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アジア・マンスリー 2021年5月号

ポスト・コロナで試されるアジア通貨の安定性

2021年04月28日 野木森稔


アジア為替市場で混乱が生じるリスクは2013年に比べ低下している。しかし、米金融政策などの正常化が近づけば、インドネシア、フィリピン、インドを中心に通貨下振れ圧力にさらされる可能性がある。

■コロナ禍で安定性を示したアジア通貨
米国金融政策の正常化への移行が意識されるのに伴い、新興国へのマネーフローが逆流するという懸念が高まっている。日本総研では、2021年内は、米FRBの政策変更はないものの、資産買い入れの段階的縮小(テーパリング)に向けた議論が本格化するとみている。そうしたなか、2013年5月に米FRBが量的緩和縮小を示唆したことで新興国市場に混乱をもたらした「テーパー・タントラム(緩和縮小による癇癪)」と同様の混乱が生じるリスクが考えられる。アジアでは、インドとインドネシアの通貨に関する脆弱性が懸念材料であり、この2カ国はトルコ、南アフリカ、ブラジルとともに「フラジャイル・ファイブ(脆弱な5通貨)」と呼ばれ、2013年に通貨の大幅下落に見舞われた。

経常収支は、外貨・自国通貨間の実需面の需給状況が集約的に示され、通貨の安定性を測るうえで最も重要な指標の一つである。多くのアジア新興国で、IT関連を中心とした輸出の増加や内需の低迷による輸入の減少によって、経常収支は改善傾向にある。本年3月には、米金利の上昇でテーパー・タントラム再来への懸念が高まる局面もあったが、経常収支の改善を背景に、主要アジア通貨の下落率は小幅にとどまっている。

2020年を通じて、各国の経常収支の改善とともに米ドル安が進行したことで、いくつかのアジア新興国はドル買い・自国通貨売り介入が積極化した。これは外貨準備の増加につながり、アジア為替市場の安定性を強める一因となっている。なお、4月17日に米財務省が公表した為替報告書では、アジアの多くの国・地域が監視対象とされ、意図的に自国通貨を切り下げる為替操作を疑われている。このように、コロナ禍当初を除けば、アジアでは通貨安よりも通貨高への対処が課題であった。

■ポスト・コロナで注意すべき三つの下振れリスク
アジア為替市場は総じて安定的に推移してきたが、今後は不確実性が増すと見込まれる。特に、①米国金融政策の正常化、②アジア新興国における経常赤字の再拡大、③アジア新興国における過度な財政・金融緩和、といったリスクには注意が必要だろう。

まず、米国では、ワクチン接種が順調に進展していることを受け、堅調な景気回復が予想されている。3月11日に成立した追加経済対策は景気の過熱をもたらす可能性がある。そのため、米FRBの金融政策の正常化が市場予想よりも速いペースで進むリスクは否定できない。

また、アジア各国・地域でも、ワクチン接種が想定よりも順調に進めば、内需が急回復する可能性がある。その場合、輸入が急増し、経常収支が大きく悪化することで外貨流出・通貨安の圧力が再び強まることになる。IMFは、アジアではインド、インドネシア、フィリピンについて、2021年の経常赤字への再転換ないし赤字拡大を予想しており、通貨安圧力が高まるリスクが懸念される。

コロナ禍では、アジア各国・地域で財政・金融政策が積極的に発動された。そのため、多くの国の財政収支は2013年よりも悪化する見込みである。インドネシアでは、財政赤字拡大幅は比較的小さいが、赤字額をGDP比3%以内に抑える財政規律ルールを一時撤廃したうえで、中銀による国債の直接引き受けを実施している。同国の国債は海外の保有比率が高く、財政リスクの高まりを海外投資家が嫌気する可能性がある。フィリピンでは、政策金利を過去最低水準で据え置くなか、インフレ率が中銀の目標を超えて上昇している。これは自国通貨の下落圧力になるが、通貨が下落すれば、それがさらにインフレを加速させる悪循環に陥る恐れがある。

■リスク低下も警戒は解けず
IMFが公表した『外貨準備の充足状況の評価』(3月8日時点)によると、トルコ、南アフリカなどで外貨準備の不足が続くのに対し、ほとんどのアジア各国・地域は問題ないとされている(下表)。潤沢な外貨準備に加え、経常収支が改善できたアジアでは、2013年時のような大幅な通貨下落リスクは低いと言える。しかし、経済が正常化する過程で、前述した火種が市場の混乱を招く可能性は残る。特に、フラジャイル・ファイブの一角のインドネシアとインドのほか、フィリピンは、通貨の下振れ圧力が急速に高まるリスクに注意する必要がある。
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