オピニオン
防災=”支出”から防災=“投資”への変革を
2024年09月10日 籾山嵩
前職で土木技術者として働いていた時、痛切に感じたのが、多くの地方自治体や地域住民にとって防災費用を捻出することがいかに難しいかということだった。近年の地震・豪雨を中心とする災害の激甚化に伴い、インフラ構造物や住宅に求められる防災性能が高まっている一方で、防災予算の一般会計予算に占める割合は低下傾向にある。このような厳しい状況下では災害対策を実施することができる場所や構造物が限られるため、行政では災害種別に応じたモニタリング技術(例えば土砂崩れに対する地表面変位センサの適用など)や被災履歴データなどを活用しながらその優先度を判断しているのが実状である。ハード面での防災技術の水準は年々進歩しているが、このような防災を取り巻く費用に関する考え方が大きく変わらない限り、今後も地震や豪雨による被害が生じるたびに、「災害対策が間に合わなかった」という後悔が各地で繰り返されるだろう。本論では、住宅の防災を例に、防災に投じられる予算を社会全体でどう確保していくべきかを論じたい。
防災費用の捻出が難しい根本的な原因は、税金であるか否かを問わず、「防災=支出(コスト)」と捉えられることにある。つまり、防災に充てることができる予算の枠が先に決まり、それをどう配分するかという視点でしか考えられない点に問題があると考えられる。耐震補強など、住宅の防災への支出は、多くの場合、最低限の防災性能を住宅に備えるための義務と捉えられることが多く、支出に対しての見返りが積極的に期待されるものではない。しかし、視点を変えて、防災を「マイナスからゼロへ」、つまり最低限の性能を備えるための“支出”ではなく、「マイナスからプラスへ」、つまり将来にわたっての付加価値を住宅に加えることによる“投資”に変化させることで、民間資金や個人資産を防災に投じるためのきっかけを創れると考える。そのハードルは決して低くはないが、例えば、かつての環境活動についても同様の構図が存在していた。サステナビリティに貢献する企業活動は、現在でこそ企業価値を高める重要な取り組みであり、投資を企業に呼び込むという側面があるが、かつては “支出”とみなされるものだった。防災についても同様に、防災に費用を投じることで新しい価値を生み出すことにより、さらに新たな投資を呼び込むような仕組みができれば、そのお金は“支出”ではなく“投資”となる。
そのような変革を生み出すための考え方として、「時間的視点」「空間的視点」に基づく住宅の価値の見直しを提案したい。ここでいう時間的視点というのは、単に設計上要求される最低限の防災性能を住宅に付与するという短期的、近視眼的な対応だけで済ませるのではなく、将来的な災害の激甚化に伴い想定される要求性能の増加や、時間経過に伴う各種劣化要因を考慮した劣化予測を踏まえて、予防保全的な対応を長期間にわたって行い、そこで発生した付加価値を起点に投資を呼び込むという視点である。その付加価値を定量化するためには、住宅の防災性能の正確な劣化予測を行うことが技術的な課題となる。空間的視点とは、住宅が一つの空間に集まることによって初めて生まれる“街並み”の景観や都市機能の価値を可視化して、その価値に対する投資を呼び込むという視点である。例えば、一部の地域ではクラウドファンディングやふるさと納税を活用して過疎化防止や空き家対策などが推進されているが、同様のスキームを通じて調達した資金を防災に充てるという施策が考えられる。住宅が集まることでいわゆる二次災害が発生するリスクも高まるが、その対策に必要とされる費用を特定の事業者や個人が負担するのは困難であることから、地域全体でこのような動きを進め、防災のための費用を確保することが望ましい。このように、防災を通じて住宅に付加価値を加えることができると、例えば観光事業者など、従来の防災の枠組みでは想定されにくかったステークホルダーの関心を高めることも可能になると考えられる。
「予算がないから災害対策が間に合わない」という問題の根本的な解決を図るためには、限られた予算制約の下で防災活動を進めることの限界を今一度認識し、防災=“支出”という従来の考え方から、防災=“投資”という新たな考え方への脱却を図ることが必要である。
※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。