オピニオン
【ニューノーマルにおけるスポーツの価値】
第1回 スポーツワーケーションによるライフスタイル改革
2020年08月28日 佐藤俊介
1.ただのワーケーションでは地域間競争に勝てない
(1)ニューノーマルにおいて地方創生に活用されるワーケーション
働き方改革を目的に近年進められてきたワーケーションであるが、コロナショックにおける密から疎への行動変容、テレワークの推進、観光産業への支援等により、注目度が高まっている。また、過集積の都市から、開疎化された地方へと人が流動することは、地方創生の大きなチャンスであり、総務省をはじめ、多くの省庁や地方公共団体でも推進の動きが多数みられる。
ワーケーションは国内長期滞在という今まで小さかった市場へのアプローチであるが、実施者に対し2拠点居住や移住についてポジティブな影響を与えることは明確であり、地方創生の観点から国や地方公共団体の推進活動の流れは継続することが考えられる。
(2)激化が予想される地域間競争と地域資源の活用
ワーケーションの先行事例としては、和歌山県の南紀白浜や長野県の茅野市、軽井沢町、白馬村等が実施している官民連携による事業が挙げられる。これらの自治体が参加するワーケーション自治体協議会は、2019年11月に発足し、2020年8月下旬には会員自治体が100にまで広がっている。同年7月には政府要望を公表し、ワーケーションの普及促進に向けた積極的な活動を行っている。
ワーケーションは地方創生の起爆剤となる可能性があり、今後は多くの地方公共団体でワーケーションの政策推進が想定されるため、これまでの移住政策と同様に地域間競争が起こることが予想される。推進を図る地域においては、ITインフラやオフィス環境の整備は当然必須であるが、それだけではワーケーション実施者を誘致することは難しい。いかに地域固有の資源を活用し、ワーケーションの効果を高められるかが差別化に向けた重要な要素となる。
(3)スポーツワーケーションの導入による差別化戦略
地域資源の活用としては、自然景観、地産地消の食事、温泉、文化体験等が考えられるが、本稿では地域スポーツ資源を活用したワーケーション、つまりスポーツワーケーションによる差別化を提案したい。
白馬でのスノーワーケーション、湘南でのサーフワーケーション、石垣島でのダイビングワーケーション等、すでにそのスポーツの聖地となっている地域では、まさに差別化の軸となっている。
例えば、自然環境の中で行うアウトドアスポーツは、これまでの居住地が職場に縛られるライフスタイルでは、週末や長期休暇にしか実施できない人が多かった。これからワーケーション実施者が増加することで、アウトドアスポーツ等の地域固有の資源を活用したスポーツ(登山/トレッキング/クライミング、サイクリング、カヌー/カヤック/ラフティング、釣り、スカイスポーツ等)を日常的に実施する人が増えることが期待される。それによりワーケーションに活用できる地域資源を有する地域は、ニューノーマルにおけるスポーツの聖地となる可能性が高まったといえる。
2.スポーツワーケーションの特徴とメリット/インパクト
(1)スポーツワーケーションにはソーシャルセクターの存在がカギを握る
スポーツワーケーションには、大きく4つのプレイヤーが関わることになる。①ワーケショナーである実施者、家族や所属企業、②パブリックセクターである地方公共団体や国、③プライベートセクターである地元企業や関連企業、④ソーシャルセクターであるNF(国内競技連盟:ナショナルフェデーションの略)、協会、スポーツ関連団体や指導者/コーチである。なお、本稿においてソーシャルセクターは、スポーツ振興を目的とした団体や個人として定義している。
地域固有の資源活用が重要となるスポーツワーケーションにおいては、ガイド役や指導者の必要性が高いため、スポーツ関連団体の役割を明確化し、いかにコミットしてもらうかが重要と考えられる。
スポーツワーケーションのビジネスモデルを下図に示す。ここでは、スポーツ関連団体が、スポーツワーケーション事業者として、シェアオフィスやイベント/教室等のサービス提供をワーケショナーに提供することを想定している。
また、4つのプレイヤーによるビジネスモデルが成立するためには、事業のメリット/インパクトを明確化することが必要であり、下図においては、ワーケショナーからの情報提供を受け、効果をフィードバックすることを想定している。
(2)スポーツワーケーションのメリット/インパクト
スポーツワーケーションにより想定されるメリット/インパクトをプレイヤーごとに、またその大きさを下表のように整理した。
メリット/インパクトは多岐にわたり、各プレイヤーによって意味合いが異なる。お互いウィンウィンの関係を築くことが、スポーツワーケーションの事業を実現するためには重要となる。
3.スポーツワーケーションが目指す「超集中状態/フロー/ゾーン」
(1)注目すべきメリット/インパクトは「超集中状態/フロー/ゾーン」
筆者は、前述したメリット/インパクトの中でも、スポーツならではの重要な項目として、スポーツを実施することによって人が経験できる意識状態である「超集中状態/フロー/ゾーン」を取り上げたい。これは極めて高い集中力を発揮し物事に没入している状態であり、ボールが止まって見える等の時間感覚への影響もある。また、多幸感や恍惚感も伴い、ランニングハイといった状態でも語られている。
