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地域支援事業の実施状況及び評価指標等に関する調査研究事業

2018年04月10日 齊木大福田隆士渡辺珠子岡元真希子


*本事業は、平成29年度老人保健事業推進費等補助金 老人保健健康増進等事業として実施したものです。

1.事業の目的
 介護保険制度の地域支援事業は、被保険者が要介護・要支援状態となることを予防し、社会に参加しつつ、地域において自立した日常生活を営むことができるよう支援することを目指している。地域支援事業に内包される各事業は、相互が関係する部分も多く、これらを一体的に推進することが求められている。したがって、地域支援事業に携わる関係者が、各事業が互いにどのように影響するのかについての認識を共有することによって、各事業の位置づけや意義が明確になり、地域支援事業全体の効果を高めることにつながると考えられる。
 こうした課題認識のもと、平成28年度調査研究では、「インパクト評価」の手法を用いて、事業相互の構造を明らかにするため「インパクトマップ(案)」を作成した。インパクトマップでは、「被保険者が要介護・要支援状態となることを予防し、社会に参加しつつ、地域において自立した日常生活を営むことができる」という最終的な目標(インパクト)の実現に向けて、節目となる中間的な目標(アウトカム)を設定し、それら項目間の関連性をマップとして表現し、各項目を代表する指標(データ項目)についても整理した。
 今後、第7期介護保険事業計画期間、さらにその先に向け、わが国の地域ごとの特徴の違いが大きくなることが見込まれる一方、住み慣れた地域で暮らし続けることの実現に向けた、まさに地域づくりの事業である地域支援事業の意義と効果を高めるためには、これまで以上に、最終的な目標を念頭に置きながら、地域に波及していく、地域と協働していくような事業の成果を捉えた事業運営が求められる。
 本調査研究事業は、こうした背景を踏まえ、地域支援事業へのインパクト評価手法の活用を実践的に進める上での留意点や課題等の検証・検討に取り組んだものである。具体的には、自治体が持つ既存データを活用したインパクトマップの妥当性の検証と、自治体においてインパクト評価を実施・活用(評価指標の選定やデータの蓄積、評価結果の活用等)の場面で想定される運用上の留意点の検討の2つを主たる目的とした。
 なお、保険者機能の強化に向けた財政的インセンティブ(保険者機能強化推進交付金)の検討とは独立した調査研究として、検討を行った。

2.事業の内容
(1) 評価指標の検討
 a) 指標およびデータ候補の選定

 平成28年度の調査研究で整理された指標候補を対象に、まず、入手可能性の観点から、インパクトマップの評価指標として活用可能性が大きいと考えられる指標を選定した。さらに、データの性質として、定量的で指標の材料としやすいものと、定性的なものを分けて指標候補としての優先順位を整理した。
 b) 自治体ごとに独自収集しているデータの収集
 行政報告等のために国に報告あるいは公表されているデータ以外のデータであって、自治体ごとに独自に収集しているデータのうち、地域支援事業のインパクト評価に活用できると考えられるデータ項目を検討・設定し、調査協力4自治体に対し、データ提供を依頼した。具体的には、日常生活圏域ニーズ調査、認定情報、給付情報、人口動態、医療に関するデータの提供を依頼した。
 c) 指標の活用可能性の検討
 調査協力自治体から提供を受けるデータは、基本的に直近のもの(第6期介護保険事業計画の期間内)と、およそ3年前のもの(第5期介護保険事業計画の期間内)の2時点とした。3年間の高齢化率の進展による影響を除外するため年齢階層別の集計を行った上で、時系列の変化やデータの特性について分析し、指標として実用的なものであるかどうかを検討した。
(2)  既存データによる試行的検証
 公表されている統計データを対象に、まずは比較可能な形に正規化した上で、相関関係の有無を分析した。具体的には、介護予防事業実施状況報告、介護保険事業状況報告について、最新(平成27年)とその2年前(平成25年)のデータを対象に、単位人口あたりの比率や、変化率などを分析した。検証にあたっては地域差についても考慮した。
(3)  インパクトマップの活用およびデータセットのあり方についての検討
 前項までの検討結果を踏まえ、インパクト評価手法を地域支援事業の評価や事業内容の改善に活用していく際の具体的な運用方法や留意点等を、検討委員会およびワーキンググループで検討し、整理した。
(4) 検討委員会・ワーキンググループにおける検討
 以下のとおり検討委員会・ワーキンググループを実施した。なお、ワーキンググループの第1回、第3回、第4回は検討委員会と同時開催とした。
  第1回検討委員会・第1回ワーキンググループ     平成29年11月7日
  第2回ワーキンググループ              平成29年12月18日
  第2回検討委員会・第3回ワーキンググループ     平成30年2月2日
  第3回検討委員会・第4回ワーキンググループ     平成30年3月28日
 検討委員会 委員名簿(五十音順、敬称略)  ○印 座長
   瓜生 律子   世田谷区 高齢福祉部 部長
   清末 敬一朗  大分県 福祉保健部高齢者福祉課 課長
   駒村 康平   慶應義塾大学 経済学部 教授
   田中 明美   生駒市 福祉健康部 地域包括ケア推進課長
   土屋 幸己   公益財団法人 さわやか福祉財団 戦略アドバイザー
 ○ 栃本 一三郎  上智大学 総合人間科学部 社会福祉学科 教授
   吉田 昌司   倉敷市役所 保健福祉局 参与
 ワーキンググループ 委員名簿(五十音順、敬称略)    
   江藤 修    杵築市市長部局福祉推進課 課長
   田中 明美   生駒市福祉健康部地域包括ケア推進課 課長  ※検討委員会委員 兼
   松田 美穂   豊島区保健福祉部介護保険課 課長
   元木 博    八王子市福祉部高齢者いきいき課 課長

