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アジア・マンスリー 2026年7月号

アジア経済は短期・長期両面のリスクに直面

2026年06月26日 細井友洋呉子婧、今川冬馬


先行きのアジア経済は、中東危機によるインフレ高進を受けて内需を中心に減速する見通しである。さらに、短期的な供給制約の深刻化や、中長期的な成長力の低下といったリスクにも警戒が必要である。

1.アジア経済は減速局面へ
(1)2026年前半の景気は外需主導で持ち直し
アジア景気は持ち直している。2026年1~3月期の実質GDP成長率は、各国・地域の加重平均値で前年同期比+5.9%と、コロナ禍以降(2022~25年)で最も成長率の高かった2025年(同+5.5%)を上回った。国・地域別にみると、台湾が同+14.5%と39年ぶりの高成長となったほか、インド、ベトナムも8%近い成長を維持した。近年成長率が低下傾向にあった韓国も同+3.8%と、1%台とされる潜在成長率を大幅に上回った。総じて、世界的なAIブームによる電子機器・部品の需要増加が各国の輸出を押し上げた。外需主導の景気持ち直しは4月以降も続いている。

(2)年後半はインフレ高進が内需を下押し
先行き、アジア景気は一転して減速する見通しである。石油・ガス純輸入国が大半を占めるアジアでは、エネルギー価格の上昇により交易損失が発生し、実質所得や企業収益の圧迫を通じて内需を下押しすると予想する。足元のエネルギー価格上昇を受けて、アジアの生産者物価は軒並み上昇しており、今後消費者物価(CPI)への転嫁が進む見込みである。すでに多くの国・地域において、足元のインフレ率が中央銀行の目標を上回って推移している。また、以下の2点から、インフレ圧力の高い状況は先行きも解消されず、内需が下押しされる状況は当面続くと考えられる。

第1に、エネルギー・食料品価格の高止まりである。本稿のメインシナリオでは、米・イラン間の戦闘終結後もホルムズ海峡の通行正常化には一定期間を要するため、2026年末にかけてエネルギー価格の高止まりが続くと想定している。また、本年夏までに大規模なエルニーニョ現象の発生が予想されており、アジアでは干ばつや高温による農業生産の停滞と食料価格の高騰が懸念される。

第2に、ドル高・アジア通貨安の進展である。足元では、経常赤字・対外純債務を抱えるなど対外収支構造が脆弱なインドネシア、フィリピン、インドや、石油・ガスの輸入依存度の高いタイ、韓国を中心に通貨安が進んでいる。これらの国々では、輸入物価全般が押し上げられ、インフレ圧力が高止まりしやすい状況が続く。また、インドネシアとフィリピンでは通貨安を食い止めるために当局が断続的に為替介入を実施してきた結果、外貨準備が大きく減少している。このため、インドネシア、フィリピン両国の中央銀行はそれぞれ1%、0.5%の利上げを4月から6月にかけて実施しており、金利負担の増大による消費・投資のさらなる下押しが懸念される。

家計の負担緩和に向けて、各国政府はエネルギー価格の統制や低所得者向けの所得補てんなどの対策を実施している。もっとも、国際エネルギー価格の上昇は、企業による価格転嫁や通貨安など様々な経路を通じて国内物価に波及しており、政策による消費者の負担軽減には限界がある。さらにコロナ禍を経て、台湾やベトナム以外の多くの国において、対GDP比でみた債務残高が高止まりしていることから、こうした物価高対策を長期にわたって継続することは困難である。

外需はアジア内でも明暗が分かれると予想する。米国を中心に積極的なAI投資が当面継続すると見込まれるため、AI関連の電子機器・部品の製造国・地域では、先行きも輸出の高成長が継続し、内需の減速を一定程度カバーする見込みである。具体的には、データセンター向けの高性能サーバーや通信機器、それらに必要な半導体の生産に強みを持つ台湾、ベトナム、韓国、マレーシアなどが挙げられる。一方、これらの財の輸出競争力が低く、財輸出における中東依存度が約2割と大きいインドにおいては、中東経済の混乱により主力輸出品である宝石などの輸出停滞が避けられず、外需も弱い動きになると見込まれる。

(3)供給制約は限定的ながら、一部で農業生産を下押し
ホルムズ海峡封鎖を受けて、アジア各国の中東からの原油・ガス輸入は足元で停滞しているが、この先各国が全面的な供給制約に直面する可能性は低いと予想する。①各国ともに米国やロシアなどからの代替調達に注力しているほか、ホルムズ海峡を迂回した中東諸国からの輸入にも着手していること、②ホルムズ海峡の通行が段階的に正常化すると予想されること、が理由である。

ただし、ASEAN・インドでは、中東からの肥料の輸入減少が、エルニーニョ現象による影響と相まって、農業生産を悪化させる可能性が高い点には留意が必要である。このことは、GDPに占める農林水産業の割合が大きいインドなどでは、経済成長の足かせとなるほか、農業従事者の所得の伸びを鈍化させることで、消費をさらに下押しすると想定する。

