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【ポストコロナのローカルDX戦略~時空を超える公共サービスの可能性~】
第3回 公共図書館サービスのDX

2020年06月19日 山崎新太


1.従来の図書館について

(1)図書館を取り巻く現状
 図書館は社会教育法と図書館法に規定される施設であり、図書、記録その他必要な資料を収集、整理、保存して一般公衆の利用に供することを目的としている。書籍を中心とした膨大な資料を有することで「知の蓄積」を図ることと、その資料を利用者に無償で提供することが主なミッションである。1954年に採択された「図書館の自由に関する宣言」が図書館の理念として重要な位置付けであり、図書館は「国民の知る自由」を保障している。2019年時点で公共図書館は全国に約3,300館ある(公立図書館3,284館、私立図書館19館)。
 近年の図書館は、他の公共施設と比べて利用者が多いことなどから、「賑わい創出」および「地域課題解決の拠点」としての役割を果たすことが期待されている。2014に文部科学省は「図書館実践事例集~人・まち・社会を育む情報拠点を目指して~」と題して、今後の図書館における機能強化の方向性を提示した。その中では、連携、様々な利用者へのサービス、課題解決支援、まちづくり、建築・空間づくり、電子図書館の6つの方向性が挙げられている。社会教育施設の所管を首長部局に移管できる法改正(社会教育法、博物館法、図書館法、地方教育行政の組織及び運営に関する法律)は、その方向性を後押しするものである。また国立国会図書館では2002年から日本国内のウェブサイトを保存する「インターネット資料収集保存事業」を開始、2013年からはオンライン資料(インターネット上で公開される図書・刊行物に相当するもの)の収集・保存を開始しており、図書館の扱う情報の範囲はインターネット上にまで広がっている。

(2)ハード面の課題~書架スペースと閲覧スペースのせめぎあい
 一般的な公共図書館の機能構成は以下の通りである。このうち書庫スペースの狭隘化は多くの図書館で課題となっている。近年の図書館のトレンドとして、ゆったりとした快適な閲覧スペースを多数確保し、利用者数の増加と賑わい創出を図ることが求められている。しかしながら、公共施設の総面積を抑制する中で、図書館の閲覧スペースの充実を図る場合、書架や書庫、バックヤードなどのスペースの合理化が課題となる。
 またPC使用スペースやAV機器、PC等の端末設置スペースなど、電子データになったものを閲覧・鑑賞するためのスペース確保、および機器のスペック充実に取り組む必要がある。加えて、他の公共施設と同様、施設の老朽化も課題である。


(3)ソフト面の課題~新たな役割を担う専門人材の不足
 ソフト面の課題は、何よりも「専門人材の不足」が挙げられる。図書館法において公共図書館に司書の配置が義務付けられていることに加えて、図書館に求められる新たな役割に従事する人材の確保・育成が急務となっている。先に述べた「図書館実践事例集~人・まち・社会を育む情報拠点を目指して~」に示されている方向性からも明らかなとおり、図書館は従来の「選書・貸出・レファレンス」にとどまらない多様な機能・役割を求められている。そしてその役割を果たすためには、下表に示すような高度な能力が必要となる。


 しかし、公共図書館では資料費(書籍購入費)予算は維持されているものの、専任職員数は2000年ごろから減少の一途を辿っている。新たな役割に応える人材はおろか、基本的機能を担う司書の人員も不足しているのが現状である。


2.図書館サービスのDX
 本稿では、これらの課題の解決策として公共図書館サービスのDXを提言する。自治体の厳しい財政状況の中、まちづくりの拠点として期待され、かつ多様化する図書館ニーズに応えていくための解決策である。

