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【人的資本経営】
【第6回】 人的資本経営概論 ~リスキリングに関する調査結果(前編)~

2023年02月28日 半田翔也、足立知美、宮下太陽


1.はじめに
 「シリーズ:人的資本経営概論」は、人的資本経営の基本的考え方を示し、その実践に向けて企業が取り組むべきポイントを体系的に提言することを目的とした連載です。第5回では、動的な人材ポートフォリオを構築していく上で重要な論点となる「企業文化」について、その概要と実務における活用方法を中心に解説しました。
 第6回と第7回では、昨今、国内外で注目されている「リスキリング」について、日本総研が独自に実施した調査結果に基づき、日本企業におけるリスキリングの実態、人事部門が取るべき施策について解説を行います。

2.リスキリングに関する調査概要
 本調査は、従業員のリスキリングの実施状況およびリスキリングを促進する要素を把握し、企業の施策検討に資することを目的に実施しました。調査概要は表1の通りです。本調査では、従業員規模300人以上の企業に勤める従業員3,000名を対象とし、ウェブアンケートを実施しました。アンケートでは、週の学習時間、学習内容、職場環境、人材育成制度、異動経験等に関してたずねました。また、「3~5年後の業務やキャリアにつながる学習に、直近数カ月において平均して週何時間取り組んでいますか」という設問を設け、1週間あたりの学習時間のデータを集めた上で、職場環境や個人の経験等との関連性を分析しました。なお、本調査において「学習」とは、業務時間内外を問わず、会社主導の学びと自主的な学びのいずれも含むものとして定義しています。



3.会社員のリスキリングの実態
 本調査を通じて明らかになった日本企業に勤める会社員のリスキリングの実態を紹介します。対象者3,000名のうち、週の学習時間が0時間と答えた人は56.4%にのぼり、半分以上の人が将来のための学習に全く取り組んでいない実態が明らかになりました。さらに年代別の学習時間の平均値は、20代から50代にかけて減少していく傾向が確認できました(図1)。特に、学習時間は50代で大きく減少しています。この点については、日本総研が別途実施したプロアクティブ行動調査でも同様の傾向が確認されています。プロアクティブ行動とは、「個人が積極的に周囲の環境に働きかけ、自身の将来の仕事やキャリアを作り上げていく行動全般」のことであり、先行研究をもとにプロアクティブ行動を形成する4つの行動(革新行動、外部ネットワーク探索行動、組織化行動、キャリア開発行動)を指標化しました。本調査とプロアクティブ行動調査の結果を踏まえると、日本の組織においては40代、50代の中高年が将来の仕事やキャリアに対して消極的になっている傾向があることが推察され、中高年社員の将来のキャリアにつながる学習へのモチベーションを引き上げていくことが、今後の組織マネジメントにとって重要な課題だと言えるでしょう。



 では、中高年を中心とした従業員の学習時間を増やすにはどのような視点が必要なのでしょうか。前年から学習時間が増えたと回答した人の理由を年代別に集計すると、どの年代においても「学ぶ目的ができたから」と回答した比率が最も多いことが分かります。その中でも40代、50代の中高年社員は60%以上の人が、学習時間が増加した理由として「学ぶ目的ができたから」と回答しており、他の年代より比率が高くなっています(表2)。この結果から、金銭的なインセンティブや社内での評価といった外発的動機付け以上に、自ら学ぶ目的を見つけるという内発的動機付けがリスキリングに必要であることが明らかになりました。 



4.リスキリングを促進する1on1のあり方
 次に、リスキリングを促進するための具体的な施策についての分析結果を紹介します。上司と部下間での1対1のコミュニケーション手法として近年注目されている「1on1ミーティング(以下1on1)」を適切に行うことがリスキリングの促進につながることが明らかになりました。ここでは、1on1を量と質の観点から捉え、1on1によるリスキリング促進の効果について解説を行います。
 まず量の観点ですが、1on1の頻度が多いほど、週平均学習時間は長くなります(図2)。特に、週1回以上の1on1を実施している人の学習時間が顕著に長いことが分かります。 



 次に1on1の質の面ですが、相談内容と1on1の相手の2つの観点から分析を行いました。前者について本調査では、上司との面談の際に相談している内容について質問しました。そして、それぞれの内容を相談している人とそうでない人で群を分け、週平均の学習時間を算出したものが表3です。「社内での将来のキャリア相談」、「社外も含めた将来のキャリア相談」を行っている人はそうでない人に比べて統計的に有意に学習時間が長いということが明らかになりました(有意水準5%)。 



 また、1on1の相手については、上司のみと1on1を行っている人より、「人事部」、「上司以外の相談役として会社が定めた人(キャリアカウンセラーやHRBP等)」、「以前の上司や先輩」など、上司以外の方と1on1を行っている人の方が、週平均学習時間が統計的に有意に長いことが明らかになりました(有意水準5%)(表4)。 



 ここまで量の観点として1on1の頻度、そして質の観点として1on1の相談内容と相談相手についての分析結果を紹介しました。これらの分析結果から、量と質の面で適切な1on1を実施すると、将来のための学習時間が増加する、つまりリスキリングが促進されると言えます。この現象の背景には以下の2段階のプロセスが内包されていると考えています。まず適切な1on1の実施によって将来のキャリアや業務についての解像度が高まり、自ら学ぶ目的を見つけるという内発的動機付けが行われます。そして内発的動機付けの結果として、学習時間が増加するという流れでリスキリングが促進されていると考えられます。この内発的動機付けと学習の関係は、心理学の領域を中心に研究が重ねられており、内発的動機付けが学習への意欲の1つになると整理されています(※1)。つまり、1on1を通して自ら発見した学ぶ目的が本人の学習意欲につながり、学習時間が増加したと考えられます。

5.まとめ
 ここまで紹介してきた調査結果を踏まえると、人事部門の役割は、1on1が量と質の観点から望ましい形で実施されるように企画、運用していくことにあると言えます。
 まず量の観点では、可能であれば週に1回以上、最低でも月1回以上の頻度で1on1が実施できるように人事部門が実施者双方をサポートしてくことが重要です。繁忙期に入ると、1on1のような活動は後回しにされがちですが、1回あたりの1on1の時間は短くても良いので、1on1の頻度を確保することが重要であることを周知し、習慣的に1on1が実施される環境づくりが求められます。
 次に質の観点では、人事部門として1on1を展開する際には、将来のキャリアについて部下が相談しやすい場づくりの必要性が示唆されます。例えば、1on1実施前に、部下が「5~10年後に実現したいキャリアのイメージやプラン」、「現状と理想のキャリアとのギャップや課題」等を記入するシートを作成し、それをもとに1on1でキャリアについて話すというような運用が考えられます。さらに、従業員の希望に応じて、直接の上司以外との1on1を申し込めるような仕組みを作ることもリスキリングの促進には有効と考えます。また、従業員のキャリア相談等に応じるカウンセラーの役割を社内に設け、上司とは異なる視点からアドバイスをするという施策なども考えられます。
 前編ではリスキリングと1on1の関係について解説しました。後編では、ビジョン・理念・パーパスとリスキリングの関係性について、調査結果を踏まえた示唆を紹介します。

【参考文献】
(※1):鹿毛雅治. (1995). 内発的動機づけと学習意欲の発達. 心理学評論, 38(2), 157.

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。

■[動画] リスキリングの実態・ポイント解説(前編)
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