3.事業の成果
(1) 評価指標について
 ① 介護保険関連データ

 保険者・市町村が介護保険の通常業務の中で把握している認定情報・給付情報などの既存データは、男女別・年齢別・圏域別などに加工することで、指標として活用することが可能になると考えられる。このためこれらのデータを継続的に地域支援事業の担当課が入手できるような仕組みを構築すべきである。また、日常生活圏域ニーズ調査は、回答者の主観に左右される項目も含むものの、定量的に分析可能である。介護保険事業計画の3年単位で変化が見られ、指標候補となるリスク項目や外出頻度などのデータを含んでいる。
 ② 介護保険以外の庁内データ
 高齢者実態調査、独居高齢者の訪問調査など、自治体が保有するデータで評価指標として活用可能なものがあると考えられる。各自治体で、データの棚卸しを行い、それぞれの回答対象者や設問における言葉の定義などを整理することが、地域支援事業の評価指標を拡充する上での課題である。また、項目によっては65歳未満にも目を向けることが有効である可能性がある。
 ③ 保険者(市区町村)が保有していないデータ
 「住み慣れた地域での日常生活の維持」の指標の一つとなり得ると見られる死亡場所や医療などは、市区町村のレベルではデータを保有していない。人口動態統計などの調査は、統計法に基づき請求すれば、当該市町村分のデータを入手することは可能であるが、都度請求するのは現実的ではない。介護保険事業運営の基礎的な情報インフラとして、介護保険周辺領域の公的統計を市町村にフィードバックする仕組みの構築が課題であるといえる。また、「健康寿命の延伸」については都道府県が市町村単位の健康寿命を算出している場合には、活用可能なデータであるといえる。
 ④ 新たに設定する指標や収集すべきデータの検討
以上のように庁内ならびに都道府県等が保有する周辺データのたな卸しをしたうえで、新たに収集すべき指標も浮かび上がってくる可能性がある。例えば、「どこで介護を受けたいか」「どこで最期を迎えたいか」といった意向を定期的に把握することで、目標やターゲットの設定がより明確になる可能性がある。

