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【人的資本経営】
【第2回】 人的資本経営概論 ~経営戦略と人材戦略の連動~

2022年06月14日 下野雄介宮下太陽


1.はじめに
 「シリーズ:人的資本経営」は、人的資本経営の基本的考え方を示し、その実践に向けて企業が取り組むべきポイントを体系的に提言することを目的とした連載である。第1回では人的資本経営が求められる背景、従来の経営スタイルと人的資本経営の違い、そして経済産業省が2020年9月に公表した「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書〜人材版伊藤レポート〜」(以下『人材版伊藤レポート』)において、「人的資本経営のあるべき人材戦略を特徴づけるもの」として掲げられている3P・5Fモデルの要素とその内容等、人的資本経営の概要について解説した。
 第2回以降は、3P・5Fモデルで整理される、一つひとつの視点、要素を対象に、それらが必要とされる背景や従来の視点・要素との違いについて解説していく。本稿では、その一つ目の要素であり、人的資本経営の第一歩でもある「経営戦略と人材戦略の連動」について解説する。

2.経営戦略と人材戦略の連動~よくある誤解
 「経営戦略と人材戦略の連動」というキーワードは、目新しいトピックではないと捉えられる向きも少なくないであろう。確かに、一般的な企業において、人事制度の設計や改善、人件費の総額管理、昇格・降格や人事評価の決定、新卒・中途採用の計画などは経営陣の意思決定事項であるケースが多く、経営と人事の連携が日常的に行われている事は間違いではない。では、なぜ『人材版伊藤レポート』において、「経営戦略と人材戦略の連動」が重要な要素として掲げられているのであろうか。
 2010年代から急速に経営戦略の領域でVUCA(※1)という言葉が使われるようになった。VUCAの時代においては、企業がいや応なく大幅な戦略転換を余儀なくされる中、「同じ顧客や市場に、同じ経営基盤を通じ、同じ付加価値を提供する」という経営戦略を打ち出している企業は稀であり、経営戦略の中に、新たなビジネスモデルや新規事業、経営基盤のトランスフォーメーションなど、非連続な変化を取り入れている企業が大勢を占めるのではないだろうか。一方でこれまでの人材戦略はと言えば、安定的な経営環境を前提として、企業ごとに最適化された効率的で集団的な人材管理を志向していたといえる。



 このように、変化への対応力を重視する経営戦略と、過去の経営環境を前提とした人材戦略との間には当然隔たりが発生し、「戦略上必要な人材が手当されず経営戦略や事業戦略が遂行されない」という事態に陥ることになる。経営戦略と人材戦略の間で、必要な人材像やその数、そして時間軸が擦り合わないという事象が発生するのである。このような現状を鑑み、『人材版伊藤レポート』では、これからの人材戦略は「経営理念や経営戦略・事業戦略の遂行にとって必要な人材を”柔軟に”確保育成する」ものであるべきと提言している。

3.経営戦略と人材戦略の連動 ~実践のイメージ
 では、経営戦略と人材戦略の連動をどう進めるべきか。『人材版伊藤レポート』では、経営陣が主体となり、「①企業理念、企業の存在意義(パーパス)の明確化」、「②経営戦略における達成すべき目標の明確化」、「③経営戦略上重要な人材アジェンダの特定」、「④目指すべき将来の姿(To be)に関する定量的な KPI(※2)の設定」という、4つの取り組みを推進することが必要であるとしている。
 まず、「①企業理念、企業の存在意義(パーパス)の明確化」について解説する。パーパスにはさまざまな定義があるが、本稿では「社会の中での自社の存在意義を可視化したもの」と定義する。パーパスはビジョンやミッション、バリューに比べ、利他ないし社会課題にどう寄り添うかという視点で語られ、表現される点が特徴である。企業である以上、これからの時代においても組織力を発揮するために求心力は必要不可欠であるが、非連続な経営環境や人材・働き方・価値観の多様化などを鑑みれば終身雇用による求心力形成はもはや現実的ではない。パーパスはこれからの時代における、「多様な人材を惹きつける求心力」として期待されているということである。日本総研のパーパス策定の経緯を参考まで提示しておきたい。
 次に「②経営戦略における達成すべき目標の明確化」、「③経営戦略上重要な人材アジェンダの特定」、「④目指すべき将来の姿(To be)に関する定量的な KPI の設定」を、一連の流れとして説明したい。
 「②経営戦略における達成すべき目標の明確化」実践のポイントは、経営戦略を立てる際に、人材像への展開を意識し、最低限「いつまで」に「何を」「どの程度」達成するかといった具体的な目標レベルまで設定することである。経営戦略と人材戦略が連動していない状況において、人材戦略側にのみ問題があるかの如く解されることも多いが、実は経営戦略側に問題があることも多い。「DXによるビジネストランスフォーメーションの推進」といった方針レベルで経営戦略が完結しており、具体的な戦略展開が曖昧な場合、必要な経営資源を類推できないという点に留意しなければならないであろう。
 次に「③経営戦略上の重要な人材アジェンダの特定」であるが、ここでは、「どのような人材がどの程度必要か」について端的にアジェンダとして設定し、取締役会の議題として常に掲題されなければならない。人材は経営戦略遂行の重要なドライバーであるにも関わらず、人材アジェンダが経営陣で議論されることはまれではないだろうか。近年、コーポレートガバナンスコードの要請に代表されるように、取締役会を「議論し、意思決定する場」にしていく動きが活発化している。経営の成否を左右する人的資本を、取締役会や経営会議のアジェンダとして設定することにより、人材戦略の策定と管理に経営陣がコミットすることが求められているのである。
 最後に、「④目指すべき将来の姿(To be)に関する定量的な KPI の設定」である。ポイントは、アジェンダに沿った形で「いつまでに」「どの程度」達成すべきかを、「誰が見てもわかるよう」指標化することである。従来のように人件費等の財務指標・結果指標にとどまらず、人材の確保育成が進んでいるかという観点でマイルストーンとしてのKPI(Key Performance Indicator:重要業績評価指標)を設定できているかが重要なポイントであろう。誰が見てもわかる、共通のコミュニケーション基盤を整備し、人材の確保育成状況の巧拙に関する認識を合わせた上で、対処を議論することが求められている。
 ここまで「②経営戦略における達成すべき目標の明確化」から「④目指すべき将来の姿(To be)に関する定量的な KPI の設定」まで、求められるレベル感を中心に解説してきた。経営戦略と人材戦略の連動にあたってのポイントは、経営陣の積極的な関与と徹底した指標化であることが理解頂けたのではないだろうか。記述レベルは企業によって異なるが、「経営戦略と人材戦略の連動」の具体的イメージを掲載するので参考にしてほしい。



(※1) Volatility(変動性)・Uncertainty(不確実性)・Complexity(複雑性)・Ambiguity(曖昧性)の頭文字を取った略語であり、「あらゆるものを取り巻く環境が目まぐるしく変化し、将来の予測が困難な状態」と定義される。
(※2) 本稿におけるKPIは「③経営戦略上重要な人材アジェンダの特定」に沿って設定される、「人的資本に関するKPI」である点にご留意頂きたい。
以 上

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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