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「未来を考える組織」を根付かせるヒント ―10年間の実践と次なる地平―

2026年11月06日 中野立開、八幡晃久、橘田尚明、今泉翔一朗


 2026年7月28日、日本総合研究所社会価値共創スタジオにて、「『未来を考える組織』を根付かせるヒント ―10年間の実践と次なる地平―」と題したフォーサイト・セミナーが開催された。
 開催の背景にあるのは、多くの企業が未来について考えることの必要性を認識しながらも、「どうすれば活動を定着させられるのか」「どのように組織の理解者を増やしていくのか」といった活動継続に関する課題に直面しているという現状だ。本イベントは、長年にわたり未来洞察に取り組んできた実践者を招き、「未来を考える組織の未来」について考える会となった。
*「未来洞察/フォーサイト」とは、既知の予測だけでなく、社会・技術・生活者の小さな変化の兆しを捉え、複数の「ありうる未来」から事業機会や戦略を考える取り組みである。日本総研未来デザイン・ラボは、独自の情報・手法とワークショップの設計・ファシリテーションを組み合わせ、新規事業開発や長期ビジョン策定、組織への定着まで伴走支援している。


AI時代において、人間・組織が未来を考える意味
 基調講演では、日本総研未来デザイン・ラボの八幡晃久が、「未来デザイン・ラボの10年の歩み」を振り返りながら、そもそも人間や組織はなぜ未来を考えるのか、という根源的な問いを投げかけた。



八幡「予測可能な世界では、『何を言うか』が重要でした。しかし、これだけ未来が見通せない時代になり、更に生成AIがもっともらしい未来予測を瞬時に提示できるようになった今、その価値は『何を言うか』から『誰が言うか』へと移りつつあるのではないでしょうか。」

 八幡がこう述べる背景には、「AIの予測だけでは人や組織は動かない」という経験に即した確かな実感がある。重要なのは、長年にわたり不確実な未来と向き合ってきた組織が、自らの経験や文脈を踏まえて「私たちはこうした未来を見据えています」と語ること。その主体的な発信こそが、人々の共感や納得を生む、という。
 だとすれば、フォーサイト活動の価値は未来予測レポートの作成だけにとどまらない。未来を語り合い、組織として意思を共有する過程そのものが、変化へ向けて組織を動かす「儀礼的スイッチ」として機能する。未来を考える組織の意義とは、未来を当てることではなく、不確実な時代に主体性を生み出し続けることにある。八幡はそう語り、講演を締めくくった。

未来を考え続けることで生まれる組織能力
 続く話題提供では、未来デザイン・ラボの橘田尚明が、未来に向けた取り組みを長年続ける13社への調査で得られた知見を踏まえ、未来を考える活動が組織にもたらす本質的な価値を報告した。



 現在、多くの企業でシナリオプランニングや未来洞察などの手法が導入されている。しかし、いずれも未来を正確に予測し、直ちに新規事業を生み出す「万能の必殺技」ではない。では、成果がすぐには見えにくい活動を企業が続けることには、どのような意味があるのか。橘田は、「なぜ始まったのか」「なぜ続けられたのか」「続けたことで何が育ったのか」という三つの問いから、各社の実践を分析した。
 調査から見えてきたのは、各社の目的やアプローチは異なっていても、活動を段階的に発展させているという共通点だった。現場で実践を重ね、その価値を示し、自社の文脈に合わせて語り直しながら、制度や戦略へと接続していく。その過程は、組織の中に未来について考える組織文化・能力を浸透させ、蓄積していく営みでもあった。



 橘田は、個別の新規事業や未来シナリオの創出以上に、こうした組織能力が育つことこそ、企業が未来を考える活動を続ける最大の価値だと指摘する。その上で、未来を考える活動とは、一過性の成果を求めるための道具ではなく、「変革を生む組織能力を構築するための、絶え間なき運動」であると語った。この運動を絶やさず社内で回し続けることが、予測不能な時代を生き抜く企業の防衛策となり、成長の原動力になる、という。
 続くパートでは、未来洞察に長年取り組んできた4社の実践者が登壇し、自社の活動を紹介した。出発点も組織の位置づけも異なる4つの事例から、未来を考える活動が組織に根付くまでの道筋が浮かび上がった。

