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【ニューノーマルにおけるスポーツの価値】
第4回 AIとの対決の時代から共存の時代へ~AIを用いたスポーツの楽しさの可視化~

2020年10月08日 伊藤陽


1.これまでのスポーツ観戦は「難しい」ものだった
 2019年、ラグビーワールドカップ(RWC)に日本中が熱狂した。日本代表の目覚ましい活躍はもちろんのこと、普段は注目度が低いという点を逆手に取った「にわかファン」獲得に向けたマーケティングなどが功を奏したこともあり、ラグビーへの関心が薄い層もテレビ観戦するようになり、瞬間最高視聴率が50%を超える試合さえ現れた。RWCが終了した後もこの熱は残っており、国内トップリーグの2019-2020年シーズンは一試合当たりの動員数が例年の倍程度で推移した。しかしながら、コロナの影響で試合のない期間が通常よりも長くなってしまっていることもあり、ここからがラグビーの本格的な人気獲得に向けた正念場と言えるであろう。2015年のRWCでも「フィーバー」が発生したが、この時は1年程度しか続いておらず、今回のRWCを契機とした恒常的な人気の獲得も、困難な道のりとなることが予想される。
 ラグビーは比較的ルールが複雑なスポーツであるが、競技団体側もそれを自覚し、ワールドカップ中継時にはルールを丁寧に解説することに努め、「にわかファン」の獲得に成功した。ラグビーに限らず、スポーツ観戦は元来、楽しむことのできる人が限られる娯楽である。なぜならば、経験者だけに見える世界があり、それが観戦における「楽しさ」の本質的な要素となっているためである。ある程度その競技を経験したことがある人は、その競技のプロ選手がどれほどの才能を持って努力に励んでいるのか、また、その競技の醍醐味がどこにあるのか、感覚的に理解できる部分も大きいであろう。一方で未経験者は、競技の面白さが理解できないために、競技そのものよりも周辺の表層的なストーリーを消費するに留まることが多い。この場合、いずれその競技への興味が尽きてしまうことは免れないであろう。スポーツが持続的に発展していくためには、未経験者にもそのスポーツならではの見所やアスリートの凄みを分かりやすく伝え、本質的に「好き」になってもらうことで、一過性の消費行動に終わらないよう誘導する必要がある。それでは、各スポーツはどのようにすれば、初心者でもスポーツ観戦が簡単かつ楽しくなるような魔法の「眼鏡」を獲得できるであろうか。

2.AIと解説者の連携によるスポーツの楽しさを可視化する「眼鏡」の形成
 2015年のRWCで日本がラグビーブームに沸く頃、AIの分野も「第三次ブーム」の真っただ中であった。スポーツ業界でもAIの活用方策が検討され、2019年のRWC優勝国である南アフリカは選手の体調管理にAIを活用していたとのことである。スポーツにおけるAIの活用については、スポーツをする側の支援と、スポーツを見る側の支援とに大別できる。する側の支援としては、選手の体調管理のほか、動作や連携の解析・改善や、戦略の策定などが考えられ、前述の通り実際の活用事例も増えてきている。そして、見る側の支援としては、戦術や動作の解析結果や予測結果の可視化などが考えられ、これにより、見る人の体験価値を競技の実施経験によらず高められる可能性がある。
 マインド「スポーツ」である将棋に目を向けると、時の人である藤井聡太二冠がAIについて「対決の時代を超えて共存の時代に入ったのかなと思う」と発言しているように、AIの棋力がする側・見る側のそれぞれの支援に上手く活用されている。棋士達の間ではAIを用いた事前準備(=する側の支援)が一般的になりつつある。そして、見る側の支援も活発である。Abema TVの将棋中継では、対局者の頭上に優勢/劣勢を数値化したものが表示されるだけでなく、次の一手の予測が最善のものから5通り示される。これだけでも素人目に形勢が分かり、観戦が楽しみやすくなっているが、ここにプロ棋士の解説が加わることでさらに楽しさが増す。表示されている最善手の狙いや、最善手があくまで「理論値」であり、ミスの発生を前提とする人間にはリスクが高すぎて選択しづらい瞬間もあることなどが解説されると、対局者の思考レベルの高さを未経験者でも想像しやすくなり、より一層「自分事」として観戦できるのである。このように、将棋においては、初心者でもスポーツ観戦が楽しくなる魔法の「眼鏡」の一部として、AIが全面的に活用されている。
 筆者は、AIによる定量化・数値化とプロによる解説、という構図が多くのスポーツにおいて獲得すべき「眼鏡」なのであろうと考えている。AIによって定量化された指標は、競技の見どころや、アスリートの凄みを直観的に理解させやすくする。そして、その裏にある人間ならではの努力や苦悩が、プロの解説によって見え隠れすることで、観戦者のアスリートに対する尊敬や共感が増幅され、よりその競技にのめりこみ易くなるであろう。例えば、野球の場合、内角の打率が低い打者になぜ内角の球を投げ込まないのか、それが投手の能力によるものなのか、あるいはその打席での投球の組み立てによるものなのか、あるいはそこまでの試合の流れによるものなのか……といったように、データとその裏にあるストーリーの組み合わせは、観戦体験をよりエキサイティングなものにする。



