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【ポストコロナのローカルDX戦略~時空を超える公共サービスの可能性~】
第6回 博物館サービスのDX

2020年08月03日 山崎新太


1.従来の博物館について

(1)博物館を取り巻く現状
 国内では登録博物館が914館、博物館相当施設が373館、博物館と類似の事業を行う施設が4,457館ある(平成30年10月時点)。これらの博物館を取り巻く現状は大きく変化している。
 博物館は社会教育法および博物館法に定められる施設で、歴史、芸術、民俗、産業、自然科学等に関する資料の収集・保管・調査研究という「研究機関」の側面と、展示・教育普及という「社会教育機関」としての側面を持っている。つまり、様々な貴重な資料(現物)を将来に保存・継承することと、その内容・魅力を幅広く住民に伝え、知ってもらうことが主たるミッションである。近年では、第一期文化芸術推進基本計画の策定、文化経済戦略の策定、社会教育施設の所管を首長部局に移管できる法改正(地方教育行政の組織及び運営に関する法律)などがなされ、博物館は社会教育にとどまらず、「まちづくり」や「集客・賑わい創出」といった役割を担うことが期待されている。これは地域住民のみならず、地域外からの来訪者にも博物館を訪れてもらい、より多くの人に鑑賞してもらうことを目指すものといえる。
 また、映像やVR等の先端デジタル技術を積極的に導入することで、収蔵品の鑑賞にとどまらない、体験型の展示・教育コンテンツを提供している例や、デジタルアーカイブ(以下「DA」という)などデジタル化への萌芽がみられる。なお博物館は美術館、博物館、科学館、動物園など様々な種類があるが、本稿ではいわゆる「ハコモノ」であり収蔵品を多く有する博物館・美術館を念頭において論じることとする。

(2)ハード面の課題~収蔵庫不足が顕著
 博物館施設の構成は、以下の通りである。このうち収蔵庫の狭隘化は多くの博物館において大きな課題となっている。博物館は収蔵品を廃棄することは少なく、かつ一定のコレクション予算を確保していると、収蔵品は増加する一方である。また美術作品をコレクションしていた地域住民が亡くなった際に寄贈を受けるケースもある。築年数の経った施設ほど収蔵庫に収蔵品が収まらず、やむなく事務室や倉庫に貴重な品々を保管していることがある。加えて、博物館は厳重な温湿度管理が求められるため、他の公共施設と比べて施設スペックが高く、建て替え費用の負担が大きいのも課題である。



(3)ソフト面の課題~収入減とコスト増によるサービス低下という負のスパイラル
 経営面では事業収入(入館料収入)が少ないこと、また財政状況の悪化から自治体の予算が減少していることが課題である。入館料収入が少ないことからは、有料利用者数が少ないことが推測される。地域の博物館は学校授業の一環で児童・生徒が利用することは多いが、一般住民が自ら観覧料を支払って博物館に訪れる機会は少ない。収入が減少する中で、施設の老朽化と収蔵品増大に伴い、管理運営にかかるコストは減ることがない。その結果、新たな資料の収集、学芸員の教育、魅力ある企画の立案・実行にかける時間と予算を確保することができず、負のスパイラルに陥っている。
 しかし博物館は、地域のアイデンティティの根幹をなす「地域の歴史と文化」を住民や子供たちに伝え、より深く知る機会を提供することで、地域愛や誇りを醸成する極めて重要な役割を担っている。このまま負のスパイラルを脱することなく、地域の博物館事業が劣化の一途を辿ることは、地方創生を成長戦略とする地域にとって、またわが国全体にとっての損失である。
 また観光客対応ヘのシフトは、一部の地域では可能性があるが、日本全国(例えばベッドタウン)において有効な手立てとはなりづらい。さらに一部の博物館関係者の中では社会教育事業に対するこだわりが残っており、観光シフトは関係者の合意形成が図られづらい面がある。それでは博物館はどうすれば限られた予算の中で自らのミッションを果たし、地域のまちづくりに貢献していくことができるであろうか。

2.博物館サービスのDX
 本稿では、この課題の解決策として博物館サービスのDXを提言する。これはコストの削減と、地域の博物館が持っている貴重なコンテンツの効果的な提供の双方を実現する解決策である。

(1)DXされた博物館サービスの概要~リアルとデジタルの選択と集中を進める

■ハード(施設としての博物館)は収集・保管と鑑賞体験の提供に集中
 まず施設(建物)としての博物館は、実空間でなければできないことに集中する。一点目は、「収集・保管」を重視する方向へのシフトである。収蔵庫の狭隘化・環境悪化という課題を解決し、地域資源の保存・継承をハードの最重要命題とする。収蔵庫の整備には、市町村立博物館がそれぞれ収蔵庫を整備する方策と、都道府県や複数の市町村が連携して大規模な収蔵庫を整備し、共同利用する方策が考えられる。共同利用の場合は、収蔵品データベースの共通化も合わせて行うことで、効率的に維持管理と調査研究が可能となる。
 次に、実物を展示する展示室は大幅に面積縮小する代わりに、本物の鑑賞体験をより豊かなものにする。例えば、数名が入室できる管理された快適な個室で、学芸員同伴のもと、展示ケース越しではなく、直接触れ、質感を感じられるようにする。「本物を見たい」と思う熱心なファンに最上級の鑑賞体験を提供する。また、コアなファン同士の交流イベントや、人数限定の専門家によるセミナーやガイドツアーなども考えられる。このように鑑賞の質を高めることは入館料収入の単価を引き上げることにもつながる。

