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第3回 ラウンドテーブル 政策課題に対する国民的理解・関心の醸成

2022年05月19日 持続可能で質の高い医療提供体制構築に向けた研究チーム


第3回ラウンドテーブル 実施レポート
第3回ラウンドテーブル 当日資料

2021年に3つの柱からなる政策提言を公開

 株式会社日本総合研究所 持続可能で質の高い医療提供体制構築に向けた研究チーム(以下「本研究チーム」)は2021年5月に中立的視点から「持続可能で質の高い医療提供体制構築に関する提言」と題した政策提言 を公開しました。
 わが国の医療制度は、国民の健康に大きく寄与している一方、少子高齢化、増え続ける財政負担などの諸課題に対する改革の必要性が訴えられてきたところです。新型コロナウイルス感染症拡大で、国民の関心が高まっている今こそ、将来世代も含めた国民が安心でき、持続可能で質が高い医療提供体制を構築するための国民的な議論を行い、必要な改革を速やかに実行することが必要です。しかし、これまでの日本の医療制度改革に関する議論は専門的であり、「社会的ニーズの最も高い医療資源を、将来のあるべき医療提供体制の姿を起点として、どこにどのように配分し、どう国民が負担すべきなのか」という、国民視点で分かりやすい議論が欠けていると考えます。
 そこで、本研究チームでは、あるべき医療提供体制の将来像を示し、その実現に向け、特に重要な論点を示し、この議論が、国民視点でさらに加速すべく貢献したいと考えています。
 我々は、持続可能で質の高い医療提供体制の構築に向けて、あるべき姿として、「国民の一生涯の健康を地域多職種連携で診ることができる持続可能な医療提供体制」を示し、その実現に向けた重要な論点として「給付と負担の均衡性の確保」「プライマリ・ケアチーム体制の構築」「価値に基づく医療の実装」の3点を示しました。そして、これらの論点を個別に議論するのではなく、包括的に議論している点が、この提言の特徴でもあります。
 参考:持続可能で質の高い医療提供体制構築に関する提言
    持続可能で質の高い医療提供体制構築に関する提言【追加資料】

課題の議論を前に進めるための新たな会議体を設置 

 2021年5月に提言を発表して以来、我々はさまざまな有識者の方々との議論を重ねて参りました。その中で、私達が示した論点の検討が進みにくい構造的な問題の共有に至りました。1つは、負担増を伴う選択肢も考えなければいけないが、政治的に難しい論点である点、2つ目は、多くの関係者が同様の課題認識を持っているものの、議論の場が十分ではない点です。
 さらにこれらの議論を深めるためには、「あるべき姿を設定した中長期的かつ継続した議論」「既存制度の改善だけでなく構造的な変革も伴う議論」「政策課題に対する国民的理解・関心を高めるための取り組み」が必要と考えます。
 そこで、議論の時間や関係者の利害関係などに制約されず、現在十分に扱われていない論点を扱い、子どもや子育て世代、今後生まれてくる世代も対象とした議論が行える中長期的な視座を重視した議論の場を設定する必要性があると考えます。

今後の論点を整理すべく、第3回目として国民的理解・関心の醸成について議論

 こうした認識のもと、2022年1~2月にかけて、有識者による議論の場(ラウンドテーブル)を3回設け、論点整理や今後への期待をうかがうこととしました。
 第1回は「給付と負担の均衡性の確保」、第2回は「プライマリ・ケアチーム体制の実装」、第3回は「政策課題に対する国民的理解・関心の醸成」というテーマを扱いました。
 今回はラウンドテーブルの第3回目として、医療・健康にかかわる政策課題に対する国民的理解・関心の醸成のために今後議論すべき論点などを有識者の皆様と議論しました。具体的には、「検討を期待する論点はどのようなものか」「日本総研による新たな会議体に期待することは何か」との日本総研からの投げかけに対し、ご議論いただきました。

