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金融機関の環境問題への関わり

出典:リージョナルバンキング 2004年4月号

1.環境問題の重要性

環境問題の最もわかりやすい典型例は「公害」である。昭和30~40年代、生産活動の拡大、所得の増加に伴い、さまざまな製品が日常生活へと普及していった。こうした中、公害による健康被害が日本全国に広がることになった。また、身近な自然の破壊、干潟や浅瀬の埋め立てなど、自然破壊が全国的規模で進行した。経済が安定成長へと移行した昭和50年代、ライフスタイルの変化にともない、外食やレトルト食品等の加工食品が増加し、宅配等の新たなサービスも登場してくる。2度にわたる石油危機等で省エネルギー化が進んだものの、事業活動や日常生活に伴う環境負荷が増大し、都市・生活型公害が顕在化していった。大気汚染、水質汚濁、地盤沈下、騒音・振動、廃棄物、土壌汚染などがそうした問題である。この中には、対策が成果を上げ、健康被害や目に見える汚染が解消された例もあるが、現在でもなお問題が続いているものもある。バブル経済期の昭和60年代以降、大型耐久消費財への支出、サービス分野の支出が伸びをみせることで日常生活の環境負荷は増大している。また、経済活動のグローバル化とともに大量生産・大量消費・大量廃棄型の社会経済システムが地球規模で拡大をみせ、地球環境問題(「地球温暖化」「オゾン層破壊」「酸性雨」「熱帯雨林の減少」「野生生物種の減少」「開発途上国での公害」「有害廃棄物の越境移動」「砂漠化」「海洋汚染」)が顕在化してきている。地球環境問題は質的に3つの特徴を持っている。第一は「加害者が特定できない」という点である。公害問題であれば、まず「問題のある企業」が叩かれることになった。他方、いち早く対策を行って、たとえば規制値をクリアしていれば一安心という感覚が通用する世界だった。しかし、今日の環境問題では「すべての活動が何らかの環境負荷を生じさせている」という認識が求められている。これは「人間の存在そのものが環境問題の本源である」という矛盾にも繋がっている。第2は「必ずしもいま現在、被害が顕在化していない」という点である。公害問題は、因果関係の立証が困難な面があったにせよ、悲惨な健康被害として明解であった。一方、環境問題は温暖化にせよ、環境ホルモンにせよ深刻な帰結を招きかねないにも拘わらず、その影響はマグマが蓄積していくように徐々にしか進行していかない。われわれには「想像力の有無」が試されているといえる。「目先のこと」「お尻に火がついていること」への対応は得意だか、「百年後を考える」ことは苦手というのでは環境問題には太刀打ちできない。第3は「国際的な協力、協調が必要だ」という点である。公害問題は専ら特定地域を焦点とする国内問題であった。しかし環境問題では酸性雨やオゾン層破壊にみられるように国境を超えて影響が生じている。国境を越えて解決に取り組んでいくことが不可欠である。