(1)DXされた図書館サービスの概要~新機能の強化とオンライン化の徹底
■地域課題解決とまちづくりの強化
 DXされた図書館サービスでは、図書館の新たな役割を十分に果たすことに重点的に取り組む。特に地方創生が急務な現在、地域課題の解決とまちづくりへの参加が特に求められている。
 情報や知を蓄積する図書館が地域課題の解決に貢献するとは具体的にどういうことか。それは単なる情報提供ではなく、地域課題を解決しようとする人々が集まり議論する場を提供すること、時にはその議論に加わること、そして具体の取り組みに対してアイデアや情報を提供することであろう。あるいは地域で新たなチャレンジをしようとしている社会起業家や地場企業に伴走して、経営面でのアドバイスを与え、地域内外のネットワークにつなぎマッチングを行うことも考えられる。さらに地域の統計情報を収集し地域課題に関する研究を行うシンクタンク機能を持つことも有効であろう。すなわち、図書館は地域課題に向き合う様々な主体のコミュニケーションとソリューションを生み出す場になるとともに、より積極的で能動的な支援・共創のサービスを提供する必要がある。

■ハードは実空間と対面の価値を重視
 そのためには、まず施設(建物)としての図書館は、人々が集まり対面して対話できる場を提供する必要がある。新型コロナウイルスの影響でテレワークが推進される中で、単なる情報交換はオンラインでも可能だが、「アイデア創出や意思決定のための密なコミュニケーション」は対面である必要性を実感したのではないだろうか。同様に、建物としての図書館は、実空間において対面型でなければ実現しないサービス、すなわち図書館に蓄積された知識を活用して地域課題解決の支援を行う高度なコンサルティングサービスやインキュベーションに注力することが求められる。そして、地域課題や経営に通じた専門人材を常時配置し、充実した運営体制を置く必要がある。また、賑わいの拠点となるため、書籍・資料の閲覧だけでなく、様々な利用者が居心地よく時間を過ごせる快適な空間づくりを、いま以上に強化することが重要である。

■資料のデジタル化
 閲覧スペースやコンサルティングスペースの充実のためには書架・書庫スペースを抑制する必要があるため、必然的に資料の電子化が求められる。資料の電子化を進めると、図書館の蔵書冊数は書庫スペースの物理的な制約から解き放たれ、より一層の知の蓄積を図ることができる。また図書館スタッフは書架整理業務の負荷が抑制され、代わりにオンライン上の書架デザインが重要となる。
 資料のデジタル化を進めたとしても、知る権利の保障の観点から、資料収集・購入は現状通り維持することが重要である。ただし、新規購入図書の電子化割合を大きくする、既存蔵書の電子化により除籍数を増やしつつも資料データは保有する、郷土資料等を電子化し原本は別途保管するなどの工夫により、資料の電子化を大胆に進める。電子化によって、資料の貸し借りや延滞管理が容易になるとともに、図書館においてコンサルティングを受けた住民・企業が図書館外からいつでも情報にアクセスすることができる、あるいは貴重資料の劣化を防ぐといったメリットもある。

■レファレンス・資料貸出のオンライン化
 DXされた図書館では、従来の司書の基本的業務であるレファレンス、貸出、選書、書籍購入、除籍等の業務をオンラインに移行する。オンライン化により、司書は特定の館に所属することなく、地域をまたいで複数の図書館を横断的に担うことができる。貸出書籍、利用者、地域情報、時事情報、新刊情報等をAIによって統合的に整理・分析する司書業務支援ツールを整備することにより、司書は現在よりも生産性を高めて、効率的にその役割を果たすことが可能となる。
 そして利用者については、借りた書籍や参加したプログラムなど図書館利用データを蓄積することにより、自らに最適化されたウェブ上の書架やサービス提供を受けることが可能となる。また電子書籍の増加や司書サービスのオンライン化により、いつでも・どこでも図書館サービスにアクセスすることができるようになる。

(2)収支構造の変化~DXにより約2割のコスト削減
 DXされた場合の図書館サービスの収支構造を試算した。本稿では中核市の中央図書館として、以下のようなモデルケースを想定し、この図書館を建て替える場合の、従来型とDX型の収支構造の変化を検討した。


