新型コロナウイルス(以後、新型コロナ)の感染が拡大し、東京など人口密度の高い大都市のリスクの高さが認識されるようになった。企業がテレワークの導入に取り組むなど、わが国では、様々な主体が、新しい日常(ニューノーマル)に適した社会の在り方を模索し始めた。
新型コロナは、人の移動にも影響を与えた。2020年3月まで、東京圏への人口流入は高い水準で推移していたが、4月以降は一転、昨年実績に比べて大幅に落ち込み、ついに7月には転出超過を記録した。これは、新型コロナ禍によって景気が下振れし、とりわけ東京において、仕事を得ることが難しくなり、東京に向けた人の流れが滞っているからに他ならない。
景気の低迷が長期化すれば、東京での就業を求める若い世代の意向と、新規採用を抑える企業の動きにミスマッチが生じ、地方にとどまらざるを得ない若い世代が増えることになる。しかし、過去5年間にわたり取り組まれてきた地方創生戦略にもかかわらず、東京と地方の生産性や雇用吸収力の差異は埋めがたく、新型コロナ直前まで、東京圏の転入超過は増え続けていた。地方の雇用対策が、今後も賃金の低い仕事を分け合うようなものに終始すれば、東京の景気が回復し、雇用環境が改善するとともに、地方からの人口流出は再び拡大する可能性が高い。
新型コロナの感染拡大の結果として、ニューノーマルと呼ばれる新しい生活様式や働き方が定着しつつある。そうしたニューノーマルの代表格が、テレワークであろう。テレワークが拡大することによって、居住地選択の自由度が高まり、例えば地方都市に暮らしながら、東京の企業に就業するというライフスタイルの普及に対する期待も大きい。
2020年4月から5月にかけて、東京都に拠点を置く事業者の従業員のうち、およそ50万人のフルタイムテレワーカーが、地方でのテレワークに高い関心を示した。しかし、この数字をもって、新型コロナを契機に、地方に向けた人口移動の大きな流れが生じると期待するのは早計である。そもそも、地方移住に関するアンケート調査は、実体の移住者数に比べて過大評価であることが多く、上記50万人は、地方移住の可能性を有した人材という位置づけに過ぎず、テレワークの普及は地方への移住者増にとって「追い風」程度との認識が必要である。
地方創生において、今後考えるべきは、働き方改革の流れのなかで、テレワークの母数を増やすことやネットワーク社会の利点を生かし、居住地にかかわらず、様々な地域の企業に就労できる環境を構築し、それを戦略に反映させることである。
一つは、地方自治体と企業の連携強化である。企業は、近年の自然災害の増加や新型コロナ禍などから、東京に拠点が集中していることをリスクと考えるようになっており、BCP(事業継続計画)を策定するとともに、なかには拠点分散を模索している事業者もある。地方自治体には、本社の一部機能の誘致や社員とのつながりを創出する「企業のふるさとづくり」的発想が必要となる。これは、従来の企業誘致よりも、企業が地域により深く入り込む形であり、サテライトオフィスの設置にとどまらず、地域と連携して新たにプロジェクトを立ち上げ、地域課題の解決に取り組むことなどが期待
される。
もう一つは、地方企業や地方自治体が、デジタル化の進展により、人材や知恵、資本を日本中、世界中から調達できる環境を生かした産業戦略を構築することである。例えば、地方企業の成長に必要な高度人材を、テレワーク可能な遠隔地の副業人材から採用することが容易となった。そこで、地方自治体やハローワーク、地域金融機関が、副業・兼業を含む高度人材の募集・あっせんに、これまで以上に注力することが望まれる。大都市で増えることが見込まれる副業・兼業人材にターゲットを絞り、地方企業でのテレワークを紹介することも有望な選択肢である。
若い世代の低所得が課題となっているわが国においては、次代を担う彼らが、生産性が高く、賃金も高い仕事に就き、豊かに暮らすことができる社会をつくることこそが重要であり、これが地方創生の本質でもある。新型コロナ禍により、一時的に地方にとどまる若い世代が増えると予想されるなか、その雇用対策が喫緊の課題となるが、同時に雇用の質の向上にも配慮することが求められる。地域の多様な主体が連携を強めることで、地域産業の強化をはかり、ニューノーマルの時代に即した、柔軟性と強さを兼ね備えた雇用を生み出すことが、地方創生の目指すべき方向といえよう。
*図表5に誤りがありました。お詫び申し上げますとともに、お手数ですが、下記訂正ファイルをご参照下さいますようお願い致します。
・(図表5)2020年の月別東京圏の転出者数と転入者数(PDF:161KB)

関連リンク
- JRIレビュー2020 Vol.11,No.83
・アフターコロナを見据えた地方創生のあるべき姿ーニューノーマルを地方創生の追い風にするために(PDF:951KB)


・過疎地域における高齢者向け生活支援の課題か-互助からソーシャルビジネスへ(PDF:1244KB)

・観光DXの可能性ー最先端ICTによる観光ビジネスの革新(PDF:740KB)

・「三本の矢」が拓く企業の気候変動リスクマネジメント-産学官の叡智が推進する物理的リスクと適応策評価(PDF:1458KB)

・農業分野における地域単位での気候変動対策-急がれる品目転換による適応(PDF:603KB)