メーカーがなぜ未来洞察を必要としたのか
 森淳氏が所属するいすゞ中央研究所は、いすゞ自動車から分社化したグループの研究開発組織である。商用車メーカーとしての技術競争力や製品の性能・品質の向上を担ってきたが、近年は新たな価値創出や新規事業への貢献も求められるようになったと森氏は語る。

森氏「これまでは、自社や顧客、業界の課題を解決するための技術開発が中心でしたが、これからは未来社会そのものを起点に考え、社会課題から事業仮説や技術課題を導く視点が必要になります。その視点を研究所の中に取り入れる方法を模索する中で出会ったのが、『未来洞察』の取り組みでした。」

 森氏が未来洞察を必要としたのは、自社の事業領域の外側から物事を見る視点を研究所に持ち込むためだった。業界の内側だけで考えていては、現在の延長線上でしか未来を描けない。しかし実際には、小さな兆しが大きな社会変化の起点となる。
 同研究所では「ありうる未来から考える手法」を軸に、未来を考える素地をつくる教育活動を重ねてきた。半年に一度ほど未来社会のテーマを設定し、変化の兆しを捉えながら複数の可能性を議論。そこから抽出した機会領域は41件にのぼる。簡易教育や体験会も重ね、未来を考える人材と材料を増やし続けることが狙いだと森氏は述べた。

未来洞察を「効能の伝わる漢方薬」にする
 吉川彩氏が所属する日産自動車総合研究所研究企画部社会研究グループは、2007年の設立以降、社会や技術の動向を幅広く捉え、自動車にとらわれずに未来を探索する活動を進めてきた。その中で同グループは、「これから社会はどう変わるのか」を考え続けてきたという。
 近年は、社会や技術の変化の兆しを収集するスキャニングを基盤に、未来の生活者像を物語として描き、その世界に参加者が没入することで、将来の課題やニーズを自分事として捉え、ソリューションとしての商品やサービスのアイデアを発想する活動を進めている。こうした実践は、新たな発想や研究テーマの創出だけでなく、長期的な視点で未来を考える組織文化の醸成にもつながっている。

吉川氏「未来洞察活動は、必ずしもすぐに成果が出るものではありません。痛み止めのようにすぐ効くものではなく、じっくり、ゆっくり効いてくるものなのではないかと思っています。」

 吉川氏は未来洞察を「漢方薬」になぞらえ、その上で効能を感じてもらうことの重要性を説いた。15年以上にわたり活動を継続できた背景には、未来を考え続けるだけでなく、その価値を組織の中で伝え続けてきた積み重ねがある。同グループはレポートやセミナーによる情報提供に加え、ワークショップや対話の場を通じて「考える機会」をつくりながら、未来洞察の意義を社内へ浸透させてきた。
 吉川氏は、自身の経験から、未来洞察の効能を組織に粘り強く伝え、社員が未来を考える機会をつくり続けることが、活動の継続と組織文化の醸成につながると指摘した。

「未来は、自分たちの手の中に!」
 飯田裕美氏が所属するパナソニックホールディングスコーポレートR&D戦略室では、共創型イノベーションのプロセス研究と実践、場づくり、イノベーション人材育成を担っていた。同社が未来洞察を始めたきっかけは、「イノベーションにおける最初のアイデア出しをどうするか」という問題意識だった。個人の経験や知識だけを頼りに発想すれば、現在の延長線上にとどまる。かといって事業計画や中期計画を基準にすれば、今度は予定調和に陥り、新しい発想は生まれにくい。この行き詰まりを越える手立てとして、社会の変化から未来の可能性を描き、そこから逆算してアイデアを生み出す未来洞察を導入した、と飯田氏はその歴史と経緯を語った。
 飯田氏は、活動を通してできるだけ多くの社員に未来を考える機会を持ってほしいという思いで、取り組みを重ねてきたという。未来洞察の業務活用を体験する「KIZASHI-WS」の開催や、社会変化仮説をトランプサイズにまとめた「KIZASHIカード」の活用を通じて、未来を考える人の輪を社内外へ広げてきた。

飯田氏「未来というものは、決して専門家だけのものではありません。一人ひとりが未来を描くことができるし、未来をつくることもできます。未来洞察活動を通じて、そうした思いを多くの人に届けたいと考えています。」