以上を踏まえ、2026年のアジア全体の成長率は+4.9%と、前年から減速すると予想する。もっとも、各国の経済構造の違いにより、個別に見れば強弱が生じる見込みである。需給両面で中東危機による下押し要因の多いインドや、インフレによる内需への打撃が大きいフィリピンとタイでは、コロナ禍以降最も低い成長率となる見通しである。中国は、石油・ガスの純輸入が小さく、通貨も安定していることから、相対的に中東危機の影響が小さいものの、従来から抱える内需の構造的な弱さを背景に成長が鈍化すると予想する。対照的に台湾やベトナムは、高成長を継続する見込みである。いずれもAIブームによる輸出増加が経済をけん引し、健全な政府財政を背景に中東危機による内需への悪影響を緩和する政策発動余地も大きい。

2027年は、中国とその他アジアで明暗が分かれると予想する。中国は、構造的な内需低迷が続き、少子高齢化の影響も相まって、成長率がさらに低下すると予想される。一方、インドをはじめとするその他アジアは、エネルギーや食料品価格の騰勢が鈍化するにつれて消費が回復するとともに、延期されていた投資も再開される見込みである。

2.供給リスクの顕在化に要警戒
メインシナリオの想定に反して今後もホルムズ海峡の封鎖が続く場合、アジアは資源を海外に依存する国・地域を中心に深刻な景気後退に陥る恐れがある。とくに韓国、台湾、タイは一次エネルギー供給に占める石油やガスの割合が大きく、その大半をホルムズ海峡周辺国からの直接的な原油・ガス輸入に依存している。このため、中東からの輸入が長期にわたって途絶した場合、経済全体が深刻な供給不足に陥るリスクが大きい。

フィリピンとインドへの打撃も甚大である。フィリピンは直接的な原油輸入に加え、韓国から多くの石油製品を輸入するなど間接的にも中東に依存している。インドでは中東依存度は中程度だが、エネルギー効率が低いため、輸入が減少した際の生産への波及度合いが大きい。ホルムズ海峡の封鎖がさらに1年間続く場合、これらの国々を中心にアジアの実質GDPは▲2.3%押し下げられる恐れがある。景気後退の深刻な国・地域では急激な資本流出が発生し、通貨・債務危機を招くリスクも高まる。

3.中長期的な成長停滞の懸念も
国際秩序が変容するなかで地域間の対立や摩擦が常態化する場合、その経済への悪影響は一時的なものにとどまらない。各国・地域が適切な政策対応を講じなければ、経済活動に対する構造的な制約が強まり、アジア全体の中長期的な成長力の低下につながる恐れもある。

(1)韓国・台湾
今回の危機が終息した後も中東地域は不安定な状態が続く可能性が高いため、とりわけ韓国と台湾はエネルギー供給リスクを低減する観点から、化石燃料の調達多角化や依存度低減を図る必要がある。とくに脱炭素化に向けた取り組みにおいては、いずれも再生可能エネルギーの導入が遅れているため、政策的対応が必要である。

こうした政策が実施されず、供給リスクが大きい状態が続く場合、主力の半導体産業など電力・エネルギー集約型産業への投資縮小や海外流出につながり、輸出競争力の低下を招く恐れがある。台湾は半導体関連輸出がGDPの5割に上るほか、韓国も半導体に加えて鉄鋼、化学など多くのエネルギー多消費産業を抱える。これら産業の輸出競争力の低下は、少子高齢化による内需の停滞も相まって、韓国・台湾経済の長期停滞をもたらす可能性が高い。

(2)ASEAN・インド
世界のパワーバランスの変化によって国際紛争が起こりやすくなることで、化石燃料の国際価格が高止まりしたり、急騰しやすくなったりする可能性もある。このことは、以下の2点から、ASEAN・インド経済の中長期的な成長停滞リスクを高める。

第1に、地域間摩擦の常態化はASEAN・インドの価格競争力を低下させ、輸出や対内直接投資を阻害する恐れがある。両地域はエネルギー供給に占める化石燃料の割合が大きく、国際的なエネルギー価格の上昇が物価全体に波及しやすい経済構造になっているためである。

第2に、エネルギーコストの上昇は企業から研究開発投資の余力を奪い、産業高度化が一層停滞する可能性がある。ASEANとインドの研究開発投資がGDPに占める割合は軒並み1%以下であり、世界平均の2.6%を大きく下回る。このことは、ASEANとインドにおいて、製造業が国際分業のなかで専ら最終財の加工段階を担うにとどまり、結果として所得水準が伸び悩む「中所得国の罠」の一因となっている。

こうした中長期にわたる停滞リスクを回避する観点から、各国には目先の対症療法にとどまらない省エネルギー化や脱炭素化を通じた経済の効率化・強靭化が求められる。


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