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アジア・マンスリー 2020年1月号

米中のデカップリングは進むのか

2019年12月26日 三浦有史


米中通商交渉は「第1段階の合意」に達した。しかし、対立再燃によって世界が米国陣営と中国陣営に分かれるデカップリングに対する懸念は残る。デカップリングは本当に進むのか。

中国の通信機器排除は広がらず
 米トランプ大統領は、12月15日に発動予定の制裁関税「第4弾」を見送ると表明した。年明けに「第1段階の合意」に署名できれば、9月に発動した関税率も15%から7.5%に引き下げられる予定である。中国側は具体的な数値を明らかにしていないが、米国側はこの見返りとして中国が今後2年間で2,000億ドルの対米輸入を増やすという約束を取り付けたとしている。

 関税引き上げの応酬に歯止めがかかったことは評価されるものの、米中対立再燃のリスクがなくなったわけではない。米調査会社ピュー・リサーチ・センターの世論調査によると、米国民の対中感情は2019年に大幅に悪化した。その一方、中国政府は「中国製造2025」を着々と進めており、新興産業を資金面から支える政府引導基金の調達額は4兆元を超えた。今回の合意によって米中対立が収束に向かうと考えるのは早計であろう。

 中国の生産拠点から米国に完成品や部品を輸出している企業は、対立長期化を前提に今後も生産拠点を中国以外に移すと見込まれる。より深刻な問題は、対立再燃によって世界が米国陣営と中国陣営に分かれるデカップリングが進むことである。米国陣営は同盟国を中心とする先進国が、中国陣営は中国との関係が深い新興国・開発途上国が主なメンバーになると想定されるが、独立したサプライチェーンを両陣営に構築しようとすればかなりの費用がかかる。

 しかし、グローバル化の進展によって「世界の工場」である中国への依存は予想以上に強まっていること、また、新興国・開発途上国の盟主としての中国の求心力は次第に弱まると見込まれることから、簡単には米ソ冷戦時代のようなデカップリングは起きないと思われる。

新興国・開発途上国との関係深める中国
 強い中国依存を象徴する事例のひとつとして、米政府による中国の通信機器を排除する動きが広がらないことを挙げることができよう。トランプ米大統領は、2018年11月、安全保障上のリスクがあるとの理由から、同盟国に対し中国の通信機器を使用しないよう説得を始めたが、その成果はほとんどあがっていない。性能と価格の両面で優れる中国の通信機器は既に世界中で使用されており、欧州ではそれを排除する費用が最大550億ユーロに上るとされる。

 一方、中国は新興国・開発途上国の盟主としての地位を確かなものにしつつある。国際通貨基金(IMF)の貿易統計をみると、対中貿易額が対米貿易額を上回る国は、中国の世界貿易機関(WTO)加盟を契機に急速に増加したことがわかる。習近平総書記が第19回党大会で「人類運命共同体」を掲げ、グローバルなガバナンスを変革するとした背景には、新興国・開発途上国との関係を深め、盟主として確固たる地位を築いたことに対する強い自負がある。

 中国の新興国・開発途上国との関係強化は、官民一体となった取り組みの成果といえる。米ウィリアム・アンド・メアリー大学によれば、2000~14年の中国の対外公的支援は3,543億ドルと、米国の3,946億ドルに匹敵する。また、中国が2017年に供与した輸出信用は363億ドルと、日本の20億ドル、米国の2億ドルを遥かに上回る。

 緩やかではあるが中国のリーダーシップに対する評価も上がっている。米ギャラップ社の138カ国を対象にした国際的な世論調査によれば、中国のリーダーシップを評価する人の割合は2018年に前年比+3%ポイントの34%(中位数)となった。一方、米国のリーダーシップを評価する人の割合は、「米国第一」を掲げるトランプ政権に対する反発から、2017年に前年比▲18%ポイントの30%となり、2018年も31%と低迷が続いている。その結果、中国に対する評価は2年連続で米国を上回った。

中国は盟主たりうるか
 しかし、中国が新興国・開発途上国の盟主として求心力を維持することは次第に難しくなると思われる。問題は中国との関係深化に伴い、多くの国で対中貿易赤字が拡大していることである。世界各国の対中国貿易赤字をGDPで除すことによって、赤字の「深さ」を求めると、2018年でデータが有効な188カ国のうち、GDP比1%以上の対中貿易赤字を計上している国は2018年で124カ国(全体の66.0%)となり、2001年の36カ国(同20.3%)から大幅に増えた。これはGDP比1%以上の貿易赤字を計上している国が3割前後で安定的に推移している対米貿易と対照的な構図である。

 対中貿易赤字が巨額であるため、ほとんどの国ではそれが国全体の貿易収支の赤字に反映される。輸出産業が弱く、国内貯蓄も十分ではない開発途上国はサービス収支と所得収支も赤字であるため、貿易収支赤字が経常収支の赤字幅を左右する要因となる。経常収支赤字が続くと対外債務の増加に繋がるだけでなく、資本流出による通貨安を招来するリスクがある。対中貿易赤字はいずれの国にとっても看過できない問題となる。

 開発途上国では、この経常収支赤字は直接投資や輸出信用など中国からの資本流入によって相殺されてきたが、こうした図式は次第に成り立たなくなると思われる。中国の経常収支の黒字幅が縮小するのに伴い外貨準備が減少すると見込まれるからである。IMFは、2019年11月、中国の経常収支は2022年に赤字に転じるとの予想を発表した。中国政府は外貨管理規制を強化しており、潤沢な外貨を気前よくばら撒くことで「親中」の国を増やすというアプローチは限界を迎えつつある。

 米国がグローバルなサプライチェーンから中国を排除できない一方で、中国も米国に対抗する求心力を持たないことから、デカップリングはなかなか進まないとみるのが現実的であろう。その結果、多くの国は米中両国に配慮したバランス外交を、そして、中国との取引が多い多国籍企業はエンティティーリストなど米政府の規制を意識した活動を余儀なくされると見込まれる。
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