2.環境配慮型経営

環境問題への対策を折り込んだ企業経営を「環境経営」と呼ぶ。国の環境基本法は、「事業者は、公害を防止し、又は自然環境を適正に保全するために必要措置を講ずる責務を有する」「事業者は、物の製造、加工又は販売その他の事業活動を行うに当たって、その事業活動に係る製品その他の物が廃棄物となった場合にその適正な処理が図られるように必要な措置を講ずる責務を有する」
「事業者は、基本理念にのっとり、環境保全上の支障を防止するため、物の製造、加工又は販売その他の事業活動を行うに当たって、その事業活動に係る製品その他の物が使用され又は廃棄されることによる環境への付加の低減に資するように努める。再生資源その他の環境への負荷の低減に資する原材料、役務等を利用するように勤める」と定めている。このところ企業の「環境問題対策=本当なら支払いたくないコスト」という常識が、急速に変わりつつある。たとえば、大手電機メーカーは、欧州で始まる有害化学物質規制に対応して、製品の素材や部品に含まれる有害化学物質について神経を尖らせている。有害化学物質が含有している部品を使っていることがわかれば、製品の出荷停止、回収を余儀なくされるからだ。川上の素材・部品メーカーに対してアンケート票への回答を求めたり、実際に社員が監査のために全取引先を訪問している例もある。これまで購買のキーワードは「クオリティ(品質)」「コスト(価格)」「デリバリー(納期)」の3つとされてきた。そこに「プロセス(過程)」というキーワードがクローズアップされてきている。「どのように作っているのか」「環境問題への配慮はなされているのか」こうした点が取引先を選別する条件になってきている。電機メーカーばかりではない。一例を挙げれば、インターネットでアサヒビールのホームページを開いてみると、新たに同社と取引を希望する企業向けに掲載されている「環境アンケート」を見ることができる。この回答が、取引候補リストに登録されるか否かの判断材料になるという。昨年の2月から、有害化学物質使用特定施設(全国におよそ2万7千ヶ所あるといわれる)となっている工場や事業所を廃止する際には、敷地であった土地を調査することが法律により義務づけられた。土壌汚染への懸念からである。昭和30~50年代には普通に使われていた溶剤や、工場敷地内に穴を掘って捨てられていた廃棄物が土地を汚してしまっているケースは数多くある。法律は、土地がたとえばマンションなどに転用される場合には、調査を行い、基準以上の汚染があればこれを公開し、必要に応じて土地の所有者(必ずしも汚染原因者ではない)に健康被害を防止する措置を義務づけた。この結果、工場を閉鎖して跡地を売却するリストラを計画していた企業が、土壌汚染の存在がわかり、計画の修正を余儀なくされるといった影響も予想される。
環境配慮型製品や環境ビジネスに関しても、少し風向きが変わってきたようだ。これまでは「環境性を売り物にしても割高になると最後は買って貰えない」と言われてきた。そうした常識を打ち破った代表例がトヨタ自動車のハイブリット車「プリウス」の成功であろう。
2004年1月に、グリーン購入ネットワーク(GNP)が発表した「第8回グリーン購入アンケート結果」によれば、文具・事務用品や情報用紙など23種類の商品分野でも環境配慮型製品の総販売額は初めて50%を超え、これをもとにした同生産額は約50兆円に到達したと推定されている。商品供給側の回答者全体の58%が前年より環境配慮型製品の販売額が増加したと答えている。
他社に先行して環境性を全面に打ち出した製品とシステムを開発して成果を上げている企業例がいくつも出てきた。環境問題対策にはビジネスチャンスも隠されているということである。

3.金融機関にも求められる環境配慮

先述の環境基本法の「事業者の責務」に関して、当然、金融機関も無関係ではない。そればかりか環境基本計画には、「金融は経済活動の中で重要な役割を果たしており、企業への資金供給などを通じて環境に大きな影響を及ぼしうるものです。一方、環境保全活動に対する寄付や投資が組み込まれた預金の提供など積極的な取組みも行われています。金融機関については、ベンチャー企業として行われることも多いエコビジネスに財務面からの助言を与えるなどその育成に寄与するとともに、融資や投資の際に対象企業の事業実施にあたっての環境配慮の状況を考慮に入れることや、環境についての情報が不足しがちな中小企業に対して情報を提供し、助言者としての役割を果たすことなどが期待されます。
また、国民の環境に対する意識の高まりを背景とする、環境に配慮した経営を行う企業やエコビジネスに対して投資したいという意向の高まりに応えエコ・ファンドなどの環境に配慮した企業への投資の枠組みについて検討を行うことが期待されます」と金融機関が環境保全のために重要な役割を担うべきことが明記されている。環境問題と金融機関の関係は、1.環境負荷を生じさせる事業者としての責任の側面、2.金融機関の経営に影響を及ぼすリスクの側面、3.金融機関が新たな役割を果たせる事業機会の側面の3つに分類できる。
これまで、金融関係者には、「自分達は煙をモクモクと出したり、有害な化学物質を使っているわけではない」「世の中で環境問題が大事になってきていることはわかるが、自分達の業務と結びつくようなことはない」「環境問題に気を遣えといわれても、業績が厳しいときに、そこまで手が回らない」といった意識を有する人がほとんどだった。それでも最近、いくつかの取組みの萌芽を紹介することができる。1環境負荷を生じさせる事業者としての責任の側面では、ISO14001審査登録件数が銀行、証券、保険の3業種で合わせて48件(2003年9月現在、日本規格協会調べ)に達した。これら金融機関では、紙の使用、廃棄物の排出抑制と適正処理、電力等エネルギーの使用について、目標値を設定して、その達成に向けて取組みが行われている。また、全国銀行協会は第4回フォローアップ(2001年10月19日)から、経団連環境自主行動計画に参加し、自主行動計画を策定し、温暖化対策、廃棄物対策等の環境対策に取り組んでいる。2金融機関の経営に影響を及ぼすリスクの側面では、2003年2月の土壌汚染対策法の施行が、その認識を深める大きな引き金となった。土地を担保とする融資においては、土壌汚染の有無が担保価値を大きく左右することになり、実際、融資審査にそうしたリスク評価を反映させる金融機関も現れ始めた。具体的に、土壌汚染対策法の銀行業務へのインパクトとしては、(1)担保権行使で銀行自らに「土地所有者」としての調査、汚染の除去等の措置の義務が生じる場合、(2)融資先の担保設定土地の「指定区域」への指定によって、担保価値が下落してしまう場合、(3)融資先の調査、汚染の除去等の措置の義務履行等によって返済余力が悪化してしまう場合などがある。また、担保権の実行等により、土地の所有者となった金融機関等の取扱いとしては、(1)土地の調査は、同様の義務を負う、(2)汚染の除去等の措置については、「一時的に土地の所有者になっている場合(買い手から適正な価格以上の価格が提示されれば必ず売却する意思があると認められる状況をもっていう)には、立入禁止措置または地下水のモニタリングに限定して義務を負う」とされている。こうした環境リスクの問題に関しては、バーゼル銀行監督委員会による第三次市中協議案の議論においても、最低所要自己資本の要件として、「銀行は、担保から環境保護上の債務が発生するリスク(担保物件に有毒物質が含まれている場合等)をモニターおよび管理すべきである」との一文が盛り込まれている点に注意を払う必要があるだろう。
3金融機関が新たな役割を果たせる事業機会の側面では、企業の環境保全目的の設備投資が高い伸びをみせていることに呼応して、そうした資金需要に対する融資の拡大や社会的責任投資への関心に呼応した金融商品の開発が進んできている。また、土壌汚染に関連した保険商品の誕生もみられる。金融機関の具体的事例を紹介すれば、ある地方銀行では、融資契約を締結するにあたって、当初定めた二酸化炭素などの温暖化ガス排出量削減目標を達成すれば金利を引き下げるという約定を盛り込む取組みを行っている。これは、企業の環境対策の推進を将来の業容拡大の条件になるとして、積極的に評価しようとする動きである。日本政策銀行は新年度から、環境格付けをもとにした融資制度を開始する。これは、申請のあった企業を環境問題対策の進捗観点から審査をして、優れた取組みをしている企業により低い金利を適用したり、私募債への保証を行うというものである。マネジメントシステム、製品・サービス開発、地球温暖化対策、資源有効利用対策などをはじめとする100項目にも及ぶ評価基準が、すでに作成されている。