「自分事」でないと動かない前提がある

 前提として、ほとんどの人は自らに直接的に関わることでなければ、理解したり関心を持ったりしないことが指摘されました。そもそも大きな集団の抽象度の高いメリット、デメリットを考えるようには、人間の心のシステムがデザインされておらず、多くの場合は個人的な必要性が高まってから関心を持つのが現実です。特に医療については、自分は病気に関わらないと考える人が多い上、自分や家族が関わっても治癒してしまえば再び関心を失う人は少なくないことから、地域社会、都道府県、ましてや国の政策課題に対する国民的理解・関心を高めることは非常に難易度の高い問題であるということです。
 さらに、人は理性だけでなく感情でも判断・行動することから、認知的な動機だけではなく、感情的な動機にも訴えるコミュニケーションが重要であることも提示されました。「この事柄が重要」、「これを知ることで利益がある」あるいは「これを知らないことによって不利益がある」といった理性的な動機を専門家の立場では考えがちですが、むしろ感情的な動機の方が関心や意思決定、行動に影響を与え得るということです。
 こうした点から、社会保障・医療制度が持続不能になることを提示したとしても、個人の話に戻したときに、それが果たしてどのような意味を持つのか、個としてのメリット・デメリットにつながっていないことが課題として提示されました。
 こうした状況から、前に歩みを進めていくためには、まずは関心のある人に対してその分野の理解を深め、広げていくことの重要性が示されました。医療に関しては、皆が関係する救急や、子育て世代に強く関わる周産期、小児科など、自分事として近いところから広げていくことが大事ではないかと意見が出されました。問題意識を持っているがほとんど専門的知識がない方が、自分で見ただけで自分のことに引きつけられるような発信が必要であることも提起されました。さらに、自分事としての税金や社会保険料負担の増減は大きな関心事であることから、社会保険料、税の負担と政府支出をリンクさせることが重要との意見もありました。

「上から目線」「押しつけ」のコミュニケーションになっていないかの検討は常になされるべき

 そもそも、国民的理解・関心の醸成から政策課題の解決という考えは、「正しいことは伝わる」という幻想の元にある父権主義的な枠組みであり、国民一人一人を含めた利害関係者の理解・関心をお互い高めながら、政策課題を解決する枠組みが必要ではないかという指摘がなされました。そして、専門家から一般市民に向けたコミュニケーションにおいては、「市民の知識の欠如を埋めれば、市民は専門家の言うことを理解して受け入れてくれるだろう」というコミュニケーションを取りがちです。しかし、このように知識の欠如を埋めれば、物事が良い方向に進むだろうという欠如モデルに基づくコミュニケーションには限界があり、このモデルの限界をわれわれは意識しておくべきであることも合わせて提示されました。
 さらに、中長期的に見ると、同じようなメッセージを繰り返し発信していると、受け手は抵抗感を感じ、逆効果となることも問題提起されました。そもそも時間やリソースは有限である中、なぜこの議論に、国民の理解・関心の熟成、国民の参加が必要なのか、何を知っておいてほしいのか、知っておかなければ実際に困るのは何か、と議論を行い、メッセージを選別することが重要であることが議論されました。

総論を動かすには各論の積み上げが必要、そのためのコミュニケーションのあり方が検討されるべき

 抽象度の高い「総論」としての課題ではなく、自分事という点に関連した「各論」でなければ人は動かないことは現実です。しかしながら、現行の医療提供体制や皆保険制度の持続性が危機的な状況である点と、今ならまだ変えられるかもしれないという点をメッセージとして伝えなければいけないのではないかという懸念も示されました。
 こうした懸念に対して、「各論から総論に届く」一つの事例として、奈良県のがん対策の取り組みが示されました。
 2009年3月号の『中央公論』で、奈良県のがん対策の進捗が最下位ということが示されたところから、がん対策の基盤が大きく変化しました。対策の中ではロジックモデルを用いて、がんの死亡率を下げるために必要なことを素因数分解していき、そのために何が必要かの議論を実施しました。さらに、市区町村単位でがん患者数や死亡率を見える化し、自分の市区町村ではどういう課題があるのかを把握可能にしています。このようなロジックモデルを作ることによって、奈良県では、全体としてのセオリーやプロセスの合致度、実際の効果、コストパフォーマンス、がん対策予算の多少、裏付けになる国の予算や診療報酬制度まで検討の関心範囲が広がっていきました。ロジックモデルの導入との因果関係は検証が必要でありながら、奈良県は、年齢調整死亡率が全国平均を上回るペースで改善し、死亡率の減少率は全国1位という結果も出てきている状況です。特に、一般の患者や住民もこの取り組みに参加しており、お金の使われ方や自分たちが行動すべき点などを考えながら、政策の議論やコストの話ができている事例です。

