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人口減少・単身化社会における生活の質(QOL)と死の質(QODD)の担保に関する調査研究事業

2023年07月31日 沢村香苗辻本まりえ岡元真希子


*本事業は、令和4年度老人保健事業推進費等補助金 老人保健健康増進等事業として実施したものです。

■本稿は令和4年度に実施した調査研究事業の概要と成果をまとめたものです。

1.事業の目的
 令和2年版厚生労働白書は、「平成の30年間と2040年にかけての社会の変容」と題した章において「縮小する地域社会」「縮小する世帯・家族」「暮らしの中の人とのつながり・支え合いの変容」の3つの節を割いて、個人を取り巻く状況の変化を記述している。
 縮小する地域社会とは、市区町村の小規模化を指す。2040年には人口5千人未満の市区町村が4分の1を占めると見込まれており、地域における産業や公共サービスの維持が難しくなることが懸念されている。
 縮小する世帯・家族とは、1世帯あたりの人員の減少を指す。1世帯あたりの人員は平成27(2015)年の2.33人から2040年には2.08人にまで減少すると推計されている。また、単独世帯や2人世帯の割合が増加している。
 特に、世帯主の年齢が65歳以上の世帯では単独世帯が増えており、2040年には約900万世帯に達し、夫婦のみ世帯を上回ると推計されている。さらに、高齢単独世帯に占める男性の割合が増加することや、未婚者の割合が増加することが見込まれている。
 人とのつながり・支え合いについては、高齢単独世帯における日常的な会話の頻度の低さや、特に男性単独世帯における頼れる人の少なさが指摘されている。また子・孫がいる場合でも、同居のような近い関係性ではなく、時々会う関係性を好む傾向が強まっている。家族以外とのつながりについては、平成元(1989)年と令和元(2019)年を比較すると、親戚・職場の同僚・隣近所の人のいずれとも、形式的な付き合いを望ましいとする人の割合が増加している。
 これらのデータや推計が示すとおり、高齢期に個人を支援しうる「身寄り・親族」は減少の一途であるうえ、身寄り・親族との関係はかつてよりお互いの距離を保ったものに変わりつつある。同時に地域との関係も薄くなっており、自治体は規模が縮小していく。身寄り・親族に頼れないというだけでなく、地域や公共サービスもこれまでと同じような形での「受け皿」になることは困難であることを前提として、どのように高齢期の意思決定を支援・実行するかを検討する必要がある。
 これまでの調査研究を踏まえて、高齢期に個人が直面しうる課題を模式化したものが以下である。

図表1 高齢期の課題解決の場面
(資料)日本総合研究所作成

 自立した生活を営んでいる間は新たな課題は起こらないが、何らかの心身機能の低下によって新たな課題が生じる。心身機能が低下したり、時には意思表示ができないとか、死亡している状況で、介護保険サービスの利用や重大な医療処置、介護施設への入所、終末期医療、死後事務といった重大な課題を解決しなければならないという矛盾が生じる。これまでは親族が本人の代わりに課題解決をしてきたが、その役割を担う人が確保できない場合が増えており、これまでの調査研究事業で把握したような様々な問題が生じている。
 生前の生活の質(QOL)や死の質(QODD)を保つということは、状態に応じて常に何らかの意思決定を行い(日常的な買い物やサービス利用から、入所契約のような重大なものを含む)、その意思決定を実行するための契約や支払いを行い、さらに必要な事実行為を行うことの繰り返しである。特に居場所やサービスを変更する時の移行期には、意思決定の負荷が高まり、金銭管理や人手についても必要性が高まる。

図表2 高齢期に必要になること
(資料)日本総合研究所作成

 生前・死後の課題解決は本来私的な領域で行われてきたものであり、生前の心身のケアが介護保険によって社会化されたと考えられる。生前の心身のケア以外についても担い手が確保できなくなり、誰が何を行うのかを再考する必要性に迫られているのが現状である。
 まずは、自治体や社会福祉協議会といった公的な主体がどこまで関与できるかについての検討が必要と考えられる。本調査研究事業は、家族・親族が代理できないという前提で、高齢期の生活および死後の手続き的な課題を包括的に捉え、いつどのように個人が手立てを打つべきか、それについて自治体やその他の公的主体がどのような支援を提供すべきかについて明らかにすることを目的とした。