4.先行する欧米の事例

金融機関の環境配慮行動としては、欧米に一日の長がある。背景として、米国においては、通称スーパーファンド法(The Comprehensive Environmental Response, Compensation, and Liability Act(CERCLA))の存在がある。この法律の成立で、銀行は責任問題が生じることを怖れて、融資を制限するという動きが広がった。また、浄化責任を問われることで融資先企業が破綻するという事例も生じた。1990年の春に、米国の裁判所が「融資先企業によって引き起こされた汚染地の浄化費用負担責任」を銀行に初めて認定したこと(フリート・ファクターズ判決(Fleet Factors Case)として一般に知られている事例)は、銀行自身に環境問題の責任が及んだ典型的な出来事であった。この事例では、銀行が顧客の意思決定に影響を及ぼす立場にあった、ということが理由となっている。こうした限定づきの条件であったにも拘らず、米国では連邦準備制度理事会が1991年10月に各連邦準備銀行の監督官に、「環境責任(Environmental Liability)」に関する通達を出し、銀行の環境リスク管理体制の在り方について言及している。
一方で、世界的な動きとしては、国連の動きを挙げることができる。国連環境計画は1972年から、環境保全と両立する経済発展を促進させるための活動を進めてきた。銀行家や投資家も、利益を確保しつつ環境保全に対する貢献ができるとの認識から、1991年に地球サミット準備作業の一環として、国際的金融機関にそうした役割に関して認識の共有を求めたのだった。これに呼応して銀行界としての環境保全のコミットメントを宣言する動きが起こり、1992年におよそ30の銀行により「環境と持続可能な発展に関する銀行声明」に署名がなされた。この宣言は、金融業の環境配慮行動の社会的意義とその在り方を簡潔に要約したもので、1997年に「UNEP環境と持続可能な発展に関する金融機関声明」と改称され、現在に至っている。また国連環境計画金融イニシアチブは、当該声明の署名金融機関の自主活動組織である。「金融機関は、環境分野での積極的な投融資活動や環境リスクマネジメント、さらにはガバナンスや説明責任・情報開示などを積極的に進めることにより、自らの存立基盤でもある経済社会の持続可能な発展に貢献できる」という考え方は、金融機関の「社会に対する責任」であると同時に、社会の「持続可能性」の進展にも大きな推進力となりうるとの考え方が基調となっている。現在、260を超える世界各地の金融・保険・証券会社が参加している。
また、個別銀行の事例として参考となるものとして「オールタナティブ銀行」というビジネスモデルを紹介したい。オランダのトリオドス銀行は、そうしたオールタナティブ銀行の欧州における代表的な存在である。同行は、1968年にオランダの大手銀行を飛び出した2人の銀行員と、コンサルタント、税理士が「地域経済に貢献し、環境や公共性の高いプロジェクトをサポートする金融機関」を設立したいと財団を作ったことを契機としている。現在ではオランダのほかベルギー、英国、スペインに営業拠点を拡大し、2002年末の総資産規模は約1,000億円にまで拡大。2002年末の出資者は約7千人に達している。
同行の顧客への提供サービスは、要求払預金、定期預金、SRI型投資信託のみである。為替等の決済サービスはコストを増大させるとして行っていない。資本市場からの調達も行わず、顧客からの調達資金をもとに、融資や投資を行う。融資はプロジェクト向け、企業向けともに行われるが、対象分野はきわめて限定的であり、自然・環境分野はその大きな柱となっている。
1融資案件ごとの融資規模は、約1,500万円程度で、大銀行から敬遠される傾向のある小口融資の担い手として機能しているといえる。また、同行は一定の利益を維持し、年間3%の配当も実現している。

