コンサルティングサービス
経営コラム
経済・政策レポート
会社情報

経済・政策レポート

アジア・マンスリー 2011年8月号

【トピックス】
環境適応に臨む中国自動車産業

2011年08月01日 関辰一


中国自動車産業は賃金や原材料価格の上昇という環境変化に直面している。今後、資本集約化や企業
の合併等を通して、環境変化に適応していく動きが加速すると見込まれる。

■割安な労働力、100社を上回る完成車メーカー
中国の自動車生産台数は世界一になったものの、産業全体の生産性は低い。中国自動車産業(含む二輪車、部品)の1人あたり年間生産台数は現在の日本の1/3ほどで、日本の1965年の水準にとどまる(アジア・マンスリー2011年5月号を参照)。
中国自動車産業を取り巻くこれまでの環境を見ると、低い労働生産性に一定の合理性を見出すことができる。高い生産技術と潤沢な投資資金を持つ外資メーカーの中国工場が本国工場に比べて労働生産性が低いのは、中国の労働力が本国に比べて割安であり、それが競争力の源泉となっているためである。人件費が安いため、高価なロボットを導入するよりも手作業の方が安く、一定の生産量を達成できる。このため、外資メーカーの中国工場と本国工場では、中国工場の労働生産性が本国を下回る。工程別にみると、組立工程では大差がなく、とりわけ溶接工程で差がつく。日本の工場ではプレスされた鋼板と鋼板をつなぎ合わせ、自動車のボディの形を作り上げる溶接工程において、ロボットがベルトコンベアの左右に整然と設置されている。ロボットのアームが高温のバーナーとなり、火花を散らしながら溶接作業を行う。たとえば、日産の九州工場第二車体館ではロボットの数が430台、自動化率は92%に達する。一方、中国では人間がこのような作業を行っている。上海フォルクスワーゲンのパサート工場では溶接工程のロボット数は63台、自動化率は25%にとどまる<丸屋豊二郎・丸川知雄・大原盛樹[2005]『メイド・イン・シャンハイ』岩波書店>。
一方、中国メーカーの労働生産性が低いのは、100社にのぼる完成車メーカーが存在していることも大きく関係している。中国汽車工業年鑑によると、2009年に年間1,200台以上生産した完成車メーカーは119社にのぼる。このうち、30万台以上は17社にとどまる。中国メーカーに絞ると、年産30万台以上は8社であり、87社以上は年産30万台に満たないメーカーである。さらに、年間生産台数1,200台を下回る企業も存在するため、中小完成車メーカーの企業数は100~200社あっても不思議ではないかもしれない。
こうした規模の小さい完成車メーカーは中国各地に散らばっている。2010年に自動車の生産実績があるのは省級行政区31のうち28地域にのぼる。自動車メーカーが設立されていないのはチベット自治区とそれに接する青海省、寧夏回族自治区の3地域のみである。新疆ウイグル自治区、山西省、貴州省でさえ、それぞれ年産0.2万台、0.3万台、0.8万台の生産実績を持つ。
自動車産業のように、大型のベルトコンベアを導入すると、完成車1台あたりに必要な平均生産費用が低下するという経験則(規模の経済)がある。言い換えれば、効率的な生産を実現させるためには、一定の規模(最小最適生産規模)が必要となる。広く知られているシルバーストンの実証研究によると、ある企業が自動車の年産台数を10万台から20万台に拡大した場合、1台当たり総単位コストは8%低下する。さらに年産台数を30万台に引き上げた場合、11%に一段と低下する。このように、平均生産費用が高く、非効率的な生産を行っているメーカー、すなわち、最小最適生産規模を下回る中国メーカーが多く存在している。

■変わる環境
中国では大幅な賃金上昇が続いている。2011年1~3月期の都市部の1人あたり平均賃金は労働市場の逼迫と最低賃金の引き上げにより前年同期比14.7%上昇した。
さらに、新興国の成長などにより、素材全般の価格に上昇圧力がかかっている。例えば、電線や自動車の電気経路などに用いられる銅の卸売価格は1~3月期に前年同期比22.2%上昇した。自動車の車体に使われる亜鉛めっき鋼板も上昇傾向を続け、同5.8%高となった。
このような環境変化により、各メーカーのコスト負担は拡大した。
コストが上昇した分、自動車の販売価格を引き上げられれば問題ないものの、顧客が競合他社に流れるリスクが高い。激しい企業間競争を背景に、乗用車の小売価格は低下傾向が続き、1~3月期に前年同期比▲3.8%低下した。この結果、収益性に劣る企業は赤字に転じた。自動車を中心とした輸送機械製造業の赤字企業数は1~5月に前年同期比10.9%増と増加傾向に拍車がかかった。
今後、賃金や原材料価格の上昇が続くと予想されるだけに、中国自動車産業では赤字企業がさらに増加するリスクがある。

■環境適応する企業
一方、多くの企業はこうした環境変化に直面しながらも、成長を続けていくと期待される。まず、資本集約化が進む見込みである。中国汽車工業年鑑によると、安徽華菱汽車集団は、2006年時点の生産台数が5,705台にすぎなかったものの、2009年には1万8,117台まで拡大した。同社以外にも勝ち残った規模の小さいメーカーも少なくない。こうした企業は旧型・小型ながら生産設備を導入し、生産性を上げてきた。今後、賃金の上昇に伴い、多くの企業は徐々にロボットを導入し、自動化を進めていくものと見込まれる。
さらに、合併を通して、短期間で規模を拡大する動きも増加すると見込まれる。たとえば、内陸部にある複数の小規模企業が統合し、大規模な工場が設立されれば、これまで難しかった大型のベルトコンベアを導入できるようになる。また、規模の大きいメーカーが規模の小さいメーカーと合併する場合もあろう。たとえば、2006年に広州汽車集団が年間生産台数5,655台の羊城汽車集団を吸収合併した。産業集中度についてみると、3大企業グループ(上海汽車集団、第一汽車集団、東風汽車集団)の生産台数は2006年の45.6%から2009年に47.9%へ上昇し、今後も一段と高まるものと見込まれる。市場が拡大する一方、100社を上回る完成車メーカーが存在する中国自動車産業では、こうした現象は賃金や原材料価格の上昇に適応できる企業を生み出す源といえよう。このように、規模の経済を生かし、平均生産費用を低下させ、環境変化に適応していく動きが今後加速すると見込まれる。
こうした動きは中国自動車産業の生産性を高める。中国自動車産業の発展の一環ともいえよう。
経済・政策レポート
経済・政策レポート一覧

テーマ別

経済分析・政策提言

景気・相場展望

論文

スペシャルコラム

YouTube

調査部X(旧Twitter)

経済・政策情報
メールマガジン

レポートに関する
お問い合わせ