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地震被害が“生じなかった理由”~その可視化による住宅の地震対策の促進~

2024年03月12日 籾山嵩


 2024年1月1日に、石川県能登地方でマグニチュード7.6、志賀町及び輪島市では震度7を記録する大規模な地震(令和6年能登半島地震)が発生し、甚大な被害が生じた。2024年2月28日時点で、死者は200名を超え、住宅については全壊7,737棟、半壊12,681棟の被害が確認されている(※1)。一刻も早い被災地の復旧と、被災者にとっての安全・安心な暮らしの確保が望まれる。
 令和6年能登半島地震の特徴として、多くの日本家屋を中心に既存不適格建築物(※2)において被害が顕在化したことが挙げられる。現行の要求耐震性能を満足する住宅の比率は珠洲市で約51%、輪島市で約46%であり、全国平均の約87%を大きく下回っていたことが被害の拡大を招いたとされている(※3)。既存不適格建築物の問題は平成28年(2016年)熊本地震においても指摘された。それ以降も、南海トラフ地震での被災が想定される地域等を除き、必ずしも全国的には防災投資が進まず、そのリスクが認識されていながら今回の地震でも被害を十分に抑制することができなかった。
 既存不適格建築物を含む住宅の地震対策が進まない理由として、一般的に予算不足や建物の管理者・家主の防災意識の低さなどが挙げられる。ただ加えて、隠れた原因には「地震対策により被害を効果的に抑制できた時ほど、対策の効果が見えにくくなる」というジレンマがあるのではないだろうか。例えば、耐震補強が施されたビルに地震被害が生じなかった場合、耐震補強を施したから被害が生じなかったのか、未補強のままであったとしても被害が生じなかったのかは簡単には分からない。したがって、建物の管理者や家主にとって、「地震対策をして良かった」と感じられる機会は稀であり、こうした予想心理が地震対策に費用を投じるインセンティブを低下させていると考えられる。そこで、地震被害が発生しない(しなかった)理由をあえて分析して地震対策の効果を可視化することが、地震対策を促進するきっかけになるのではないか。

 住宅の地震対策を促進するためには、①地震対策の効果を客観的・技術的な根拠に基づき可視化すること、②建物の管理者や家主が、想定される被害に基づき必要なサービスを受けられる環境を整備すること、が効果的である。
 ①に関して、従来、ある建物に地震被害が生じるかを評価するには、FEA(有限要素解析)に代表される解析技術を用いて、地震対策をした場合とそうでない場合を比較検証する必要があった。この方法には専門的な技術が必要であることに加えて、構造物に使用されている建設材料の材料特性や劣化状態、地盤強度等に関する詳細なデータが必要であるため、一つ一つの住宅に適用することは現実的でない。しかし、近年は3D計測技術を用いた短時間での構造物のモデリング技術やAIを用いた簡易的な住宅の耐震性能評価技術等の開発が進められており、これらの技術を組み合わせることで従来よりも簡易的に地震対策の効果を評価できる環境が整いつつある。地震対策をした場合としなかった場合の被害想定が可視化されれば、建物の管理者や家主は、地震対策の要否を漠然とした心理的不安からではなく客観的・技術的な根拠に基づいて判断することができる。
 ②に関しては、必ずしも技術的な知見を有しているわけではない建物の管理者や家主が、個々の住宅で想定される被害の内容に応じてカスタマイズされたサービスを受けられる仕組みの構築が望まれる。一例として、①で述べたような技術を用いた耐震性能診断のプラットフォームを構築し、診断サービスを利用する建物の管理者・家主と、診断結果に基づく効果的な地震対策技術の提案や割安な地震保険サービスの提供等を行うような企業とのマッチングの場として活用することが考えられる。プラットフォームに多くの企業や行政主体が集い、過去の被災事例データや地盤調査データ等の技術情報を共有できる環境が整備されれば、それらのデータを活用した診断精度の向上など、新たなメリットが創出される可能性もある。

 従来、地震対策技術や耐震設計法は、大規模な地震による建物や土構造物の被災事例の分析に基づき構築されてきた。土木・建築技術者達は、時に“後追いの姿勢”と批判されながらも、地震被害が発生するたびにそれを教訓として地道に技術を蓄積し、我が国における地震被害の低減に大きな成果をもたらしてきた。しかし、地震発生時に「この建物は壊れませんでした」というニュースが流れることはないため、地震対策技術や耐震設計による被害の抑制効果が優れていればいるほど、その価値が世の中からより見えにくくなるというジレンマもあった。地震対策の効果の可視化を通じてこのジレンマを解消することが、将来的な地震被害の低減につながるのではないだろうか。

(※1) 内閣府「令和6年能登半島地震に係る被害状況等について」、令和6年2月28日
(※2) 建設当時は適法であったものの、法令等の改正に伴い適法でなくなった建築物を指す。
(※3) 時事通信ニュース「住宅耐震化、急ぐ自治体=改修促進へ相談会、補助拡充も」、2024年1月31日


※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません
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