2.事業の主な内容
(1) 自治体の取り組みの調査

 終活関連支援の担い手が私的には得にくくなっていることについて、自治体にその役割を期待する住民は少なくない。多くの自治体においては従来の相談業務のなかで対応しているものと考えられるが、本調査では「事業」として特に取り組んでいる自治体に注目した。
 現在自治体が行っている終活関連支援事業の現状や課題について書面調査及び担当者のディスカッションによって把握し、今後自治体がどのような形で支援にあたることが可能かを検討した。
(2) 社会福祉協議会の取り組みの調査
 社会福祉協議会は従来、日常生活自立支援事業や成年後見制度といった権利擁護事業、介護保険サービス事業に多く携わっている。これらは生前から死後にかけての意思決定支援や、決定したことが実行に移されるための支援に親和性が高く、実際に死後事務委任や身元保証事業を展開する例があるため、自治体と同様に書面調査及び担当者のディスカッションによって現状や課題を把握し、今後の役割について検討した。
(3) 自主的団体の取り組みの調査
 自治体や社会福祉協議会といった公的な主体の今後の関与のあり方を考える上で、現在いわゆる「身寄りなし問題」として、身近な親族に支援を得られない人への支援に取り組んでいる自主的な団体からの意見を聞いた。
(4) 将来の備え(終活)をおこなうことに関する住民の意識調査
 今後、終活関連支援事業を行う場合その対象となる住民の積極性やそれに関連する要因を知ることは、はたらきかけをする際に非常に重要である。そこで、50歳以上85歳未満の一般住民を対象としてアンケートを実施した。
 東京都稲城市及び神奈川県横須賀市の協力の下、住民基本台帳より調査対象者を各市3,500人抽出した。対象は50歳以上85歳未満、男女同数とした。65歳以上については要介護認定を受けていない高齢者に加え、要介護1または2の認定者も含めた。なお、要支援1ならびに2の認定を受けている人は別の調査との重複を避けるため、要介護3以上については本人自身による回答が難しい可能性が高いため、対象に含めなかった。全体の回答率は35.9%(2512人)で、要介護認定ありの対象者では27.8%(698人)、要介護認定なしの対象者は36.8%(2318人)だった。
 (調査内容)
 ●基本属性(年齢、性別、婚姻、子の有無、世帯の人数、同居者、出身、就労、経済的な暮らし向き、住居)
 ●健康状態(主観的健康、介護・介助の必要性、1年以内の健康状態の変化(自分・家族など身近な人)、
  かかりつけの医療機関の有無、健康づくり・介護予防への取り組み)
 ●人づきあいや外出(外出頻度、人づきあい、日常生活の情報源)
 ●将来の備えの現状(支援や代行の依頼)
 ●将来の備えをする際に望むこと(備えておくことへの意向、備える際に難しい点、備える際に重視する点、
  備える際に助けてほしい人)

3.事業の主要な成果
(1) 自治体の取り組みの調査
 調査の結果、自治体の終活関連支援事業としては以下の3パターンがあった。

図表3 自治体の終活関連支援事業のパターン(調査時点)
 ①の葬儀死後事務委任契約型、②の情報登録伝達型とも、神奈川県横須賀市(以下、横須賀市とする)の事業を参考として導入されているものと考えられる。①の葬儀死後事務委任契約型は横須賀市における「エンディングプラン・サポート事業」、②の情報登録伝達型は「終活情報登録伝達事業」にあたる。
 ①の葬儀死後事務委任契約型は、自らの葬送や死亡届の提出を行う親族や同居者がいない人が、自治体と協定を結んだ協力葬祭事業者との生前契約を行い、葬祭事業者にその代金を予納する仕組みである。自治体はその死後事務委任契約を把握し、本人が亡くなった際に契約が実行されるよう情報伝達を行う(この事業の利用者であることを示すカードを発行する、本人が死亡した場合医療機関に契約している葬祭事業者名を伝えるなど)。また、生前には訪問や電話等で安否確認を行う。葬祭事業者が倒産などの事情によって契約を履行できない場合は、墓地埋葬法に則り自治体が火葬を行う(※1)が、その際には生前に把握した死後事務委任契約に基づいて、葬儀の方法や納骨先を可能な限り反映する。
 ②の情報登録伝達型は、認知症や意識障害、あるいは死亡のために、周囲が必要とする情報(緊急連絡先、医療に関する意向、遺言やエンディングノートの置き場所、寺や墓の場所など)を伝えられないことに備え、予め自治体がその情報を市民から預かり、特定の者からの照会に回答する仕組みである(※2)
 ③事業者提携型については、千葉県の二市はイオンライフ株式会社との協定によって、1)コールセンターを活用した終活の相談支援と情報提供、2)終活に関する普及啓発(講演会、シンポジウム開催)、3)職員への研修を行っている。大阪府堺市においては株式会社鎌倉新書と協定を締結し、千葉県の二市と同様の内容に加え、エンディングノートの制作支援を実施している。
(2) 社会福祉協議会の取り組みの調査
 社会福祉協議会が行う終活関連支援事業の多くは死後事務の受任を中心としている。特に死後の葬儀・火葬や、債務(利用していたサービスの費用)の支払い、自宅の残置物の撤去について、預託金をもって実施する内容が多い。これらを行える親族がおらず死後が不安という本人のニーズにこたえるほか、入院・入所する際の医療施設や介護施設の懸念(亡くなった後の遺体の引き取り手がいない、費用が未収となる)や、入居する際の大家の懸念(孤独死や死後の残置物処理)を払しょくすることによって、入院・入所・入居を断られることがないようにするという目的もある。実際に入院・入所・入居の保証人となるかどうかは社会福祉協議会によって異なるが、死後事務の受任を根拠に保証人に求められる機能を果たすことは同様である。
 これらの事業の利用者については、死後事務委任契約締結後は定期的な連絡や訪問を行い、安否確認や情報の更新を行うことが前提になっており、それを受け入れることを事業利用の要件としている場合もある。
 社会福祉協議会は日常生活自立支援事業や成年後見制度の活用促進等を行う中で、判断能力に問題がないためにこれらの制度の対象外になってしまう、生前の支援はできても死後の支援がしにくいといった周辺課題を把握する機会があると推測される。終活関連支援事業の利用にあたって任意後見契約の締結を必須としている社会福祉協議会もあるが、そうでない場合も、定期的な連絡の機会等に判断能力が低下していることを把握すれば、制度利用につなぐことが想定されている。つまり「制度の隙間」を埋めるための事業として、死後事務委任契約や入院・入所中の支援に踏み込むパターンが多いと考えられる。また、居住支援事業から発展している場合もある。高齢者を入居させる大家の懸念を払しょくするために、死後事務の確実な実施を担保する必要性が生じ、死後事務を受任する事業を始めるパターンである。
 死後事務を行うことをメインに訴求している事業と、生前の支援をメインに訴求している事業があるが、死後事務を確実に実施するためには生前の継続的な見守りや連絡が必要となり、死後事務を担保することで生前の保証人的機能も果たすことになる。また、生前の支援を行う上でも死後事務の担保は必要になることから、事業の中身に大きな違いはない。
(3) 自主的団体の取り組みの調査
(自由討論のため報告書本体を参照のこと)
(4) 将来の備え(終活)をおこなうことに関する住民の意識調査
 ①住民の取り組みの現状
 アンケートでは、介護や入院治療が必要になった場合に備えたり、亡くなった後のことに関して準備することが多い項目について、自分自身で行うことが難しくなったり手助けが必要になった時に備えて、誰かに支援や代行を依頼しているかを尋ねた。
 「具体的に頼んである」人が最も多かったのは「入院時の保証人・意思の説明の同席・付き添い」であり、次いで「入院費や家賃やその他のお金の支払いの手続き」、「亡くなった後の葬儀やお墓の手配」の順であった。逆に「頼む相手がいない・決めていない」人が多かったのは、「日常生活に必要なこと」「介護保険サービス選びや契約」「延命治療に関する考えを医師などに伝えること」であった。「特に、延命治療に関する考えを医師などに伝えること」については、ACPが推進されている中住民の取り組みは進んでいないことを示唆している。

