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アジア・マンスリー 2021年12月号

アジアの安定成長を脅かす米利上げ加速

2021年11月26日 野木森稔


2022年のアジア経済は+5.4%と安定成長を続ける見込みである。しかし、足元の資源高とともに、アジア発の供給問題が米国の利上げ加速につながる展開となれば、その安定成長を脅かすリスクとなる。

1.2022年アジア景気回復ペースは巡航速度へ
2021年はアジア経済において総じて回復基調が続いたが、そのペースは国・地域ごとで大きくばらついた。特に、インドでは4~6月期、ASEANでは7~9月期に新規感染者数が急増したことから、経済が一時的に悪化した。これらの国では、2021年の実質成長率は当初想定よりも大きく下振れ、ASEAN5(タイ、マレーシア、インドネシア、フィリピン、ベトナム)は2021年+2.9%(2020年12月時点の当社見通し+5.7%)、インドは2021年度+9.0%(同+11.0%)となる見込みである(右中表)。一方、北東アジアも同様に感染再拡大による活動制限の悪影響はあったが、好調な輸出などに押し上げられ、2021年+7.6%(同+7.4%)と、当初予想よりも上振れが見込まれる。

2022年については、2021年の反動増の一服に加えて、増勢鈍化が予想される。世界の財貿易取引数量は頭打ち傾向にあるなど、けん引役であったアジアの輸出がこれまでのように速いペースを維持することは難しくなっている。背景に先進国における財需要の急速な回復が一服したことに加え、供給不足や資源高を背景に貿易価格が上昇し、需要を下押ししていることが挙げられる。また、米連邦準備制度(FRB)は、11月後半からのテーパリング(資産買い入れ縮小)開始を決定し、2022年内の利上げも視野に入れている。米国の利上げペースは、基本的には半年に一回程度の緩やかなものになると見込まれ、アジア金融市場への影響は限定的にとどまるとみられるが、米国金融政策の正常化が進むことで、アジア各国・地域の当局にとっては追加金融緩和、さらには大規模な財政拡張で経済を支える余地が狭まることになる。

しかし、ワクチン接種が進んだことから、新型コロナの感染が再拡大しても2020~21年に見られたような厳格な経済活動抑制は回避される見込みである。ベトナムでは10月に感染リスクのレベルごとの活動制限を新たに規定しているが、貨物輸送などはレベルを問わずに営業可能としている。内需の大きな足かせが外れることで、経済成長の安定性を高めると予想される。また、足元で減速感が強まる中国経済の動向がアジア経済全体の懸念材料となっているが、2021年の+8.0%という高成長の後も、2022年は+5.4%と安定成長を予想する。景気の先行指標として重視されるクレジット・インパルス(対GDP比での与信の増加)は2021年に入り大きく低下しているが、これは中国人民銀行による資金供給抑制など景気過熱に対し中国当局が緊縮的なスタンスを強く押し出していたことも要因となっている。来秋の共産党大会を前に経済運営にはより慎重になるとみられ、金融面の過度な引き締めを緩めることで、中国景気は上向いてくることが予想される。

2022年のアジア経済全体の成長率は+5.4%と、これまでの外需の力強さや財政金融政策面からの一層の後押しが期待できないことから、2021年の+7.1%から伸び率を低めることになろう。しかし、厳格な経済活動の回避と中国経済の安定化が寄与し、コロナ禍前の2017~19年平均の+5.8%と同程度の安定成長となると見込まれる。中国はじめ北東アジアやインドは高い成長率となった2021年に比べ伸び率を鈍化させ、ASEANでは2021年の低成長からの反発力が弱いとみられるが、多くの国・地域で潜在成長率並み、ないしは上回ることが予想される。

2.アジア発の供給問題が招くグローバル・インフレ:アジアの安定成長を脅かすリスク
以上のように、2022年は安定成長を予想するが、米国が利上げを想定以上に加速させるなどにより金融環境が不安定化した場合は、下振れリスクが急速に高まる可能性がある。特に、アジア発での供給問題がグローバルなインフレ加速を助長する一因となっているが、それが米利上げ加速につながり、アジアの安定成長を脅かす展開も考えられ、注意が必要である。

新型コロナの感染拡大以降、世界の経済環境は急変しており、それにうまく順応できないアジアの製造業の供給体制は不安定な状況となっている。特に、ハイテクなど一部の分野での急速な需要拡大への対応はまだ不十分と言える。台湾や韓国などアジアに主要生産拠点がある半導体は、在庫の出荷に対する比率が2021年半ばに底を打ち緩やかに上昇しているが、その水準は依然低い。2021年10月もリードタイム(発注から納品までにかかる時間、サスケハナ・ファイナンシャル・グループの調査)が21.9週と平時に比べ大幅に長期化しており、需給のひっ迫は続いている。メモリーなど一部の半導体では供給体制は整っている模様だが、いわゆるレガシー(旧型)半導体が中心となる車載向けは生産増にむけた投資が伸び悩んでおり、自動車産業への悪影響が長引く恐れもある。

