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関税交渉に潜むグローバリズムの修正

2025年05月27日 瀧口信一郎


 最近ふと20年以上前のある人の言葉を思い出した。1999年から2001年にかけてのアメリカ留学で、話す英語が全く通じなかった際に私が受けた、発音のレッスンの先生の言葉である。大学の掲示板で見つけたパートタイムの先生で、英語が母国語でない海外留学生の苦労を理解し、親身になってサポートしてくれる、初老の聡明で落ち着いた女性だった。普段は「アメリカ的な発音」を全面に押し出して教えてくれたが、ある時、私が「アメリカ的なグローバル自由市場が世界の主流になる」という趣旨の発言をしたところ、その先生が「グローバル自由市場は人々の生活を破壊し、一部の金持ちだけを利する」と激しく反発したのである。
 私はレッスンを忘れて熱く主張する姿を見ながら困惑した。IT産業の成長でアメリカの景気も良く、海外への批判も多くない時代だった。日本でも、フリー(市場原理による自由で)、フェア(ルールの透明性の高い)、グローバル(万国共通の)市場を目指した1996年の金融ビッグバン(金融自由化)を始め、アメリカ発のグローバル自由市場のコンセプトは、対応せざるを得ない黒船と恐れる声はあったものの、人々の暮らしへの影響まで論じる声は少なかったように思う。当時、テキサス州のエンロン社が日本に対して電力市場の開放を求めており、グローバル市場の時代に備えて会社を辞めてテキサス大学のビジネススクールに留学するぐらいだから、私もグローバル自由市場を作ることは必要と捉えていた。

 世界的に注目度が高まっているトランプ関税についてみていこう。昨今、トランプ関税に対して、中国のみならずカナダ、オーストラリア、欧州の国々など世界中で批判が巻き起こっている。日本国内でも、TPP(環太平洋パートナーシップ協定)交渉の時のように、アメリカに代わって日本が自由貿易を牽引すべきとの発言も聞かれる。現実的に、海外の資源や製品を多く輸入し、輸出や海外からの投資により経済的な恩恵をうける現状で、自由貿易は日本経済の生命線である。個別製品の関税率が具体化したことで混乱が生じ、対応を余儀なくされる中、自分勝手なトランプ大統領のやり方に日本でも憤りは増すだろう。

 しかし、国境を越えたヒト・モノ・カネ・情報の自由な移動を推進する思想や政策であるグローバリズムは国内の人々の生活を脅かすのも事実である。グローバル自由市場の拡大により、支配的地位を得る企業や超富裕層に富が集中した。結果として、富の再分配に消極的なアメリカで、格差が拡大し、生活の苦しさから麻薬に手を出す多くの貧困層が増加する現状を見れば、「発音の先生の予言」は当たっていたように思う。アメリカ国内でトランプ大統領に支持が集まるのも、グローバリズムに起因する問題を解消しようとしているからだろう。トランプ関税は前回の2016-2019年の任期中にも実行され、ミシガン州、ウィスコンシン州、オハイオ州、ペンシルバニア州などのラストベルト地帯の雇用者数はコロナ前までは増加していた。ラストベルト地帯の雇用を増やすという公約を達成したのである。この第1期の成功を踏まえ、トランプ大統領は多少の軌道修正はしても、それを止めることはないだろう。

 アメリカ対日本の関税交渉は表面的なもので、本質的にはグローバリズム修正にどう対応するかが問われている。グローバル自由市場を目指す機運は停滞し、新たな市場構造への模索が始まっている。アメリカ第一主義の観点では、トランプ関税は1980年代の日米貿易摩擦と似通っているが、関税を下げて自由市場推進を掲げた日米貿易摩擦と、関税上げて国内市場を活性化しようというトランプ関税は似て非なるものである。

 日本でもグローバル自由市場の恩恵を受けた人ばかりではない。工場の閉鎖や海外移転で経済的なダメージを受けた地域も多い。グローバリズムへの反動で危険なナショナリズムに走るのは論外だが、グローバル自由市場で弱った地域を再興する動きはあって良いと思う。アメリカ衰退の象徴であるラストベルト地帯への対策のように、「地域単位の自律的な産業構造」を取り戻すローカリズムに焦点を当てることは必要ではないか。
 地域からボトムアップで経済構造を作り直すことは、今の日本に必要である。なぜなら都市への過度な集中を是正し、地方の持続的発展と国全体の経済安全保障の基盤となるからである。
 詳細な議論は別の機会に譲るが、エネルギーを専門とする立場からは「産業とエネルギーを地域単位で連携する仕組み」が有効であると考えている(※)。地域資源を活用したエネルギーが生み出す巨大なお金の流れを地域に引き込めば、新たな地域産業の芽を育てることができるからである。

(※) 瀧口信一郎「電力消費推計から考える将来の社会像 -多極型社会にむけて地域分散型電力システムの構築を-」 JRIレビュー、2024 Vol.4, No.122


本コラムは「創発 Mail Magazine」で配信したものです。メルマガの登録はこちらから 創発 Mail Magazine

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。

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