【本稿は、時事通信社「円債投資ガイド」2025年6月30日配信記事「令和の米騒動からみる温暖化インフレのリスク

■令和の米騒動と農政改革の議論スタート
昨今、米価格の高騰が問題になっている。2025年6月の消費者物価指数をみると、米類の価格は前年同月の2倍を超え(前年比+101.8%)、米類だけで消費者物価指数(総合、前年比)を+0.61%ポイント押し上げている。現系列が遡れる1970年以降、米類がここまで消費者物価指数を押し上げたことはない。なお、比較されることが多い1993年の冷夏に起因する米不作による「平成の米騒動」では、米類の価格上昇率(前年比)のピークは1994年5月の+21.4%で、消費者物価指数(総合、前年比)の押し上げ影響は+0.17%ポイントであった。
米価格高騰は、調理食品や外食の価格にも波及することに加えて、主食である米は生活必需品であるため、価格が上昇しても消費量が減りにくく、家計が価格上昇の影響を受けやすい。消費者物価指数の品目別価格指数と家計調査(2人以上世帯)の世帯あたり品目別購入数量を比較すると、野菜や卵などは価格が高騰すると購入数量が減少する傾向がある一方、米類は価格が高騰しても購入数量がほとんど変化しない。実際、直近1年間(2024年5月~2025年4月)の米の購入数量は前年比+7.1%とむしろ増えている。消費量が減らないことが価格高騰に拍車をかけた面もある。
これまでわが国の米価格は他の農産品に比べて安定していたが、昨年来、需給バランスが失調して価格上昇に歯止めをかけられなくなった。こうした事態を受けて、わが国政府は、政府備蓄米の放出などによって価格高騰の鎮静化を図るとともに、6月5日には、米の安定供給に向けた閣僚会議(「米の安定供給等実現関係閣僚会議」)を立ち上げ、米価格高騰の要因の検証や、米の安定供給に向けた短期・中長期の対応策の検討を始めている。今回の米価格高騰は、複数の要因が関連して生じたとみられ、需要予測や生産調整、流通、輸出入、備蓄などの様々な分野で対応が進められることになる。
■一因となった「気候変動」、今後一段と深刻化
今回の米価格高騰を機に、対応を強化すべき分野として、気候変動への対応(適応)がある。今回の米価格高騰の要因の1つに、2023~24年に観測史上最高を更新した、気温の上昇が挙げられる。とくに2023年は、新潟県産コシヒカリの一等級比率が4.9%(平年75.3%)に急落するなど、品質劣化が深刻な問題となった。品質劣化による精米時の歩留まり悪化なども指摘されている。
先行きをみれば、世界全体が2050年脱炭素を実現したとしても、今後数十年にわたって気温は上昇を続けることになる。風水害の激甚化なども予想されており、生産量や品質の変動が大きくなり、需給バランスが失調しやすくなる恐れがある。こうした気候変動の影響は米に限ったものではなく、あらゆる農作物に及ぶ。今後の気候変動の予測やそれに伴う農業全体への影響の評価などを行い、先回りして対応していかなければ、気候変動に起因する様々な農産品の供給不安や価格高騰のリスクが高まることになる。
■気候変動が農業に及ぼす影響
気候変動が農業に及ぼす影響は大きく2つある。
1つは、「農作物」への影響である。屋外で栽培される農作物は、気候変動の影響を直接的に受ける。影響を軽減・回避するためには、気温上昇に強い品種の開発や栽培方法の見直し、生産地の移転、屋内(工場等)での生産などが必要となる。米に関しては、熱帯・亜熱帯で育てられている品種もあり、麦などに比べると気温上昇に強いとされる。実際、わが国でも、気候変動を見越して、長年、高温耐性米の開発が進められており、作付面積に占める高温耐性米の割合は2010年の2.4%から2023年には14.6%に上昇している。もっとも、今のところ、消費者に普及しているとはいいがたい。作付面積上位銘柄(2023年度)は、コシヒカリ(33.1%)、ひとめぼれ(8.3%)、ヒノヒカリ(7.4%)、あきたこまち(6.7%)などで、この構図は1990年代から変わらない。高温耐性米は、シェアの小さな銘柄が乱立しているのが現状である。米は銘柄が重視される傾向があり、食味が優れていても、消費者に受け入れられるためには、時間をかけてマーケティング等を行っていく必要があるだろう。一方、葉物野菜などは、消費者における銘柄の認知度は高くないが、そもそも気温上昇に弱い種もある。生産地の移転で対応する場合には、産地リレーの不調などによって価格が変動しないよう、計画的に進める必要がある。また、果物は、品種改良や生産地の移転などが容易ではない種も多く、とりわけ時間をかけた対応が必要となるだろう。
もう1つは、「農業従事者」への影響である。農業は屋外での労働が多く、建設業などと並んで気候変動に脆弱な産業とされる。気温上昇によって、熱中症が増加したり、日中の就労可能時間が制約される可能性が高い。風水害・山火事の被害や、蚊が媒介する感染症の増加も懸念されている。とくにわが国は、農業従事者の高齢化が進んでおり、気候変動の影響を強く受ける恐れがある。近年、農業においても熱中症対策が強化されているものの、農業等における熱中症による救急搬送人員数は増加しており、熱中症による農作業死亡事故発生数も増加基調にある。今後は、熱中症対策等をさらに強化するとともに、気候変動に対応する観点でも、農業の大規模化・機械化や、先端技術を活用したスマート農業の導入などを進めていくことが重要となるだろう。
今回、石破政権は、米の安定供給に向けた農政改革に着手する。農業は他の産業に比べれば気候変動への対応が進んでいる産業ではあるが、今回の米価格高騰を機に、気候変動への対応について改めて議論を行い、気候変動に強い農業の実現に向けて、取り組みを加速させていくことが求められる。
(参考)大嶋秀雄「少子・高齢化が気候変動対応に及ぼす影響をどうみるか

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