 未来を専門家だけのものとせず、一人ひとりが未来を描き、その実現に関わる機会を広げることの重要性を語った。

目指すのは「説明可能な想定外」
 近藤義和氏が所属する三井物産戦略研究所フォーサイトセンターは、研究員が持つ専門知を総合知へと束ね、グローバルな事業環境の変化を捉える役割を担う。近藤氏自身がフォーサイトに関わるようになったのは、2010年頃に技術部門の取りまとめ部署へ配属されたことがきっかけだった。当時、各研究員はそれぞれの専門分野ごとに調査を進めていたが、それを体系的に整理し、本当に重要な技術や今後の事業に役立つ知見を見極める必要があると近藤氏は感じていた。
 その問題意識の中で出会ったのが、フォーサイトであった。近藤氏は「これをもっとやるべきだ」と当時の社長に進言し、技術フォーサイトからの取り組みが始まった。そして現在は、より広い領域を対象とする未来洞察へと活動を広げている。

近藤氏「私は未来を考える際、『説明可能な想定外』を重視しています。単なる想定内では意味がありませんし、逆にSFのような極端な未来でも実務には使いにくい。重要なのは、ロジカルに説明できるけれども意外性のある未来です。」

 近藤氏が描こうとするのは、論理の筋道をたどれるにもかかわらず、想定の外側にある未来だ。そして未来洞察の効果は、成果物そのもの以上に、それを介した参加者同士のナレッジ共有やコミュニケーションにこそあると語った。

 4社の事例紹介に続き、日本総研の橘田が司会を務め、4名によるパネルディスカッションが行われた。パネルディスカッションでは、「なぜ活動を続けられたか」、そして「どのようなケイパビリティ(組織能力)が育ったか」について議論が行われた。

未来を考える活動の継続と、その価値
 活動継続の背景には、組織内で理解者・推進者を増やし、組織の状況に応じて活動の形を変えてきた各社の工夫があった。森氏は、未来洞察の導入時の体験ワークショップに役員を招くことが重要だったと語った。庇護者としての経営者を巻き込むことによりトップダウンで活動を進めることができたという。一方、飯田氏は、実際に研究している人たち、事業に関わる人たちの参加の裾野を広げるため、短時間の体験会や社内向け実施キットを整えるというアプローチをとった。トップダウン・ボトムアップのどちらの方法をとるにせよ、活動を続けるためには各組織において重要な役割を担う人に理解者・推進者になってもらうことが活動の支えになる。
 活動の継続によって育った組織能力としては、未来を自分事として捉え、自ら問いを立てて動く主体性が挙げられた。近藤氏は、活動の中で参加者がファシリテーションを受けずとも自分たちで活動を進めるようになり、未来洞察活動を通して参加者らに主体性が育まれていくのを目の当たりにした、と語った。また、吉川氏は、自分たちの活動が研究戦略の方向性を示す道標となった経験を語った。未来洞察の手法やそれに伴うファシリテーションはサービスとして他社から借りてくることも可能だが、自社の文化を踏まえて未来を考える力は組織固有の資産になると指摘した。未来を考える実践を蓄積していくことが、固有の企業文化とそれに伴う組織能力を育てることを示していた。

変革を育てる「絶え間なき運動」
 セミナーを通じて示されたのは、未来を考える活動の価値は、未来を正確に言い当てたり新たな事業アイデアを創出したりすることだけにあるのではないということだ。実践と対話を重ねる中で、社員一人ひとりが未来を自分事として捉え、組織の内外にある知を結びつけ、変化に向けて動き始める。
 未来を考える活動とは、そうした変革を生む組織能力を育てるための「絶え間なき運動」である。小さくともまず実践し、その経験を組織の中でつなぎ続けることが、予測不能な時代に自ら未来を切り拓く力になる。4名の実践者の言葉は、そのことを改めて示していた。

登壇組織の未来洞察・フォーサイト活動について
 本セミナーで紹介された未来洞察・フォーサイトの取り組みについて、詳しく知りたい方は、各登壇者の所属組織が公開しているウェブサイトも併せて参照されたい。

いすゞ中央研究所
Research Area - 研究領域・取り組み|株式会社いすゞ中央研究所

日産自動車総合研究所
日産 | 総合研究所 | 社会研究

パナソニックホールディングス
KIZASHI LAB - PHD技術部門 - パナソニックホールディングス

三井物産戦略研究所
研究員紹介 | 所属部署別 - 株式会社三井物産戦略研究所*
*フォーサイトセンターの各研究員がレポートを公開している

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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