や二人以上世帯の購入数量の増加を指摘しているが、そもそも需要実績は生産量と在庫増減の“差分”として算出しており、消費動向等から算出したものではなく、要因をすべて特定することは難しいとしている。7月30日に行われた農林水産省の食糧部会においても、有識者から、大幅な需要増加は現場の感覚と合わない、需要増加が一時的なものか継続的なものか検証すべきといったコメントがあった。今後は、消費動向等から米の需要を計測する仕組みが必要となるだろう。
(注3)詳細は、大嶋秀雄「「令和の米騒動」を機に気候変動に強い農業への転換加速を

(注4)詳細は、大嶋秀雄「地球温暖化による労働制約の強まりと今後の課題

(注5)厚生労働省「職場における熱中症による死傷災害の発生状況」によれば、2010~24年の熱中症死傷者に占める死亡者の割合は、全体が3%、建設業が6%、警備業が4%、製造業が3%であるのに対して、農業は10%となっている。農業従事者の高齢化が進んでいることに加えて、小規模な農家も多く、熱中症対策が強化されている企業と異なり、対策が十分に取られていない可能性がある。
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