(2) データ収集と運用について
 ① データ蓄積を通常業務に組み込む
 データの中には、毎月蓄積されるものもあれば、都度収集するものもある。それぞれにあった収集・蓄積方法を通常業務のなかに組み込むことで、収集の負荷を下げるとともに、PDCAサイクルをスムーズに回していくことができると考えられる。データの蓄積と授受を通常業務に組み込んでいくことが円滑な運用を実現する上での課題であるといえる。
 ② データを標準化する
 介護保険の認定情報・給付情報はデータ形式が定まっている。一方、日常生活圏域ニーズ調査は介護保険事業計画の策定に先立って、定期的に実施している自治体が多いが、データの形式が年度によって異なる場合がある。庁内でどのようなデータであっても入力形式を統一することは、業務負荷を軽減する上で重要な要素の一つであるといえる。
 ③ 多領域かつ時系列にデータをつなぐ
 今年度の調査研究では実施しなかったが、被保険者番号などでデータをつなぐことができれば、さらに深掘りした評価が可能になる。データを多領域かつ時系列につなぐことによって、要介護・要支援状態になった人と、ならなかった人との比較が可能になる。重点事業の判断や、新たな指標などを設定できる可能性もある。データをつなぎ、さらに分析を深めていくことは今後の課題である。

(3) インパクト評価手法の活用について
 ① インパクト評価手法の活用のあり方
 a) インパクト評価という手法を活用する意味

 インパクト評価という手法は地域支援事業の持つ「地域づくり」の側面を評価するために適した手法である。地域支援事業の範囲は多岐にわたり、かつ地域づくりに向けて長期的な視点を持って取り組むべき活動も含まれる。さらに、介護保険分野以外の政策領域との連携およびその波及効果も含めて捉える必要がある。社会的インパクト評価とは、活動の結果として生じた環境・社会的変化やその価値を定量的・定性的に評価するものであり、活動が本来発揮すべき価値を引き出し、課題を明らかにして継続的な改善に向けて進むための手法である。このため、社会的インパクト評価を活用することによって、地域支援事業のPDCAサイクルの推進が期待される。
 b) インパクト評価を活用することで期待される波及的効果
 インパクト評価を活用することによって、行政の事業のみならず地域に波及する効果の把握・評価が可能になることや、 地域のステークホルダー間での共通認識の醸成が可能になるといった波及的効果が期待できる。
 c) 地域におけるインパクトマップの具体的な活用例
 ・インパクトマップを用いて地域支援事業が将来的に生み出そうとする価値を説明する
 ・地域ごとの重点を踏まえて「地域版のインパクトマップ」を作成する
 ・まずはいくつかの事業に着目して評価の試行と新たな評価指標の検討を行う
といった活用の仕方が考えられる。
 ② 指標ならびにデータセットのあるべき姿
 本調査事業で検証したインパクトマップは介護保険法等の理念を整理して作成したものであり、考慮されるべき地域差が含まれてはいない。まずは既存データを活用しつつ地域の状況に沿ったアウトカム指標を検討することが望ましい。さらに、既存データに加え「地域ケア会議」や「協議体」等の機会を活用して情報収集することも一案である。指標が少ないあるいは偏っている項目について、地域ケア会議等への参加者へのヒアリングによって評価の材料を補ったり、指標の意味を適切に理解できたりする可能性がある。
 ③ インパクト評価手法のより効果的な活用に向けて
 第一ステップとしては、インパクトマップの評価指標は用いず、すでに各保険者が設定している評価指標を活用する。その上で、毎年の行政評価による振り返り、あるいは次年度の企画立案の際に、その事業が地域社会にもたらした(もたらすことを期待する)波及的効果を説明する際に、インパクトマップの「アウトカム」や「インパクト」を参照し、説明材料として活用するという活用の仕方が考えられる。
 第二のステップは、インパクトマップを地域のステークホルダーとのコミュニケーションの場で活用し、目指す地域の実現に向けた課題認識を共有し、その地域が具体的にどのような姿を目指すか、どのような目標を設定するかについて、各ステークホルダーの認識を共有したり、あらたにビジョンや方向性を作り上げていくきっかけに活用したりすることが考えられる。

※詳細につきましては、下記の報告書本文をご参照ください。
地域支援事業の実施状況及び評価指標等に関する調査研究事業 報告書(PDF:3,800KB)


本件に関するお問い合わせ
創発戦略センター シニアスペシャリスト 齊木 大
TEL:03-6833-5204   E-mail:saiki.dai@jri.co.jp
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