コンサルティングサービス
経営コラム
経済・政策レポート
会社情報

メディア掲載・書籍

掲載情報

"IT革命第2幕"を勝ち抜くために
第43回「"新・この国のかたち" 【1】-情報通信インフラの上下分離の意味(上)」

新保豊

出典:Nikkei Net 「BizPlus」 2004年3月18日

 1945年(昭和20年)、司馬遼太郎氏が敗戦を迎え復員した際、その著書『明治という国家』(第一章ブロードウェイの行進)の中で氏は次のように述べている。

 「私は戦車の中で敗戦をむかえ、"なんと真に愛国的でない、ばかな、不正真な、およそ国というものを大切にしない高官たちがいたものだろう。江戸末期や、明治国家をつくった人達は、まさかこんな連中ではなかったろう"というのが、骨身のきしむような痛みとともにおこった思いでありました。」

 以降、1996年に司馬遼太郎氏が享年73歳で急逝するまでに『この国のかたち』が6巻刊行された。この中で氏は、室町の世、信長・秀吉の戦乱時世から、幕末を経て明治時代において形成された、わが国の政治・社会制度的バックボーンとしての「国のかたち」を支える、様々な主柱についてひも解いている。日本の未来に警鐘を鳴らし続けて逝った、不世出の氏の書名にあやかるのは、極めて憚られることではあるが、現在のわが国の情報通信分野での基盤形成とその整備は、まさに「この国のかたち」をつくることに他ならない。

(1)情報通信版"新・この国のかたち"とは?

 本稿ではすでに、第30回「NTTの再再編問題を考える(上)――光0種会社の意義」(2003/07/17)第31回「NTTの再再編問題を考える(下)――各プレイヤーの利得最大化のゲーム」(2003/07/24)第40回「電話加入権は光時代に新たな価値ある資産となる」(2004/02/06)において、少しだけ「国のかたち」に通ずることに触れた。以降、もう少し新たな「この国のかたち」(情報通信分野版)について考えてみたい。将来の「国のかたち」を概観するということは、"IT革命第2幕"を経過し、さらにそれを超えた領域に及ぶ話となろう。

 筆者がNIKKEI NET(BizPlus)で受け持つ「情報システム」とは、こうした来る時代に産業やビジネス環境が激変すると予想されるなかの、一コマを成すものに過ぎない。情報システムやITの活用方法などの情報システム論(How)に関することは他に譲り、情報システム投資の仕方や、どのような情報システムを導入すべきかなどの基礎となる、それを取り巻く情報通信インフラやその上のアプリケーションやコンテンツについて言及していきたい。

 多少の変更もあろうが、例えば、情報通信インフラの上下分離論、コモンズ上のダイナミック競争、通信と放送の垣根論争の行方、情報通信インフラ供給会社のガバナンス、地上デジタルTV放送と光ファイバー整備(アナログ放送廃止とメタル廃止)、負の資産となったメタル電話線の価値と将来、避けられない NTT再再編問題、新時代のユニバーサルサービスのあり方、労働組合と雇用問題、コモンズと光ファイバーアクセス権、道路公団と情報通信インフラ供給会社の比較分析、光ファイバーインフラ投資の経済効果(GDP押上げ、雇用創出)、各国(米・韓・スウェーデン)の競争産業政策、2020年の社会(その利用シーン)、オールIP化で変わるビジネスモデル、ブロードバンド・ユビキタス時代のネット家電、デジタルIDと消費者問題、といったところだろうか。

 さて、2003年12月、わが国の通信史を総括するような1冊の著書が、第一級通信ウォッチャーである日経コミュニケーション(編集長は宮嵜清志氏)から刊行された。『知られざる通信戦争の真実』(NTT、ソフトバンクの暗闘)という力作だ。副題の2社を軸にした経営戦略や事業戦略については筆者も、本稿に加えいくつかの媒体(例えば、「 IP革命のもたらす構造変革をどう乗り切るか?」)で論じているが、これは同誌スタッフの日頃の精力的な取材と緻密な分析により仕上げられており、筆者も共感を覚えるところが随所にある。同著書では、例えばこのように述べられている。

 「しかし、再度言おう。日本の通信の本質は、何も変わっていない。ようやく今、"非エスタブリッシュメント"たる新興事業者の登場により、何かが変わろうとし始めたばかりなのだ。この"砂上の楼閣"の上に花開くものはいったい何か。少なくともそれは、"サロン化"していた旧体制の延長上にはない。あえて逆説的に言えば、日本の通信の混迷を打破するものは、新興事業者の果敢な挑戦を通じた、さらなる混迷でしかあり得ないだろう。」

(略)

 「光ファイバー網を格安で借りられる仕組みを作らない限り、いつかはまたNTTの一強時代がやってくる公算が高い。(略)銅線をどうやってやめていくか、固定電話をどうやってやめていくか、その筋道を示すことは日本全体のためにも急務である。」

 宮嵜清志氏ほか有能な同誌スタッフには、再び憚られることではあるが、本稿ではこの続きをしばらく試みたい。

(2)なぜ上下分離なのか?