加えて、電力不足もアジア経済のリスクとなっている。中国とインドでは9月から10月にかけて電力不足に陥ったことで、主要燃料である石炭の在庫が急減している。ともに洪水による石炭不足や環境対策としての再生可能エネルギーへの転換の動きなどが要因とされる。これらの動きで電力供給能力が下がっているところに経済急回復による電力需要増が混乱に拍車をかけた。電力不足は、世界的に環境対策への圧力が強まり、化石燃料使用への反発が強まるなか、中国、インドだけでなく、全てのアジアの国・地域にとって警戒すべきリスクとなっている。振り返ると、2020年初めの中国、2021年後半の東南アジアは、新型コロナ感染拡大に伴う経済活動抑制によって国際的なサプライチェーン寸断という大きな問題をもたらした。前述したように、厳格な活動制限が先行きアジア内で再び実施される可能性は大きく低下しているものの、電力不足が新たなサプライチェーン問題を引き起こす可能性がある。

半導体不足の問題や電力不足によるサプライチェーンの問題など、アジア各国・地域でコロナ禍での経済構造調整への苦しみは続く。これらを背景に供給不足が深刻化すれば、高止まりする資源価格とともに、グローバルなインフレ圧力を高めていくことになる。その場合、アジアにとって最悪のシナリオは、グローバルなインフレ加速が先進国、特に米国の金融引き締めペースを加速させ、アジア各国・地域においても利上げの連鎖が生じることである。FRBは2022年半ばにテーパリングを完了した後、幅広い指標でみた完全雇用と2%の平均インフレ目標の達成を見極めつつ、2022年末に利上げを開始すると日本総研では予想している。もちろん、FRBの利上げが直ちにアジアの中央銀行の利上げにつながるとは限らない。しかしながら、仮に米国で急ピッチな金融引き締めが実施されれば、アジアでも速いペースの利上げに対する警戒が高まることになろう。実際、米国で年間計4回の利上げが実施された2018年には、台湾とベトナムを除く七つのアジアの中央銀行が米国に追随する形で利上げを実施している。2020年には大幅な金融緩和がアジア全体で実施されたうえ、米国を中心とした先進国の量的緩和による国際的な流動性の拡大がアジア経済の大きな支えとなっていた。もし米国で利上げが加速することになれば、流動性の縮小をもたらし、アジア金融市場の大きな混乱、ないしはその対応策としての利上げにつながることで景気回復の勢いが大きく削がれる可能性がある。

3.アジア地域の不確実性を高める米中対立の再燃
2022年は、米中対立の再燃など政治面のリスクについても注意する必要がある。米国のトランプ前政権下で2020年に発効した米中貿易交渉「第1段階合意」は、2021年末に期限を迎えるが、中国による輸入拡大は合意された目標を大きく下回る見込みである。10月8日のキャサリン・タイ代表と劉鶴副首相との電話会談では、米中通商合意の履行状況を検証し、未解決の問題について協議することで合意した。中国国内産業への補助金に関する対応が含まれる「第2段階合意」についても、協議が開始される可能性があり、米国の対中圧力が高まる恐れがある。2022年秋には、中国で共産党大会、米国で中間選挙を控え、互いにこの問題に関しては弱腰姿勢を見せられない。関係の拗れは両国に関連したビジネスへの不透明感を高め、企業による投資の消極化などアジア経済全体を下押しする可能性がある。

また、中国は2021年9月に環太平洋パートナーシップに関する包括的および先進的な協定(CPTPP、いわゆるTPP11)への参加を正式に申請したことも先行き不透明感を高める要因となろう。2022年1月に発行される地域的な包括的経済連携(RCEP)協定に続く中国の国際的な市場開放の動きは、タイや韓国のCPTPP参加への機運を高めるなど、好影響を及ぼしているようにもみえる。しかし、国有企業への補助金や強制労働の問題を指摘される中国にとって、現時点でCPTPPに参加できる見込みはほとんどない。既存メンバーのなかでも、日本、カナダ、豪州などは中国の参加に慎重な姿勢を示しているが、ニュージーランドや一部の東南アジアは参加を支持するなど意見の食い違いが出始めている。さらに、中国はほぼ同時に参加申請をした台湾に強く反発するなど、RCEPとともに相互の経済関係を強めるはずのCPTPPは、中国の強引な参加申請により混乱の様相を強めており、アジアの不確実性を拡大させる要因となりうる。

2022年の政治イベントも中国関連が注目される。秋の5年に一度の共産党大会では習近平政権の3期目入りを果たすことで国内政治の基盤強化が強く示されよう。3月には民主派の排除につながる選挙制度変更後初めての香港行政長官選挙が実施されるが、香港の更なる「中国化」進展が意識されよう。また、韓国とフィリピンでは大統領選挙が実施される。前者は3月9日投開票予定であり、与野党の候補の支持が拮抗し、不動産政策などが争点となる。後者は、5月9日実施予定であり、故マルコス元大統領の長男であるフェルディナンド・マルコス元上院議員や元ボクサーのマニー・パッキャオ上院議員などが立候補していることが話題となっている。ともに現行政権の路線が維持されるのかが注目点だが、対中政策路線の変化の有無もその判断の重要な要素となろう。
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