コンサルティングサービス
経営コラム
経済・政策レポート
会社情報

経営コラム

オピニオン

プライバシーの未来と子ども

2025年06月10日 若目田光生


 オーストラリアではSNSが原因で子どもが亡くなる事態を契機に、2024年12月に16歳未満の子どものSNS利用を禁止する法律が成立し、SNS事業者に対策が義務付けられた。子どもの権利擁護の団体は、SNSへのアクセスを完全に禁止することは、国連の「子どもの権利条約」で定める「意見を聞かれる権利」、すなわち子どもが自由に自分の意見を述べ、その意見をしっかり聴いてもらう権利を妨げることにもつながると指摘する。朝日新聞は連載「子どもとSNS」において、オーストラリアの子どもたちのリアルな声を紹介している。SNSを取り上げられることに対する不安、SNSは子どもにとって悪いものだと決めつけていることへの不満、大人の意見しか反映されない不公平感など、子どもの多くが反発しており、主役であるはずの子どもの意見が十分に反映されていない様子も伺える。

 わが国では個人情報保護法の「いわゆる3年ごと見直し」の検討において子どもの個人情報の規制強化が論点となっている。子どもは心身が発達段階にあるため判断能力が不十分であり、子どもの発達や権利利益を適切に守るため一定の規律を設ける必要があるという考え方に基づいており(※1)、具体的には、当該本人の法定代理人からの同意取得や通知の義務付け、理由によらず利用停止請求等を可能とするといった内容である。これに対して、データの不正利用や漏洩のリスクが軽減されるなど子どものプライバシーがより確実に保護されるといった期待の声と、年齢確認を実施することの弊害や実効性への疑問、システム改修や運用の負荷などの理由から過剰規制ではないかとの懸念の声の双方が寄せられている。

 日本の場合はオーストラリアにおけるSNS禁止ほど強い規制ではないが、実質的に親の関与が無ければ子どもはサービスを受けることができないことになる。子どもにとっても少なからず影響がある制度検討ゆえに、筆者はいくつかの疑問を抱いている。「子どもは脆弱なので子どもの権利利益は親権者が守るべき」という視点を唯一の起点に制度検討を進めることについて、ともすると日本の社会に根強いパターナリズムに陥っているのではないか。果たして日本の子どもたちは「自身の権利利益」や「自身の関与の実効性」についてどんな意見を持っているのだろうか。今後の検討のプロセスにおいては「子どもの権利条約」の原則に立ち返ったアプローチを取り入れるべきであり、特に以下の論点については重要と考える。
 ①制度の検討の過程で「子どもの意見を聴かれる権利」は考慮されているか。
 ②法定代理人からの同意や利用停止等請求規制の強化といった対応は、子どもの意向も踏まえた「子どもの最善の利益」といえるか。
 ③「当該未成年者の年齢及び発達の程度に応じて、その最善の利益を優先して考慮」について、年齢や環境を鑑みた多様な子どもの意思は反映されているか。

 「子どもの権利条約」の原則とプライバシーなど個人情報保護に係る原則、さらには子どもに関する我が国の課題を総合的にハーモナイズさせ最適な規律を作成することは容易ではない。「子どもは脆弱で保護する対象」との前提で検討を進めるのではなく、当事者である子どもが何らかの方法で検討プロセスに関与する、もしくは子どもの声や意思を検討に取り入れるためのアプローチについて、参考となる日本総研の取り組みを紹介したい。武蔵野美術大学との共同研究として2025年3月に実施した「子どものプライバシーに関するワークショップ」である。

 ワークショップは小学校4年生から6年生を対象に実施したが、子どもたちのプライバシー観を抽出する為に「他の人に知られたくないことって何だろう?」という問いを起点としたワークでその理由や背景を深堀し、最後に子どもたちにワークで出た状況の中で「これをどうにかしたい!」と思ったことを起こらなくするための秘密道具を、ブロックとアルミホイルで制作してもらうといった方法を採用した。それらの考察を通じ、子どもたちは普段、どんな人とどんな付き合いをしているのか、発話をもとに、関係性や心の距離感を整理し、さらに子どもたちの行動原理を類型化することで、子どもの日常の行動や思考のベースとなっている価値観を可視化することができた。

 他にもワークショップを通じて、規制の対象としている事業者などプライバシーに影響を与える「社会全体との関係」は全く関心事になっていない点、オンラインゲームが小学生にとって欠かせない社交の場でありプライバシーの検討にも影響が大きい点、「忘れられる権利」に通じる感性や情報開示を積極的にとらえる思考など大人と変わらない多様な価値観が存在する点など、重要な気づきを得られた。いずれにせよ、「プライバシーは守るもの、子どもは保護するもの」とパターナリスティックに議論を進めることは、ともすると子どもたちの重要な側面をふさいでしまうリスクがあることを再認識できた。

 このワークショップは「協創DXにおけるイノベーションとプライバシーの両立」でも紹介した、プライバシー問題をテーマとした武蔵野美術大学との共同研究の延長として実施した。前回は、トランジションデザインとスペキュラティヴ・デザインの手法を用いて、正解のないプライバシー問題に対し過去からの価値観の遷移をとらえ未来の姿を思索し、アート作品として社会に課題提起する取り組みを行った。子どもの権利とデジタルに関わる国際的な議論、子どもの個人情報に関する法改正の議論の状況、さらには実施したワークショップから得た新たな気づきを踏まえ、今年度は、「子プライバシーの未来と子ども」をテーマにアートの手法も取り入れながら共同研究を継続する予定である。

 日本総研は以上のような取り組みを一例として、子どもの権利、プライバシーというデジタル社会にとって重要かつ不可欠なテーマに積極的に取り組んでいく所存である。

(※1) 個人情報保護委員会(令和7年3月5日)「個人情報保護法の制度的課題に対する考え方について」P4。なお本稿では表記を「子ども」に統一している。


本コラムは「創発 Mail Magazine」で配信したものです。メルマガの登録はこちらから 創発 Mail Magazine

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。

経営コラム
経営コラム一覧
オピニオン
日本総研ニュースレター
先端技術リサーチ
カテゴリー別

業務別

産業別


YouTube

レポートに関する
お問い合わせ