■展示と教育普及のDXを徹底
 次にサービス面では、すべての収蔵品をDA化する。DAは、3Dスキャン、高精度画像、一般画像などいくつかのグレードに分けて実施する。DAによって、展示および教育普及は従来と比べて取り組みの可能性が大幅に広がる。
 まず、従来の常設展示および企画展示には、二つの方向性が考えられる。一つ目の方向性は、DAを活用した体験型展示を博物館施設内で展開するものである。科学館や企業ミュージアム、あるいはメディアアートの取り組みに倣い、ゲーム感覚で歴史文化を体験でき、双方向型の映像体験などにより、博物館の敷居が下がり、集客力が向上することが期待される。
 二つ目の方向性は、展示を全てデジタル配信によって行うものである。デジタルの展示は、図録のように作品と解説を組み合わせたものから、展示室自体を3Dモデル化してその中に3Dの作品を配置しVRやウォークスルー動画で見せるような「バーチャルミュージアム」まで多様な方法がとられるであろう。国立科学博物館が実施している「かはくVR」は、建物の3Dデータと実際の展示空間画像を組み合わせたものであるが、実際の施設が存在しなくても架空の展示室の3Dモデルと組み合わせることで同様の取り組みが可能である。デジタル展示は個人のスマホ、地域のデジタルサイネージなど、様々な規模・場所での展示を可能にする。また「展覧会開催期間」の制約がなくなり、何年後であっても当時の展示内容を振り返り参照することができる。どこでも、誰でも、いつでも鑑賞することが可能になる。
 DAを活用した教育普及も、様々な可能性が考えられる。3DデータとVRを活用したデジタル教材、3Dデータを活用した収蔵品復元体験、発掘体験や出土品をキャラクター化したゲームによる教育等、歴史・文化に関心の薄い層に対する多様なアプローチが考えられる。例えば、米国のメトロポリタン美術館などでは収蔵作品のDAを人気ゲーム「あつまれ どうぶつの森」に提供することで、自館のコレクションへの新たなアクセス方法を構築しようとしている。

■さらなる展開
 博物館で閉じていた調査研究が、デジタルデータを通して全国の調査・研究機関との連携へ広がることも考えられる。調査研究のために対象となる収蔵品を収蔵する博物館にまで足を運ぶことなく、詳細なデジタルデータを相互にやり取りすることにより、研究の生産性を高めることができる。さらに収蔵品によっては、DAをパブリックドメイン化することで、二次利用を促進することができる。DAと3Dプリンタを活用して、仏像や土器の高精度レプリカを自宅に展示できるかもしれない。個性的な収蔵品は商材化の可能性もある。
 博物館のDXで重要なのは、「収集・保管・調査研究」という研究機関としての博物館・学芸員の役割は維持しつつ、主に「展示・教育普及」のデジタル化を図ることで、多くの利用者が容易に楽しくアクセス・体験できるようにすることである。

(2)収支構造の変化~DXによる約3割のコスト削減
 次に博物館サービスのDXの収支構造を試算する。本稿では中核市の博物館として、以下のようなモデルケースを想定し、この博物館を建て替える場合の、従来型とDX型の収支構造の変化を検討した。なお展示についてはデジタル配信によって行うケースを想定した。



 まず初期投資については、DX型の場合、前述の通り展示室面積を大幅に抑制することにより、延床面積は約1,700㎡程度で済むと想定される。結果として、建て替えにかかる初期投資を抑制できる。一方、DX型では、DAに係る費用が追加の初期投資として発生する。本稿では、収蔵品のDA費用として約1.3億円を見込む。
 次に、維持管理費・運営費については、施設面積に相関する維持管理費、修繕費、光熱水費の削減が見込まれる。一方、人件費と事業費についてはDX前と同程度を見込む。利用料金収入については、DX型の場合、展示は無償のデジタル配信、来館した観覧者のみ有料と想定し、利用料金収入は減少するが、デジタル展示へのアクセス数は大幅に増加するものと想定される(詳細は後述のとおり)。



 結果として、初期投資および大規模修繕費は約40%の削減、維持管理費・運営費は年間約25,000千円の削減、50年間の総事業費は、従来型が約89億円に対して、DX型は約66.3億円であり、約22.7億円の削減が見込まれる。大胆なDXにより、博物館は収蔵品の保管という使命を果たすとともに、人件費と事業費は削減せず、かつ約25%のコスト削減と、オンラインでの鑑賞者数増加を実現できることが分かった。



