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アジア・マンスリー 2021年10月号

「共同富裕」を急ぐ習近平政権

2021年09月29日 三浦有史


習近平政権は、「小康」達成後の課題として「共同富裕」を掲げた。共同富裕は寄付や慈善を促すというかたちで具体化されつつある。しかし、抜本的な制度改革なしにその実現は難しい。

■「小康」から「共同富裕」へ
習近平総書記は、2021年7月の中国共産党創立100周年にあたり、ややゆとりのある社会を意味する「小康」を全面的に達成したと宣言した。小康は、改革開放政策により今日の中国の礎を築いた鄧小平氏が唱えたもので、2002年の第16回共産党大会以降、歴代政権が実現すべき最優先課題としてきた。習近平総書記は宿願を果たした指導者として歴史に名を遺すこととなった 。

小康の次の目標として示されたのが、国民皆が豊かになる「共同富裕」である。「豊かになれるものを先に富ませる」という鄧小平氏の先富論の後段には「豊かになったものが遅れたものを助ける」という文言が含まれる。共同富裕は、所得格差などの急速な経済発展によって生じた歪みを是正することで、社会の安定性と経済発展の持続性、ひいては、共産党に対する信認を高める試みといえよう。

ブルームバーグによれば、習近平総書記は2021年初めから8月までに共同富裕に65回言及しており、その回数は2020年の30回を大幅に上回る。その一方、所得格差の度合いを表すジニ係数は2019年で0.465と、2015年からほとんど変化していない。同係数は0~1の値をとり、数値が大きいほど格差が大きいことを意味し、中国は世界的にみても格差が深刻な国の一つといえる。格差是正は共同富裕の実現に向けた最初の一歩である。

■目立つ3次分配の強化
中国では、2021年8月に開催された中国共産党中央財経委員会で、習近平総書記が改めて共同富裕に向け強い意欲を示したことから、富裕層から富の移転が進むことで中間層が厚みを増し、個人消費が経済成長をけん引する消費主導経済への移行が進むとともに、社会の安定性も高まると期待されている。

 同委員会では、所得分配として、①労働の対価としての給与など市場原理に従う1次分配、②税・社会保障や財政支出によって1次分配の偏りを是正する2次分配、③寄付や慈善によって富裕層の富を移転する3次分配があるとした。共同富裕に向け目立った動きがみられるのが3次分配である。

3次分配における寄付や慈善を行う主体として想定されているのは、改革開放政策の恩恵を享受した沿海大都市、そして、不動産、教育、ITといった産業である。3産業が選ばれた背景には、住宅ローンと教育費が家計を圧迫する要因になっていること、そして、オンラインゲームが子供に与える悪影響や、運転手や配達員など単発で仕事を請け負うギグワーカーの待遇改善が社会問題化していることがある。同委員会は、共同富裕は短期的には「痛み」を伴うとしたうえで、それら産業の発展論理は大きく変化し、成長に対する寄与度は低下するとした。

実際、不動産、教育、IT産業を取り巻く環境は変化しつつある。大手IT企業では、共同富裕に貢献するためとして1,000億元規模の基金を設立する動きが相次いでいる。寄付や慈善には当たらないものの、学習塾の非営利化や中古住宅販売価格の上限設定も共同富裕に沿った政策と位置付けることができよう。

■抜本的な制度改革なしに共同富裕は難しい
習近平政権は、第14次5カ年計画(2021~25年)で、「国民の幸福感と安心感を絶えず高めるために、最善を尽くし、努力する」とした。共同富裕はそれを具体化する政策目標であるため、批判的に論じる国内メディアは見当たらない。しかし、共同富裕が本当に国民の幸福感と安心感を高めることにつながるかは不透明である。

問題の一つは、3次分配が格差是正に寄与するかが疑わしい点である。中国人民銀行が2019年に実施した家計の資産調査によれば、保有資産が少ない下位20%の第1五分位の資産が平均41万元であるの対し、上位20%の第5五分位は1,002万元と、両者の間には24倍の格差がある(右表)。これは都市の可処分所得の格差(5.9倍)を大幅に上回る。

世帯が保有する資産の7割を住宅が占めること、また、持ち家率が96%に達することから、中国の資産格差は保有する住宅を担保に新たな住宅を購入するという、資産をてこにした利殖によって増幅されてきたといえる。この格差は寄付や慈善で是正できるものではなく、資産の保有や相続に課税する不動産税や相続税が効果的である。不動産税については、第14次5カ年計画で言及されており、財政部も導入に前向きな姿勢を示している。ただし、起草準備が整ったとされてからすでに5年が経過していることを踏まえれば、早期の実現を楽観することはできない。

もう一つの問題は、3次分配が成長鈍化を誘発しかねない点である。共同富裕を建前に、特定の企業や産業を対象に寄付や慈善活動を迫る、あるいは、収益構造を根本的に変える規制を打ち出すといった政策の恣意性が強まると、対象となった企業や産業に流入する資金は細る。不動産、教育、ITの3産業は民営企業がけん引役となることで急成長を遂げ、GDPに占める割合は2018年に13.9%と、2004年から3.8%ポイント上昇した。3次分配の強化はこの押し上げ効果を減殺する危険性がある。

中国では、3産業に高い診療報酬が問題視される医療が加わるとみられている。医療を加えるとGDPの16.1%となり、そこに不動産業と関係の深い建設業を加えれば23.2%に達する。習近平政権は、共同富裕に至る過程の痛みを覚悟しているようであるが、国内だけでなく国外の投資家も委縮させることになれば、中国経済に想定を上回る下押し圧力がかかる。

不動産、教育、医療にかかわる支出が負担となり、所得水準が上昇したほどには生活の質が上がらないと感じる中国国民が増えたのは間違いない。しかし、富裕層でなければそれらにアクセスできない仕組みをつくったのは中国政府自身である。共同富裕は、寄付や慈善ではなく、税、土地、教育、医療、社会保障などの関係する制度の抜本的な改革により、中間層が生活の質の向上を実感できる仕組みをつくることで実現を目指す必要がある。
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