図表4 将来の備えに関する依頼状況


 具体的に依頼してある度合いを「準備度」としてスコア化すると、準備度の低いグループほど、将来への備えについて「もう少し先でいい」と考えているほか、「何をしたらいいか分からない」と回答していた。一方、準備度が最も高いグループでは、するべきことが多すぎるという回答が47.8%にのぼった。

図表5 備える場合に難しい点(%)(再掲)


 未婚の人が「頼む相手がいない・決めていない」を多く選択し、死別の人で依頼が進んでいることは、男女で共通していた。一方離別の人については、男性で未婚の人と似た特徴があったのに対し、女性は死別の男性と似た特徴を示していた。

図表6 準備度(婚姻状況別)


4.今後の課題
 こ本調査研究の結果からは、高齢期に必要になる生前・死後の問題解決の支援(終活関連支援)について、自治体や社会福祉協議会の一部が取り組んでいるものの、対象者や支援の対象領域が限定されており、直接的な支援提供には限界があることがわかった。生活保護受給者・低所得者でない住民に対して、民間事業者が提供するサービス等を活用するための情報提供を行う自治体があり、これからもそういった事例は増加すると考えられるが、契約者が意思表明できなくなったり死亡した時の支援を提供するためのサービスであるという性質上、本人の状況の把握や、本人がいない状態での契約履行が求められることになり、契約者とサービス提供者に閉じた契約は双方にとってリスクがある。情報伝達登録型事業のような仕組みにより、本人や周囲が必要とする時に本人の状況や契約に関する情報が流通し、サービスが確実に提供されることを担保することが重要であり、自治体の今後の主要な役割になりうる。
 予め、自分の意思が表明できない状態になった時に備えておくことは、住民が主体的に関与しなければ困難である。住民の準備状態は、年齢や性別や婚姻状況によって異なっており、それを踏まえた働きかけを行う必要がある。

※詳細につきましては、下記の報告書本文をご参照ください。
人口減少・単身化社会における生活の質(QOL)と死の質(QODD)の担保に関する調査研究事業 報告書

<参考>
関連してホワイトペーパー「個・孤の時代の高齢期」を出しました。こちらもご参照ください。

(※1)横須賀市では、墓地埋葬法が適用されることを予防するための事業と位置付けている。
(※2) 固定電話の利用の減少により自治体が親族と連絡するのが難しくなったこと、個人に関する問い合わせが市役所に来ることを背景として立ち上げた事業である。

本件に関するお問い合わせ
創発戦略センター シニアスペシャリスト 沢村 香苗
TEL: 080-1090-0445   E-mail: sawamura.kanaeatjri.co.jp(メール送付の際はatを@と書き換えての発信をお願い致します)


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