 「各論」「自分ごと」として多くの方は動くという前提のもと、コミュニケーションのあり方についても議論が展開されました。
 第一に、医療や介護、社会保障についてあまり知らない人に対して物事を伝えるのであれば、教育、特に一方向の授業ではなく、自らさまざまな立場の人々の状況について調べ、関係者にインタビューするなど、双方向性の授業が行われることが大事です。第二に、勤労者世代に関しては、負担という点が大きな眼目として表れるため、保険者や企業と協働したアプローチが重要です。第三に、高齢者においては、TVなどの影響が大きいことから、情報の主要な伝え手であるマスメディアの記者やディレクターなどの関係者と協働した議論が重要です。このように、関心を有してほしい対象に合わせ、伝える側が相手に理解をしてもらうための戦略をもつ必要があるとの意見がありました。
 戦略の具体的な点としては、例えば進化心理学の「根源的欲求モデル」等、何らかのモデルを参考にすることで、対象者の背景属性を踏まえて相手の中心的な関心、欲求をターゲットに一定の個別化されたコミュニケーションを取ることができるという示唆がありました。
 そして、現場の動きとしても、特に地方の基礎自治体においてはこのような取り組みを行う伸びしろがあることも示唆されました。例えば、こびナビ(※1)に代表されるように、SNSの中で関心や理解が高まると、それがあふれ出る形で大手メディア、行政官、担当者、政治家といった方々の目に触れる流れができることも示されました。
 他方、そうした情報の速さと同時に、信頼に足る情報の重要性についても議論となりました。これは民間に限らず、政府が発信している情報についても、統計的に正しい情報なのかなど、最大の情報のクリエーターである政府も含めてエビデンスの蓄積とともにその精度を検証する必要があることが提起されました。

新たな会議体への期待

 総論として喫緊の課題であるが身近な各論でなければ人は動かない、ある種のパラドックス的な難しさがあることが示されました。しかし、全てを克服できなくても、これまでのパブリックコミュニケーションが克服できなかった課題を克服する新しいパブリックコミュニケーションをつくることについて、大きな期待が寄せられました。そして、そもそもなぜ国民の理解を得る必要があるのか、理解してほしいポイントは何であるのか、ゴールを明確にしながら進めるべきとの意見がありました。
 さらに、この議論を前に進めるために、日本総研が検討している新たな会議体の中には、アカデミア、行政、それから医療専門家といった方々に加えて、メディアもしくはSNSのインフルエンサーといったような、情報を発信する人を参画した勉強会などの取り組みが必要である点、政策決定者にも働きかけていく必要がある点も提起されました。
 さらに、タイミングが非常に重要であるとのご意見もありました。6年に1回の第8次地域医療計画が、今、まさに検討中であり、2024年度から開始の予定となっているため、この機会を逃すと取り組みを広げることが難しいとの指摘もありました。

今後のアクション

 今回のラウンドテーブルでの議論によって、大きな文脈での政策課題が、それぞれの方にとって「自分事」となるコミュニケーションのあり方について、今後検討が必要な論点を抽出できました。そして、これまでの我々の提言に加えて新たに検討すべき論点についても多くの示唆が得られました。
 さらに、有識者より新たな会議体について、健康・医療分野における政策的課題を検討し、国民的理解の向上に貢献する点などについて意見を頂きました。
 そして、この第3回目のラウンドテーブルでの議論も踏まえ、当該研究チームでは、政策検討の一助となる新たな会議体(コンソーシアム)の立ち上げを考えております。


参加頂いた方々
・コアメンバー
康永秀生 教授
東京大学大学院 医学系研究科 公共健康医学専攻 臨床疫学・経済学分野
堀真奈美 教授
東海大学 健康学部 東海大学大学院 人間環境学研究科人間環境学専攻
吉村健佑 特任教授
千葉大学医学部附属病院 次世代医療構想センター 千葉県医療整備課医師確保・地域医療推進室、元厚生労働省医系技官
西沢和彦 主席研究員
株式会社日本総合研究所 調査部

・メンバー(本テーマ有識者)
市川衛 客員准教授
READYFOR㈱ 基金開発・公共政策室長
広島大学医学部客員准教授(公衆衛生)
㈳メディカルジャーナリズム勉強会 代表
奥原剛 准教授
東京大学大学院 医学系研究科
公共健康医学専攻 
医療コミュニケーション学分野
鳥海不二夫 教授
東京大学大学院 工学系研究科
システム創成学専攻
前村聡 様
日本経済新聞社 東京本社 編集局 
政策報道ユニット 経済・社会保障グループ
社会保障エディター

・モデレーター
川崎真規 シニアマネジャー
株式会社日本総合研究所 リサーチ・コンサルティング部門 ヘルスケア・事業創造グループ
兼 持続可能で質の高い医療提供体制構築に向けた研究チーム 提言とりまとめ

<本件に関するお問い合わせ>
マネジャー 山本健人
E-mail: yamamoto.taketo@jri.co.jp

株式会社日本総合研究所 リサーチ・コンサルティング部門
小倉周人川崎真規鈴木麻友山本健人
協賛:米国研究製薬工業協会(PhRMA)


(※1) 新型コロナウイルス感染症や新型コロナウイルスワクチンに関する正確な情報を届ける医師監修のプロジェクト。https://covnavi.jp/
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