5.今後の方向

わが国においても、金融機関の環境問題への関わりを考える機運は確実に高まっているようにみえる。その象徴的な出来事が2003年10月20~21日に開催された金融イニシアチブ東京会議であった。会議には、30ケ国以上の約100の金融機関から490名(うち海外からの参加者は150名)が参加、成功裏に終了した。国連環境計画からは、元ドイツ環境大臣であるトッファー事務局長が出席、日本からも小池環境大臣がスピーチを行った。これに先立ち、2003年7月18日には、環境省主催の「金融界と環境省との懇談会」が開催され、金融のグリーン化などについて意見交換が行われている。会合には鈴木環境大臣のほか、全国銀行協会会長、生命保険協会会長、日本損害保険協会会長、日本証券業協会会長らが出席。定期的な会合を設けることで合意したと伝えられている。「UNEP環境と持続可能な発展に関する金融機関声明」に署名する邦銀の数は、現在では4行にまで増えている。では、金融機関が環境問題に取り組むメリットとは何であろうか。第一は顧客との関係強化である。法人顧客の場合には、大なり小なり環境問題が経営上の影響を与え始めているはずである。「取引先から、環境配慮の要請があった」とか「工場を閉鎖する際、土壌汚染の有無が心配だ」とか「今後、既存技術を生かして環境ビジネスに参入したいと考えている」などの声に、情報提供や経営支援を通じて役立てるかどうか。こうした能力も金融機関の実力の1つとなってくる。個人顧客の場合にも、「環境問題」は顧客の新たな関心事であり、金融機関がどのような取組みを行っているかが、ブランド価値に影響しよう。
第二は株主との関係強化である。内外の投資家は、投資行動の企業評価にあたって非財務情報への関心を急速に強めている。こうした傾向は、いわゆる「社会的責任投資」といわれるジャンルに留まるものではなく、最近では、通常のアナリストやファンドマネジャーにも関心が出てきている。このことは、金融機関が環境問題に取り組むことは、IR活動に繋がることを意味している。サスティナビリティレポート(環境・社会報告書)発行などが今後は、金融機関でも増えてこよう。
第三は従業員との関係強化である。昨今、企業がその「社会的責任」に配慮した行動をとることが、「従業員のモラールを向上させる効果」「コンプライアンス意識を強化させる効果」をもたらすことが指摘され始めた。たとえば、金融機関が環境問題に取り組む姿勢を明確化することで、従業員に「社会から尊敬される企業で働くことのやり甲斐」を与えられるという論理である。
2002年8月、ヨハネスブルクの地球サミットで英国の金融界は、環境・食糧・地域省と共同で、「英国の金融サービス業が持続可能な発展のために何ができるか」を取りまとめ、「ロンドン原則」として公表した。レポートでは、金融機関の将来の事業機会と環境問題がいかに結びついているかが詳述されている。英国金融界は、環境問題を切り口にその競争力を再生しようと考えていることを窺わせる内容である。
環境問題は、わが国においても、今後深刻さを増すことはあっても、状況が改善するということはなかなか考えにくい。そうした中にあって、金融機関が自らの事業活動にかかわる環境負荷を低減しようとすると同時に、資金の流れを通じて、社会の環境配慮行動を間接的に促進させることができるとの役割を自覚し、より積極的なかたちで取組みを進展させていくこと期待して止まない。

 

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