現行の設計基準に基づき要求される耐震性能を満足している住宅の比率である「耐震化率」は、2023年時点において約90%となっている。国土交通省は2030年を目途に、残り約10%の約570万戸の住宅についても未耐震の状況を「おおむね改善」することを目標に掲げており、地方自治体や業界団体と連携しながら、啓発活動や補助金等の支援制度構築に取り組んでいる。
ただし、現状でもなお耐震化されていない住宅の住民(以下、「ユーザー」と記載する)の多くは、高齢者世帯や低所得世帯とされており、耐震化のための工事に費用を投じることが期待しにくい。これらの「残り10%」の住宅の耐震化を達成するには、従来の施策に加えて、ユーザーにとっての地震対策のハードルをさらに下げるための“+α”の支援が必要となろう。
多くのユーザーにとって住宅の地震対策は「お金がかかる、面倒なこと」である。内閣府の調査(※)によれば、耐震補強工事の実施予定がない主な理由として「お金がかかる」「必要性や効果を実感できない」「どうやって着手・施工したらよいかわからない」といった項目が挙げられている。地震対策に無関心なユーザーにとっては、①地震対策に関心を持ち行動を始めるまでの段階、②行動を始めて地震対策のプロセスを具体的に進める段階、のそれぞれに課題がある。筆者は①の段階の課題に関して、ユーザーの住宅において想定される被災状況の可視化による危機感の醸成や、地震対策の実施を金銭的なメリットに転嫁する仕組みの構築が効果的であると考えている(詳しくは「地震被害が“生じなかった理由”~その可視化による住宅の地震対策の促進~」、「防災=”支出”から防災=“投資”への変革を」を参照されたい)。一方で、「どうやって着手・施工したらよいかわからない」というユーザーが多いことからも、②の段階で行動し始めたユーザーを①の段階に戻さずに地震対策完了まで導くという視点も重要である。本稿では、②の段階に焦点を当て、ユーザーに対してどのような支援がなされるべきかを述べたい。
地震対策を行うユーザーは、住宅の耐震診断(耐震性能評価)、その結果に基づく対策要否の判断、対策方法の選定、費用の準備、工事の発注等の様々なプロセスを経る必要がある。必ずしも専門的な知識やノウハウを有していないユーザーにとって、ここでは大きく2つの課題があると考えられる。
第一の課題として、プロセスごとに求められる専門知識や技術が異なるため、相談先も異なる場合が多く心理的な負担が大きいことが挙げられる。大手の住宅メーカーでは一貫した支援体制を整えている場合もあるが、小規模な事業者によって建てられた多くの住宅の場合、必ずしもそのような体制が整っているわけではない。
第二の課題として、対策方法を選定する段階で単一の事業者のみに相談した場合、基本的にその事業者から提供される、限られた情報に基づき対策方法を選定せざるを得ないことが挙げられる。事業者としては、基本的に自社で保有している商品に限定して提案をすることになるため、他社が有している商品の方がニーズにより合致しているというケースが考えられる。
第一の課題に関しては、ユーザーにとっての相談先が統一され、かつ各プロセスにおいて専門家からそのユーザーの要望や住宅の劣化状況に応じたきめ細やかな情報・サービスが提供されることが望ましい。また、その際には耐震診断で得られたデータがその後の各プロセスにおいてどのように活かされているかをユーザーに共有し、対策方法の選定などに活用することで、各プロセス同士のつながりを可視化することがユーザーにとっての安心感の醸成につながると考えられる。
第二の課題に関しては、事業者同士が連携して、ユーザーに対してより幅広い商品ラインナップを横断的に提供できる体制が構築されることが望ましい。住宅の耐震性能と適切な地震対策方法は一軒ごとに異なるため、世の中にある多くの地震対策方法の中から、最適な方法を選定するか、複数の方法を組み合わせることにより、ユーザーのニーズに合致した最適な地震対策を行えることが理想である。多くの事業者にとって、競合他社と自社の商品や技術を組み合わせることは、知財の保護やノウハウの開示等に関してハードルが高いと考えられるが、一方で自社の商品をより広範なニーズに適合させることが可能になる機会とも捉えられる。
このように、「残り10%」の住宅の耐震化、いわば“最後の一押し”の達成のためには、「地震対策の各プロセスを横断した支援」「事業者同士が連携し、より多くの商品や情報を横断的に提供する支援」という、2つの意味での横断的支援が効果的であると考える。その具体化の方法として、民間事業者が連携し、ユーザーの行動を促す段階から地震対策完了に至るまでワンストップの支援を提供できるプラットフォームを提案したい。地震対策に資する技術や商品を有する様々な事業者が、ユーザーの要望や住宅の劣化状況に合う商品や情報を提供することにより、ユーザーにとっての地震対策の心理的課題や金銭的課題を同時に解消することが期待できるプラットフォームを構想しているが、その詳細については、また別の機会に述べたい。
(※)内閣府政府広報室、『地震防災対策に関する特別世論調査』の概要

2007年11月(地震防災対策に関する特別世論調査(平成19年10月調査) | 世論調査 | 内閣府)

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