3.「眼鏡」としてのAIの要件と開発環境
 この時、AIに求められる要件はどのようなものであろうか。まず必要となるのは、AIがプロと議論できる程度に、その競技において優れた判断ができるようになることである。AIの示す解が、「しょせんAIの言うことですから」とプロに一蹴されるようでは、プロこそが語ることのできる「深い」部分を引き出すことができない。そして、プロが「深い」部分の解説に注力するために、AIは「浅い」部分を可視化することも求められるであろう。実は、この「浅い」部分の可視化こそが、AIが得意とするところであり、人間が不得手とするところである。「浅い」部分とはつまり、AIが状況を判断するために用いるデータとしてセンサー等により定量化される部分であり、逆に競技者や経験者の間ではそこが暗黙知となっていることも多い。スポーツの世界には、例えば、「あの投手の変化球はキレがある」や「あのミッドフィルダーのパスは独創的である」など、経験者の間では容易に共有できるが、初心者には一目でわかりづらいものが数多くある。しかしながら、こうした表現は例えば「回転数」や、「パスコースの一般的な傾向」といった指標を用いて定量化することが可能と考えられる。定量的な数値を示し経験者と初心者の間に共通言語を形成することができれば、経験者はより踏み込んだ、その選手のチーム内での位置づけや、戦術の意図といった、定量化が難しい人間的・心情的な「深い」部分の解説に注力できるようになるであろう。
 筆者は、こうしたAIの開発が進められる環境として、重要なポイントが二つあると考えている。一つ目は、学習用データの収集と開示である。将棋の世界では、何百年と棋士達が作り上げてきた棋譜が残されており、これがAIを強化するための学習データとして活用されている。そしてもう一つの重要なポイントは、AIの腕試しが出来るプラットフォームの整備である。AIと人間が、あるいはAI同士が力を競う場があることで、「打倒人間」という明確なマイルストーンが設定できると共に、開発者同士が切磋琢磨することが可能となる。将棋においては、開発者同士が打倒名人という目標の元で、AIを競わせることでAIの棋力を高めるという対決の時代を経て、プロも観戦者もそれぞれがAIを活用するという共存の時代に移り変わってきている。将棋のようなマインドスポーツではAIと人間の直接対決が比較的容易であるが、リアルな身体的活動を伴うサッカーや野球においても、既存のビデオゲームをよりリアル志向に発展させることで、監督やコーチとしての手腕を人間とAIで競うことは可能となるのではないか。そして、デジタルなプラットフォーム上でAIと人間の対戦や、AI同士の対戦が盛んになれば、いずれ競技者や観戦者の支援に役立たせられるようなAI監督が出現するであろう。通常eスポーツというと、人間同士がゲームの腕前を競うことがイメージされるが、こうしたAI開発の場としてのeスポーツがあっても良いのではないか。



4.スポーツの楽しさが可視化されることのインパクト
 各競技の醍醐味やアスリートの凄みを、未経験者に対して伝えやすくなると、「にわかではない」ファンが増え、競技やアスリートのプレゼンスを高めることができるであろう。そしてプレゼンスの向上は、体験希望者の増加や、関連消費の増大につながり、アスリートの活躍の場の拡大へと結びつく。また、その競技に関心の高い人の数が増えると、この連載で提起している「スポーツの持つ価値」がより発揮しやすくなる。
 また、これまで日の目を見ることがなかった、マイナースポーツにもチャンスが巡ってくる可能性がある。これまでは、学校体育などで取り扱うような競技人口の多いスポーツばかりが、観戦を楽しむことのできる人の多さから広く報道され、それによってさらに競技人口が増える、という好循環を享受していた。しかしながら、未経験者でも十分に楽しむことのできる「眼鏡」と相性の良いスポーツがあれば、ここに割って入る可能性がある。そして認知度の高いスポーツの増加は、各人が自分に合うスポーツを見つけやすくなることにつながり、国民全体のスポーツ実施率向上が期待できる。
 以上のように、AIを用いたスポーツの楽しさの可視化は、国民全体の精神的な豊かさを引き上げ、スポーツの価値を発現させるために必要不可欠な取り組みと言えるであろう。AIの進歩は、雇用の喪失などのネガティブな面も指摘されることが多いが、スポーツの持続的な発展のためには、対決の向こうにある共存を見据えて、臆することなくAIと切磋琢磨しても良いのではないか。

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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