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アジア・マンスリー 2020年8月号

正念場を迎えるASEAN・インド

2020年07月30日 野木森稔


ASEAN・インドは失業率上昇など景気の急激な悪化に苦しんでいるが、インフラ投資積極化、中国からの生産移転促進、自国内高度産業育成など、高成長実現に向けた構造変化が期待される局面でもある。

新型コロナ禍での南北格差―原因は政府対応の差と特需の有無
新型コロナ感染拡大の影響を受け、本年4~6月期にかけて世界的に景気が大きく落ち込んだが、アジアも例外ではない。特に東南・南アジアが深い傷を受け、アジアでの南北格差とも言える状況が見られる。深刻さが顕著に表れたのが労働市場であり、インドとフィリピンでは失業率が20%前後まで急上昇した。インドネシアでは、2020年2月の失業率が4.99%だったが、政府は6月22日に、2020年の年平均が8.1~9.2%に跳ね上がるとの見通しを示している。日本総研では2020年のアジア経済全体の実質成長率は▲0.6%と2019年の+5.1%から大きく悪化し、マイナス成長に陥るとみている(右表)。北東アジア(中国、韓国、台湾、香港)の2020年成長率が+1.0%と小幅プラスに対し、東南・南アジア(タイ、マレーシア、インドネシア、フィリピン、ベトナム、インド)は▲3.1%と大きなマイナスを予想している。

南北で明暗を分けたのは、新型コロナへの「政府対応」と「特需恩恵の有無」である。北東アジアでは2003年に流行したSARS(重症急性呼吸器症候群)での苦い経験があり、それを活かす形で感染抑制のための素早い対応が実施された。その一方で、東南・南アジアの多くの国では、医療面でのインフラ問題などから対応が遅れ、感染が拡大した。これらの国では、欧米が3月中旬以降に都市封鎖に踏み切るのを追うように、厳しい都市封鎖を導入することになった。

新型コロナ禍で多くの産業が低迷する一方、売り上げを大きく伸ばした分野もあった。代表例は、医療関連とハイテク関連である。前者はマスクに代表されるように新型コロナ対応のための医療関係品のニーズが高まり、中国を中心に生産急増につながった。後者は世界中で広がったテレワーク需要に対応するもので、パソコンやサーバー、さらに半導体の需要が増加したが、これにより大きな恩恵を受けたのは中国、台湾、韓国など北東アジアであった。

ASEAN・インドでは正念場を好機に変える動きに期待
このように、感染抑制への政府対応と特需の恩恵の差によって南北で経済への影響の違いが大きくなり、ASEAN・インドは厳しい状況に置かれている。しかし、短期的に苦しい局面であっても、今後数年にかけては、ピンチをチャンスに変えていく好機ともいえる。新型コロナ感染拡大は経済の低迷をもたらす一方、財政支援の必要性、米中対立の深刻化、IT・デジタル化など経済構造変化のスピードアップといった事象も同時にもたらす。そうしたなかで、まずASEAN・インドでは、需要喚起策の意味合いも持つことから、これまでなかなかペースが加速しなかった「①インフラ投資積極化」を進めるチャンスとなっている。さらに、「②中国からの生産移転促進」がこれまで以上に進むとみられ、ASEAN・インドはアジアにおけるサプライチェーンでの存在感を高めていくことも可能と考えられる。ASEANは米中にとって競合の中心地ともいえ、中国の「一帯一路」や日米を中心とした「自由で開かれたインド太平洋」構想などの下で米中からの投資が活発化する可能性も高まっている。

加えて、IT・ハイテクなどの「③自国内高度産業育成」への期待も高まる。ASEAN・インドでは、ベンチャー投資額が米国、中国に続く規模にまで成長し、世界最先端事業の企業も現れ始めているなど、同分野ではアドバンテージを持つ。過去を見ると、ASEAN・インドは期待されたほどの成長を遂げることができず、中国のような高度成長期を迎えられないという状況が続いていた。ドルベースでの一人当たりGDPを見ると、日本、韓国、中国など成熟度で先行する他のアジア諸国では1,000ドルを超えたあたりから水準を加速させていったが、ASEANやインドはそれに比べると伸び悩んでいる。所得の伸びの緩慢さは、日本や中国が経験した重工業を中心とした発展を後追いするだけでは不十分であることを示すものと考えられる。中国も途中までは重工業中心の発展であったが、2010年代に入ってからはハイテク技術の先進国へのキャッチアップが高成長に大きく寄与したことを踏まえれば、この高度産業の育成は非常に大きな意味を持つことになろう。

世界的な金融緩和も成長をサポート
さらに、今後数年間に見込まれる金融環境も高度成長に向けた挑戦にプラスに寄与する。米国では大規模緩和が長期にわたって続く可能性が高いなか、米国に資金を戻す動きは発生しにくいとみられるため、アジアはじめ新興国の通貨下落リスクは軽減される。新型コロナ禍で金利水準が大きく引き下げられたアジアでも利上げを急ぐ必要は小さい。

また、米国だけでなく先進国全体で超低金利の状況が生まれるなかでは、投資へのリスク選好度が高まり、相対的に高成長、高利回りの見込めるインド、インドネシア、フィリピンなどアジアへ投資が加速する可能性が高い。2008年のリーマン・ショック以降に見られたような証券投資による資金流入加速が今後数年期待され、金融面での大きなサポートがもたらされる可能性があろう。

ただ、こうした世界的な金融緩和について、プラス面だけを評価するのは危険である。実体経済の成長を伴わないなかでの資本流入は、緩和時期が終われば簡単に逆流してしまう。金融バブルの膨張や負債問題の深刻化を回避し、さらにはアジア通貨危機の二の舞という事態に陥らないためにも、政府が成長力強化の実現に向けた構造変化を促すことで、実体経済の安定的な成長を達成していく必要がある。
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