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JRIレビュー Vol.6,No.101

ニュージーランドのインクルーシブ教育とわが国への示唆

2022年04月12日 池本美香


近年、海外ではインクルーシブ教育が従来の障害児教育にとって代わるようになっている。インクルーシブ教育とは、「障害のある子どもが、地域の通常の保育施設や学校に通い、必要な支援を受けながらすべての活動に参加し、ともに学ぶ」という概念である。インクルーシブ教育は、障害を「医学モデル」ではなく「社会モデル」で考える。医学モデルでは、障害は個人の問題であり医療を必要とすると考える。それに対し、社会モデルでは、障害は社会の問題であり、社会の側に処方が必要であると考える。社会モデルに立つことにより、インクルーシブ教育の対象は、障害のある子どもに限らず、日本語習得の日が浅い外国人の子どもや親の養育に問題のある子どもなど学習上困難を抱えるすべての子へと広がる。翻って、わが国では、インクルーシブ教育への転換が著しく遅れている。本稿では、わが国の現状を整理した後、この分野で先行するニュージーランドの取り組みからわが国への示唆を得る。

わが国では、障害のある子どもは、そうした子どものみを対象とする学校および施設を利用するケースが圧倒的であり、地域の通常の保育施設や学校を利用するケースは少ない。その背景には、①通常の保育施設や学校に受入義務がないこと、②通院などでフルタイム勤務が難しい障害を持つ子どもの親は保育所入所で不利になること、③通常の保育所や学校の現場に余裕がなく、障害のある子どもが疎外感を持ちやすいこと、④入院先の院内学級で学ぶためには特別支援学校・学級への転校が必要なこと(二重学籍が認められていない)など様々指摘できる。支援の質についても問題がある。特別支援学校・学級での暴言や体罰がみられること、障害児通所施設についても、単に子どもを預かるだけであり、子どもに寄り添った支援が手薄になっていることなどが報告されている。障害を持つ子どもの親のストレスや困難に配慮した支援も十分でない。子どもの施設への送迎や付き添いなどから、親のフルタイム就業が難しく、経済的な困窮に陥りやすい。親の心理的な負担の重さも指摘される。

他方、ニュージーランドでは、1989年の教育法改正によって、心身の障害など特別な教育的ニーズがある子どもにも、通常の初等中等教育学校で学ぶ権利が保障された。2008年の障害者権利条約批准の翌年、独立政府関係法人の人権委員会や障害者団体から徹底した対策の必要性を指摘する報告書が公表され、大きなインパクトを与えた。それを受け、政府は学校現場でのインクルーシブ教育の普及割合を80%にする目標を掲げ、2014年にその目標が達成された。現在、障害のある子どものみを対象とする特別学校に通う割合が0.5%と諸外国のなかでも顕著に低く、通常の保育施設や学校で何らかの支援を受けている子どもが10人に一人と高い割合になっている。

ニュージーランドでは、インクルーシブ教育の推進にあたって、子どもの権利に配慮した取り組みが多くみられる。学校だけでなく保育施設も、その認可基準として、障害を理由に入園を断ることが認められていない。教育省の地方事務所の学習支援チームが、子どもが活動に参加できるような環境整備を行う。病気療養児には、学籍はもとの学校に置いたまま、ヘルススクール(病気療養をする子どもに教員を派遣する機関)から入院先へスタッフが出向く。支援の質についても、国の教育評価局がすべての保育施設・学校を定期的に調査していることに加え、国が教員等に対して、国内外の研究成果なども踏まえて様々な情報提供を行っている。

親の負担や孤立への配慮もある。一つは充実した相談体制である。家庭医を登録する仕組みがあることで、常日頃より相談がしやすい環境であることに加え、教育省の親向けのホームページでは「学習支援」として必要な情報が1カ所に集められている。親の苦情を受け付け解決につなげる重層的な仕組みもあり、教育省の苦情解決プロセスを経ても納得できない場合、オンブズマンやコミッショナーなどに相談できる。もう一つは親を主体的参加者とする諸制度である。子どもごとの個別教育計画づくりに親が参加し、参加するメンバーの決定権も親にある。教育評価局は、学習支援に関して、毎年親の満足度調査を実施している。発達障害のある子どもの親向けに、国が連続講座を開発し、全国で受講できる体制を整えている。

わが国がインクルーシブ教育の推進に向けなすべきことは、大きく三つある。第1に、配慮を必要とする子どもが地域の保育施設・学校でともに学ぶことの原則化である。そのためには、地域の学校や保育施設で障害を持つ子どもを円滑に受け入れるにあたってのコーディネーターの配置が必要である。第2に、支援の質確保に向けた取り組みの強化である。とりわけ、通常の学校や保育施設などの教師・保育士などへの研修と情報提供、および、学校や保育施設の定期的な評価などが欠かせない。第3に、親と子どもの主体的な参画である。主体的参画を促すには、親や子どもの判断に資する情報提供と時間的ゆとりの確保が不可欠である。ゆとり確保に関しては、親の勤務先が果たすべき役割も大きい。
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