 本稿では手始めに、情報通信インフラの上下分離論について概観しよう。日経コミュニケーション諸氏が言う上記の"砂上の楼閣"とは、言い換えればNTT のアクセス網の上で事業を展開せざるを得ない新興事業者のこと。また、「"サロン化"していた旧体制」とは、かつての記者クラブのごとく常態化した、レガシーキャリア(旧来通信事業者)と旧郵政省・現総務省との馴れ合い倶楽部のことであろう。そして、「その道筋」とは、まさに「この国のかたち」をつくることに他ならない。

 鬼木甫氏(大阪学院大学経済学部教授)は、既に1994年当時から、上下分離の重要性を指摘しているが、「インフラレベルから見た通信と放送の融合(上下分離による競争環境の整備について)」(2002年9月)という論文で、次のように大変重要なことを冒頭で述べている。

 「本論文は、"通信と放送の融合"を、"上下分離"に基づく公平・公正競争環境の整備によって実現するための方策を提案する。通信・放送分野では、21 世紀初頭にいたっても、垂直統合下にある旧来の既存事業者が、通信・放送サービスに必要なインフラ、とりわけ「公共スペース」上に構築されたインフラの供給を独占しており、そのため公平・公正競争の実現が阻害されている。この点を是正するためには、独占供給に頼らざるを得ないインフラ層と、(上部)サービス層の供給を分離することが必要である。本論文は、後者については原則として自由競争に任せるが、前者については"価格受容原理"によるインフラ供給義務を課すことを提案する。これによって均衡価格による通信・放送インフラのオープン供給が実現する。上下分離の結果生成されるインフラ供給事業体については、営利企業と非営利団体の中間の性質を持つ"通信・放送インフラ供給公社(公社)"と呼ぶ事業形体を提唱する。」

 同論文では、中でも興味深い「インフラ供給公社」についても言及しており、傾聴に値する。ただ現実的には具体性が求められる、その公社のコーポレートガバナンスなどについては十分な紙面が割かれていないので、前述の通り、本稿にて後日、改めて言及したい。

 この種の上下分離について、池田信夫氏(独立行政法人経済産業研究所RIETI上席研究員)が「インターネットによる情報通信産業の垂直非統合」の中で、あるいは"電話サービス部門をインフラ部門から水平分離して国営の「ユニバーサル・サービス会社」に譲渡し、政府によって管理しつつ整理する"といったことは、同氏に加え、林紘一郎氏(慶應義塾大学 メディア・コミュニケーション研究所教授)も論じているところだ。

 上下分離のことは、筆者があらためて強調すべきでもなく、情報通信産業の今後の経済効率性、下位インフラ層の上での公正・公平なダイナミックな事業者間の競争の創出などの観点で、まさに「この国のかたち」を再構築する上での不可欠な仕組みとなるだろう。

 1985年のNTTの民営化以降、わが国の通信競争は「箱庭競争」と揶揄されたり、「砂上の楼閣」などと形容されるような経過をたどってきた。それでも通信産業の発展プロセスからすれば、つまり電電公社の民営化、国民の共有の財産でもあるメタル電話網をNTTが卸と小売りを兼ねるビジネスモデル、あるいは電話網を一からつくるよりもNTT網を借りたほうがコスト負担の点ではるかに有利であった新興通信事業者の市場参入、従って、両者の相互接続料を交渉(契約行為)のなかで妥結するやり取りなど、電話の時代には一定の合理性があった。

 しかしながら、2003年4月にその相互接続料の値上がりが決定され、NTT網の上で事業展開する複数の事業者(KDDI、日本テレコム、パワードコム、フュージョン、C&W IDC)が監督官庁を訴えるという前例のないことが起きた。これまでの定数方式から変数方式に総務省が変えてしまったのだ。電話アクセス網を所有しているのは事実上、NTT東西になるため、KDDIやフュージョン、当時の日本テレコムや東京通信ネットワークなどの競争的事業者は、NTTに毎年、電話接続料を支払う必要がある。その電話接続料が上昇するという前代未聞のことが生じ、改めて相互接続問題がクローズアップされた。

 2000年度以降、日本の接続料金算定方式として導入されたのは、「長期増分費用方式」という、運用費として最新の技術を用いて最も安くつくれた場合を想定したもので、"運用費を通話量で割った額"とされるものだ。近年の固定電話の通話量が、携帯電話やIP電話へのシフトなどで減少する(分子が小さくなった)という過去に生じなかったことが起き、運用費が一定であれば、電話接続料は上昇することになったのだ。

(注)「長期増分費用方式」: LRIC(Long-Run Incremental Cost)という、世界的に見ても適用例の少ない方式。この方式は、実際に発生した費用ではなく、現時点で最も低廉で効率的な設備と技術で新たに構築した場合の"仮想的な費用"に基づいて接続料金を算定する。事実上、実際に発生した費用の回収を困難にするこの方式は、現実とは乖離した方式のため、世界的に見ても適用例が少なく、特に仮想的なモデルコストをそのまま適用している例は、米国州内通信の一部(市内電話会社相互間の通話のみ=全通信量の数%)のみ。日本へのこの方式の導入は、1998年、規制緩和を強く求める米国と日本の政府間合意によって決定された。【以上、NTT西日本のHPから】

 このように現在は電話網を貸し出す(卸)するNTT東西と、それを借りて電話サービスを展開(小売り)する固定電話会社の間で、顧客獲得競争を行うモデルになっているため、無理が生ずるのだ。この相互接続問題に、NTTや競争的事業者、あるいは仲裁を行う規制当局はこれまでどれほどのエネルギーを費やしてきたことか。

 利害を異にする両者(NTTグループとその競争的事業者)が、両者の利害にかかわらないところで共通のアクセス網を中心としたインフラを利用できれば、それに越したことはない。これがインフラの上下分離が唱えられる大きな要因の一つとなっている。

 以降は来週を目途に、「どのように上下分離するか?」、そして「上下分離でどう変わるか?」といったことについて続きを示したい。


第42回 ← 第43回 → 第44回

メディア掲載・書籍
メディア掲載
書籍