 まずDX型では、事業開始時に蔵書の20%である100,000冊を電子化するとともに、事業期間50年間の中で新たに電子書籍100,000冊を蔵書する。電子化されていない蔵書は常に400,000冊と想定し、このうち220,000冊(55%)を開架と想定する。これにより蔵書数は600,000冊となり、従来型と比較して100,000冊増えることとなる。また閲覧スペースや交流スペース等を減らすことなく、延床面積を約1,160㎡程度削減することができる。DX型では電子書籍の管理システム、郷土資料等のデジタルアーカイブ化(以下、DAという。)に係る費用、貸出用タブレット購入費用が追加の初期投資としてかかる。本稿ではこれらの費用として約10億円を見込む。
 次に維持管理費・運営費については、施設面積に相関する維持管理費は削減が見込まれる。人件費については、専門人材は現在と同数、その他のスタッフは施設面積の削減や資料の電子化、運営のオンライン化を踏まえ、現在の半数とする。資料購入費は現状維持とする。またシステム管理費は従来型で約20,000千円、DX型で約25,000千円と想定する。


 結果として、初期投資および大規模修繕費は約1%の増額、維持管理費・運営費は年間約24,600千円の削減(約10%)となる。50年間の総事業費は、従来型が約171億円に対して、DX型は約159億円であり、約12億円の削減が見込まれる。
 この試算から図書館サービスのDXにより、知る権利の保障という図書館の基本的役割を果たすために、専門人材の人件費と資料購入費は削減せずとも、約7%の費用削減を実現できることが分かった。またDX型における蔵書数は従来型の1.2倍であり、電子化資料と開架資料の合計は従来型の開架資料数とほぼ同等、かつ施設全体に占める閲覧スペースや交流スペースの割合は増加している。このように図書館サービスのDXは、財政負担を軽減しながら、基本的な役割である知の蓄積の強化と(あるいは除籍による知の棄損の回避)、新たな機能・役割であるまちづくりや交流を両立させることができる。



(3)DXによる効果~図書館を開き課題解決力を底上げする
■利用者にとって
 図書館サービスのDXによって図書館は資料の収集、整理、保存、貸出の場から、地域課題を解決するまちづくりの拠点へと生まれ変わることとなる。これは図書館の機能強化にとどまらず、利用者ひいては地域全体の知的体力、文化力、課題解決能力の強化に直結する。
 従来型図書館の中心的ユーザーは子育て世代と読書意欲の高い高齢者層だが、図書館サービスのDXによって、利用者の幅が大きく広がる。地域課題の解決に取り組むNPO、それをビジネスに結び付ける社会起業家、事業変革を試みる地場企業、新たなスキルの習得を目指すミドル層などが、オンライン/オフラインによって頻繁に図書館サービスを利用するであろう。2019年に「ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス」という映画が上映され、図書館関係者の間で話題になった。そこでは上記のような新たな役割を担う図書館が、地域の様々な世代・人種・職業・所得層の人々に利用されている様が描かれている。このように、図書館サービスのDXは知の拠点としての図書館を強化するであろう。そしてそれにより、利用者の知性や感性が磨かれ、地域経済を支える人材の育成やイノベーションの創出が起きることが期待される。これからの図書館は知の力によって地域の持続的な成長に貢献することが必要であり、そのためにはDXが不可欠なのである。
 またDXによって実空間としての図書館は、より快適で開かれたスペースを提供することが可能となり、図書館のもう一つの役割である「交流・賑わい」を従来以上に生み出すこととなる。さらに利用データの蓄積により、図書館サービスのパーソナライズ化(利用者個人ごとに最適化されたサービス)がなされ、満足度が向上するであろう。

■自治体にとって
 コスト削減以外にも、自治体にとって次のようなメリットが挙げられる。まずレファレンスのオンライン化は、人手不足に悩む多くの小規模自治体にとって大きなメリットである。DXによって司書の生産性を高めることが肝要である。
 BCPの観点からもDXは有効である。新型コロナウイルス感染予防のため全国で図書館が閉鎖という事態になったが、定期的に書籍を借りている市民、あるいは図書館で勉強や読書することが日課となっている市民は、居場所を失いストレスを抱えたのではないだろうか(筆者もその一人である)。自宅で過ごす時間の多いこのような時こそ様々な書籍を読む好機であるが、それがかなわない。図書館のDXは、このような非常事態においても(このような事態だからこそ)、図書館が知の拠点としての役割を果たし続けることにつながる。