この超集中状態に入り込むには、ストレスとリラックスの関係が影響しており、高い緊張状態等によるストレス(アドレナリンの分泌、痛みを感じる)の後、もしくは同時にリラックス(エンドルフィンの分泌、快楽を感じる)することで、超集中状態になることを、予防医学研究者の石川善樹氏は『仕事力をアップする はじめての「フロー」入門』等で提唱している。これはスポーツに限った話ではなく、ストレスとリラックスをコントロールすることにより、仕事等においても入り込むことが可能な状態といえる。
就労状態を、身体的なストレス・リラックス状態と精神的/社会的ストレス・リラックス状態の2軸で下図のようにマトリクス化した。現状の社会は右上の状態であり、都会の高いストレスの中で、在宅勤務している人が多い状態である。これに対し、右下の自然環境等で精神的にリラックスを図ろうとしているのがワーケーションであり、左上の都会でも身体的にストレスをかけて脳の活性化を図ろうとする人もいる。
さらに、スポーツワーケーションでは、スポーツによる身体的にストレスをかけることと、自然環境等によるリラックスを繰り返すことで、超集中状態に入り込むことを目指すものである。
(2)超集中状態による働き方改革
この超集中状態を仕事で活用できた場合、生産性向上による長時間労働の是正や、高いクリエイティビティによる成果の質の向上が期待できることから、働き方改革に非常に大きなインパクトを与える。そして、超集中状態により短時間労働で幸福感を伴いながら働く社員は、仕事への充実感や満足度が高まり、その就労環境を提供している所属企業へのロイヤリティが高まることが期待される。
ニューノーマルでは、メンバーシップ型雇用からジョブ型雇用へと雇用形態の変化が進み、リモートワークで職場に縛られなくなった労働者の流動性は、一層高まることが想定される。今後は、優秀な社員が長く在籍し、より良い成果を上げてもらう職場環境を整備していくことが、企業にとって大きな経営課題となる。
(3)スポーツワーケーションのライフスタイルイメージ
期間は長期滞在といえる1週間程度以上、長い場合はそのスポーツのシーズン等が考えられる。1日のスケジュールが具体的にどのようになるかの例を下図に示した。クライミングワーケーションでは、朝ロッククライミングをしてから仕事をするというライフスタイル、スノーワーケーションでは、朝仕事を短時間で終わらせてからスキーをするというライフスタイルを示している。どちらも、スポーツ3時間、仕事6時間(超集中状態4時間、雑務等2時間)のバランスで例示している。
職種や役職等により制限はあるが、このような短時間労働で質の高い成果をあげることができれば、企業にも社員にも大きな効果となる。
4.サステナブルなエコシステムとしてのスポーツワーケーション
(1)企業からの投資サイクル
超集中状態で働く環境を提供できることは、企業にとって働き方改革、企業へのロイヤリティ、離職率低下といった業績に直接的にかかわる効果を生み、サステナブルな企業経営をもたらすと考えられる。
また、都心のオフィスが不要になった企業としては、社員1人に年間100万円程度といわれるオフィス費用、交通費等の経費を、どのように働く環境の整備に用いるのかが課題となる。以前の福利厚生としての保養機能のみではなく、労働環境の整備としてスポーツワーケーションへの投資サイクルが生まれることが期待される。
(2)NF/協会やスポーツ関連団体によるスポーツ振興活動
スポーツ競技人口の増加は、NF/協会やスポーツ関連団体にとって重要なミッションである。特に、スキーやダイビングなど、初心者の参加難易度が高いスポーツについては、スタート時に複数日実施することで上達を実感でき、生涯スポーツとして取り組んでもらえる確率が高まることが期待できる。
また、スポーツワーケーションの活性化により競技の聖地化を実現でき、高い発信力を持つ拠点を形成できる可能性があることから、NF/協会やスポーツ関連団体の存在意義への新たな気づきとなり、スポーツワーケーションへの取り組みがスポーツ振興活動の一部となることが期待される。
(3)地方公共団体からの投資サイクル
スポーツワーケーションでの人々の交流は、スポーツをすることによりコミュニティが形成されることから、ただのワーケーションに加え、リピート率の高まりや愛着の醸成が期待できる。すでに地域スポーツ資源を理由に2拠点居住や移住をしている人もおり、スポーツワーケーションでの地域への長期滞在は、2拠点居住や移住へのきっかけになるであろう。
もちろん交流人口の増加による観光消費額の増加等も期待できることから、短・中・長期的な影響を含め、地方創生につながる複合的な効果に対する、地方公共団体からの投資サイクルが生まれることが期待される。
5.スポーツワーケーションの実現に向けて
スポーツワーケーションの実現には、前述したようなロジックモデルに基づきスポーツワーケーションの効果を各プレイヤーにフィードバックすることで、それぞれの役割を実行するインセンティブが働くよう事業スキームを構築することが求められる。つまりスポーツワーケーションの価値を可視化することが課題であるといえる。また、地域のスポーツ資源を活用するためには、ハード事業、ソフト事業の双方が求められることが多く、実施する施策も複合的なものになる。
日本総研では、具体的な地方公共団体、スポーツ関連団体、地元企業等と連携したスポーツワーケーション事業の検討をすでに開始している。スポーツワーケーションの価値の可視化を、実証事業を通して実施することで、効果的な事業スキームを構築することを目指している。今後も、地域スポーツ資源を保有する多くの地方公共団体において、多数のスポーツワーケーション事業を共創し、ライフスタイルの変革を起こしていきたい。
※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。