(3)DXによる効果~博物館サービスのユニバーサル化とグローバル化

■地域住民にとって
 博物館サービスのDXはコスト削減のみならず、様々な定性的なメリットを生み出す。まず施設を収集・保管に特化することにより、地域の貴重な資源を確実に次世代の子供たちに継承することができる。
 またデジタル展示によって、いつでも、どこでも、鑑賞体験にアクセスすることができる。報道によれば、森美術館ではオンラインでの展覧会解説を4,000人が視聴し、ルーブル美術館ではオンラインでの3Dガイドサイトに40日間でのべ840万件のアクセスがあった(日本経済新聞2020年6月9日2:00 ネットがアートの展示場に VRなどデジタル活用進む コロナ時代のミュージアム(中))。ルーブル美術館の年間入館者数は約1,000万人であり、その約84%のアクセス数を40日間で獲得したこととなる。本稿のモデルケースに当てはめると、現在の年間来館者数20,000人の84%である16,800アクセスを会期40日間の企画で獲得し、同様のオンライン企画を年間6本行えば、単純計算で約10万人のアクセスを達成することができる。教育普及やアウトリーチについても、オンライン展示と同様に、時間と場所を選ばないプログラムの提供が可能となる。さらに博物館に足を運べない高齢者や障がい者へのリーチなどが容易になるため、よりユニバーサルな博物館となるであろう。
 このように博物館のDXは、地域内外の多様な人々のアクセスを容易にし、鑑賞者数の大幅な増加に寄与する可能性がある。これは博物館の内容・魅力を幅広く住民に伝え、知ってもらうというミッションを果たす上で重要なポイントである。

■自治体にとって
 自治体にとっても、展示と教育普及のDXによって、収蔵作品の認知度向上や無関心層へのアプローチなどが可能となる。DXによって学芸員の調査研究が阻害されることはない。むしろDAの活用により、場所を選ばず、またグローバルなネットワークの中で研究と成果の発信が行える可能性がある。
 博物館サービスのDXはBCPの観点からも有効である。新型コロナウイルスの感染が拡大し、全国の博物館が閉鎖されたが、その中で国立科学博物館は展示室全体の3DビューとVR映像を公開した。またGoogleでは、すでに多くの有名博物館内部をストリートビューによって公開している。地方自治体の博物館も展示および教育普及のDXを実施すれば、このような危機的状況においても、持続的に文化芸術プログラムを提供することができる。

(4)実現に向けた課題~本質を見極めと官民連携の導入
 一点目は、博物館サービスのDXに関する合意形成・意思決定である。特に展示や教育普及プログラムのデジタル配信に対する理解が地域においてなされるかが事業化のカギを握っている。この点については、博物館が真に果たすべき役割を明らかにし、厳しい財政状況の中で、施設・サービスとして残すものと変えるものを選別する必要がある。
 二点目は、展示や教育普及プログラムのデジタルプログラム作成に携わる人材育成である。この点については、PPP/PFIを最大限活用することが解決策となる。展示・施設運営を専門とする民間企業ではすでに多くのDA技術と、データ活用方策(特に教育面)を有している。
 三点目は、博物館法および博物館法に紐づく各種補助金等の課題である。博物館サービスのDXを行った場合、従来の博物館法や設置管理基準が想定していた博物館ではない施設・サービスとなる可能性がある。その場合であっても、従来のハード・ソフトヘの補助事業を活用できる仕組みを国が整えるべきである。

3.展望

 博物館サービスのDXが全国展開されたとき、どのような将来が期待されるであろうか。まず容易に想像できるのは、全国の博物館のDAをカバーするプラットフォームの整備と博物館間の連携強化である。DAのプラットフォームが整備され、博物館のDAデータが共有されることにより、現在の市町村や都道府県を超えて、歴史・文化のつながりを踏まえた展示・教育プログラムが複数の博物館によって作成・提供されることが考えられる。
 そしてその先には、全国の地域博物館がネットワーク化された「デジタル民俗・郷土博物館」が想起される。これは国宝や重要文化財を取り扱う現在の国立博物館(美術でいえばハイアートに類する)とは異なるアプローチでわが国の歴史・文化をとらえるものであり、ナショナル発ではなく「ローカル発」の国立博物館となり得る。さらに各地域の歴史・文化の集積としての「デジタル民俗・郷土博物館」が実現すると、日本文化に関する(おそらく民俗学的な)研究の可能性が広がるとともに、国内のみならず、国外に対して、各地域の文化の集積・関係について情報発信を行い理解促進することができる。結果として、観光振興を目的とはしない各地域のDXであっても、それが全国的に拡大することにより、日本全体としてはインバウンドを中心とした観光振興につながる可能性も期待できるのである。

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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