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アジア・マンスリー 2019年9月号

広がるサプライチェーン再編の動き

2019年08月28日 三浦有史


トランプ米大統領は中国からのほぼ全ての輸入品に制裁関税を課す「第4弾」を発動すると表明した。アジアのサプライチェーン再編の動きは労働集約的産業から電気・電子産業に広がると見込まれる。

ついに「第4弾」発動
トランプ米大統領は、8月1日、9月から制裁関税の対象外としてきた3,000億ドル相当の中国製品に10%の追加関税を課す「第4弾」の制裁関税を発動すると表明した。米中両国は6月末の首脳会談において通商協議の再開で合意したものの、7月末に上海で開催された協議は目立った進展をみることなく終わった。今回の措置の背景には、こう着状態に陥った協議の主導権を米国が取り戻し、中国から譲歩を引き出す狙いがあると思われる。

米政府は、8月13日、クリスマス商戦への影響を考慮し、スマートフォンやノートパソコンなど一部の品目については発動を12月15日に先送りするとしたものの、人民元を意図的に切り下げているとして中国を為替操作国に認定する(8月5日)など、強硬姿勢を崩しておらず、両国間の緊張が緩和に向かう兆しはみられない。

産業機械などを制裁関税の対象とする「第1弾」が発動された2018年7月から1年余りが経過した。着地点のみえない米中対立は、中国を対米輸出の最終拠点とする企業に「脱中国」を促してきたが、「第4弾」によってこの動きは加速すると見込まれる。以下では、中国からの生産拠点の移転が見込まれるベトナム、マレーシア、インドネシア、タイといったASEAN諸国の一部を対象に、対内直接投資と対米輸出にどのような変化が起きているのかについて検証する。

ASEANで存在感を増す中国企業
「脱中国」の動きは、中国に生産拠点を構える日本、韓国、台湾企業の問題と考えられがちであるが、各国の対内直接投資統計をみると、それを最も積極的に進めているのは中国企業であることがわかる。2010~2017年の年平均投資額と国別順位を基準に、2018年および2019年直近までの動向をみると、中国はいずれの国でも2018年ないし2019年に投資を増やし、順位を大幅に上げている。なかでも、2018年の対マレーシア投資は前年比5倍の197億リンギ、2019年1~6月の対ベトナム投資は前年同期比5倍の16.8億ドルと飛躍的な伸びをみせた。

一方、日本、韓国、台湾には中国のような激しい動きは見られない。2010~2017年の年平均投資額を基準に、ベトナム、マレーシア、インドネシア、タイにおける2018年および2019年直近の投資をみると、大幅な増加がみられるのは2018年の日本の対ベトナム投資(前年比3.1倍の48.2億ドル)だけで、その他については横ばいあるいは減少となっているところが多い。ASEANにおいて中国に匹敵する規模のサプライチェーンを有する日本はそれらを活用した生産体制の見直しによって、韓国と台湾はひとまず生産拠点を国内に回帰させることによって、制裁関税を回避しようとしているためである。

再編の動きは労働集約的産業から電気・電子産業へ
中国の生産拠点の一部が移転されれば、移転先の対米輸出は増加するはずである。米国の輸入統計をみると、対中輸入は2018年に前年比+6.8%の5,397億ドルと堅調であったが、2019年に入ると制裁関税の影響が表面化し、1~6月は前年同期比▲12.4%の2,190億ドルとなった。対中輸入が10%以上減少するのはリーマン・ショックの影響により前年比▲12.3%となった2009年以来のことである。

中国の対米輸出はどの国が代替しているのであろうか。本年1~6月の米輸入統計で著しい増加がみられる国は、実はそれほど多くない。2018年の輸入伸び率を横軸に、本年1~6月の同伸び率を縦軸にとり、アジア諸国をプロットすると、後者が前者を上回るのはベトナム、台湾、韓国、タイに限られる。このうちベトナムは「中国からの投資増加」→「対米輸出の増加」という構図が最も鮮明に現れている国といえる。

一方、マレーシア、インドネシアは中国からの投資が増えているにもかかわらず、対米輸出が目立って増えているとはいえない。この背景には、中国からの投資の内訳に一帯一路にかかわるインフラ投資が含まれていることがある。また、産業構造の違いも影響していると思われる。ベトナムはASEANのなかでは人件費が安く、労働集約的産業の規模が大きいため、中国企業がいち早く押し寄せ、対米輸出が増加した。米国の本年1~6月の衣料品や履物などの労働集約的製品(SITC82~85)のベトナムからの輸入は前年同期比15.7%増の117億ドルと、その規模はインドネシアの3倍、マレーシアの8倍、タイの13倍に達する。

ただし、図表で示した構図は今後大きく変わる可能性がある。「第4弾」により、電気・電子産業でもサプライチェーンの再編が本格化すると考えられるからである。12月に先送りされたスマートフォンなどの電気・電子産業は、労働集約的産業より遥かにすそ野が広い。米国の1~6月の電気・電子製品(SITC75~77)の輸入は4,409億ドルと、その規模は労働集約的製品の2.5倍に及ぶ。その4割を担う中国の生産拠点がたとえ一部であっても移転されれば、それは移転先の輸出および産業構造を変えるインパクトを持つ。「第4弾」の発動が明言されたことで、電気・電子産業のサプライチェーンが今後どのように変化するのか。引き続き各国の対内直接投資や対米輸出の動向を注視していく必要がある。
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