(4)実現に向けた課題~意識改革と官民連携
 公共図書館が電子書籍を取り扱うこと、いわゆる「電子図書館化」の課題として、出版業界の反対が挙げられることが多い。確かに最も電子図書館の取り組みが進んでいる米国であっても、大手出版社が貸出冊数や貸出期間に制限をかけており、米国図書館協会と米・公共図書館協会が抗議している実態がある。日本国内においても、電子図書館が普及することにより、図書館における貸出がより容易・気軽になり、出版社の売り上げに悪影響を与えることを懸念する声が聞かれる。
 一方、米国をはじめとした電子図書館が普及する国々と日本の大きな差は、図書館関係者の意識・姿勢である。日本の公共図書館では、図書館に求められる新たな役割を果たし、必要に応じてサービス内容を改変していくことに対して消極的な姿勢がみられる。そしてサービス変革のためにDXに取り組む姿勢は、ほとんど見られない。これは社会教育施設としての図書館をドラスティックに変えることヘの抵抗感、また変えようにも現在の管理者・現場スタッフにノウハウがないことが理由と思われる。
 これを解決するためには、第一に新たなサービス分野における官民連携の徹底が必要である。特に地域課題の解決につながるコンサルティングサービス・インキュベーションサービスの分野は、司書の持つノウハウとは異なるため、民間事業者のノウハウを大胆に取り入れることが必要となる。そしてそれらのサービスを実現することを目的として、図書館の資料収集・管理のDX、またレファレンスサービスのDXの必要性を顕在化させ、従来の図書館サービスのDXに取り組んでいく。
 出版業界との利害調整は、国主導で進めることが望ましい。特に書籍売り上げに影響を与えるかは現時点では推測に過ぎないため、特区制度を活用したエリア・期間限定のトライアルとして実施し、その結果を制度設計にフィードバックしていくことが必要である。また、資料の電子化に伴う著作権処理を容易にする法改正についても検討が必要である。

3.展望
 図書館サービスのDXは必ずしも新しいテーマではない。その中でも、国立国会図書館の館長であった長尾真氏が2010年3月の「デジタル・ネットワーク社会における出版物の利活用の推進に関する懇談会」(総務省)で発表した、デジタル時代の図書館と出版社・読者のモデル、通称「長尾構想」は多くの図書館関係者に影響を与えた。ここでは出版物のデジタルデータを国立国会図書館においてアーカイブし、そのデータを全国の公共図書館が利用するとともに、第三者機関を介して利用者へ有償で貸し出す構想が示されている。


 長尾構想は国立国会図書館が収集するデジタルデータを各地域が利用するモデルであり、中央集権的なDXとも見ることができる。これは図書館サービスのDXの全国展開の一つの姿といえる。国立国会図書館が有する膨大な知の蓄積に対して誰でもアクセス可能となり、国内に一つの巨大なデジタル図書館が立ち上がることとなる。
 一方、長尾構想とは逆の方向性で、地方分散型のデジタル図書館が緩やかに、かつ有機的に連携するモデルも考えられる。通常、図書館では自らの蔵書を貸し出し、必要に応じて同一地域内(都道府県内、市町村内)の図書館と蔵書の貸し借りを行う。これを図書館相互貸借というが、市町村や都道府県を横断して相互貸借を行うことは少ない。しかし図書館サービスのDXが普及すると、相互貸借に係る時間およびコストがほぼゼロに近づく。これにより、全国の美術館が国内外の美術館と無償で作品を貸し借りして展覧会を開くように、地方の公共図書館が日本全国の公共図書館や大学図書館、ひいては諸外国の図書館とも相互貸借を行い、各地域の課題や関心事、注力テーマに応じた書籍の貸出やプログラムの提供を行うことができるようになる。
 レファレンスサービスも同様である。司書サービスが全国的なクラウド・ソーシングモデルに転換されることにより、各地域の図書館が扱うテーマに応じて、最適な司書が選書やプログラム設計を行うことができる。このように地方発の図書館サービスDXが全国に普及することにより、図書館は知の拠点であるとともに、「知の交流を支えるプラットフォーム」となる姿が展望される。

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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