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"IT革命第2幕"を勝ち抜くために
第6回「エンロンモデルは否定されたか?」

新保 豊

出典:Nikkei Net 「BizPlus」 2001年12月6日

●エンロン・ショック!?

 わずか十数年で業界トップに上りつめた米国総合エネルギー企業のエンロンが12月2日に、連邦破産法11条適用を申請した。エンロンを巡る憶測は、先月あたりから飛び交っていた。

 読者にとっては、エネルギーや通信分野への興味というよりも、金融商品のMMF(マネー・マネジメント・ファンド)に同社発行の債券が組み込まれていたことの方が切実に違いないが、本稿ではエンロンモデルのIS(情報システム)・通信分野での検証を行うとともに、新たな通信ビジネスモデルの方向性を概観してみたい。

 エンロンは、1985年に米国の2つの州の天然ガスパイプライン企業が合併して設立された。その後、電力、天然ガスのホールセール(卸売り)取引で世界最大規模となった。また、パイプラインに敷設した光ファイバーを活用したブロードバンド通信事業にも進出し注目を集めた。

 わが国の通信事業者(キャリア)にとってエンロンモデルは、通信ビジネスが単なる「針金ビジネス」にとどまらず、さらなる付加価値を追求・実践してきたものとして高い関心を集めた。

●エンロンモデルの検証

 エンロンの経営は失敗したが、エンロンモデルの何もかもが破たんしたということではなかろう。

 実際、筆者が今年8月に会った元CIOのRobert.S.Beason氏の古巣である電力小売り会社の米サザン・カリフォルニア・エジソンやエンロン買収がご破算となったダイナジー、エンタジ-などの大手電力・ガス会社は、エンロンが作り上げた新規事業の意義について評価を変えておらず、エネルギー自由化路線を前提に後継していくことを表明している。これは、この分野のホールセール事業の成長性が依然高いことを示すものだ。

 また、エンロンのブロードバンド光ファイバー事業にしても、自前で保有するパイプラインを利用してきたことは、たとえば日本テレコムが会社設立時に鉄道網を利用したり、東京通信ネットワーク(TTnet)が電力網を利用していることなどと同様に、ごく当たり前の経済的合理性に立脚している。しかし、自身の垂直統合的なモデルの中に通信ホールセール事業を位置付けていたエンロンの場合も、ネットバブル崩壊により未利用ないし低稼働の膨大な光ファイバー設備に頭を悩ますこととなった。

 そして、エンロンの命取りとなったものは、デリバティブなどの高度な金融技術を駆使した”現代版錬金術”にあった。通信、金融分野の進出など事業多角化により、ネット、eコマースなどの将来の成長性をてこに、市場から巨額の資金を調達、それを新事業に投資する手口は、バブルをもたらしたドットコム企業と同様だった。

 ただ、通信分野においてもエンロンは、光ファイバーや水道管の空き容量を売買して手数料を稼ぐブローカレッジの仕組みを構築(下図参照)、インターネットの普及とともに大きな市場を形成するに至った。これは、現在も注目されているeマーケットプレイスにおける手数料ビジネスモデルとそう大差なく、新たな収入源確保先として必ずしも否定されるビジネスではなかろう。


(注)ELEC:Ethernet Competitive Local Exchange Carrierの略で、イーサネット技術に特化した地域通信キャリアを指す
(出所)日本総合研究所ネット事業戦略クラスター(現ICT経営戦略クラスター)

 問題は、本業での収益や堅実な顧客基盤をどれほど継続的に獲得・維持していたか、であろう。エンロンサイトの取引規模や同社サイトへのアクセス数などだけでは、判断には限界がある。

●IP技術や新イーサーネット技術を用いた通信サービスの登場

 最近、通信分野では、イーサネットというLAN技術を利用し生まれ変わった新種の通信サービスが登場し、ユーザー企業から大きな期待を集めている。インターネット・プロトコルを用いた仮想プライベート網であるIP-VPN(実質的な専用線網)よりも、企業のIS担当者にとって扱いやすい、即ちネットワーク運用管理ノウハウがそれほど高くなくともよい、広域LANサービスなどがその代表だ。その分IS(情報システム)構築時における柔軟性が増してくる。そのため、ブロードバンドを用いた企業内外の関係者によるコラボレーション(第5回参照)などを通じ、企業のコア・コンピテンスを強化する場面を一層演出できるようになる。

 IS部門において、目下検討中と思われる「ネットワークの7階層」の低レイヤーにて、通信・トランザクション処理のできる方式は大きな魅力となっている。

 例えば、IP-VPNではネットワーク層(第3層)にルーターなどを使ってネットワークを構築する。一方、データリンク層(第2層)においてはスイッチと呼ばれる仕組みが極めて単純な機器を用いることで、データの流れを制御できるようになった。安価で扱いやすい一方、弱点である帯域非保証性や障害管理機能の脆弱性を解消する新たな技術との組み合せにより、企業の通信システム環境を抜本的に変えていこう。

 ユーザー企業の足回り部分に、消費者サービスとして盛り上がっているADSL(非対称デジタル加入者線)を用いてネットワークを構成すれば、ベンチャーや中小企業などにおいても、これまでよりもずっと低コストのビジネス環境が実現できる。 


(出所)日本総合研究所ネット事業戦略クラスター(現ICT経営戦略クラスター)

●mPモデルとこれからの通信ビジネス

  この動きを通信キャリア側から見てみよう。

 現行の専用線モデルでは、前回も述べたように通信コストと速度(帯域)の点で限界がある。価格競争の激化で、通信キャリアにとっての収益基盤も脅かされてきた。新イーサネット技術を用い、都市部の大口企業ユーザーに対して重点特化したビジネスを展開する、米Yipesなどの地域通信キャリア(ELEC)が米国に誕生。また、TelsonなどのMAN(Metropolitan Area Network)サービスプロバイダー、Cogentなどの光ISPが脚光を浴びてきた。

 こうした新興グループが勢いを見せるなか、既存のキャリアも対抗策を講ずる必要が出てきた。日本では、IIJ系のクロスウェイブコミュニケーションズ(CWC)や、今年10月に誕生したパワードコム(電力系法人ビジネス通信キャリア)は、既存のNTT(日本電信電話)やKDDIなどの大手キャリアに対して攻めのアプローチを取っている。

 第2または第3のネットワーク階層においての通信ビジネスは、従来の専用線モデルの収入に比べ低めとなるため、これをカバーするには、基本的に次の点が不可欠なはずだ。

(1)通信ポート数を大幅に増やせるか →

「mPモデル」:単価低下のなか、多数の(many)通信ポート数(Port)を確保

(2)低階層での通信利用シーン(需要)を増やすような働きかけができるか →

新たな需要としては、従来の狭義の通信需要(テキスト情報などの伝達など)に加え、ブロードバンド需要(動画、コラボレーション映像など)を想定。増価的なビジネスを発掘する

 すでに米新興通信キャリアにおいても、(1)に対するアプローチは、既存通信キャリアの専用線市場をリプレースせんがための動きとして活発化している。

 問題は、(2)であろう。これは(1)とは密接な関係がある要素であり、ポート数を増やすためには、ユーザー企業での従来業務(プロセスなども含む)とは異なった領域への対応、あるいはそれが広範になること(様々に利用が広がる)への対応が必要である。言いかえれば、顧客企業とのCRB(カスタマー・リレーションシップ・ビルディング:第3回または第4回参照)を前提に、エンロンモデルとは異なった観点で、新たな収益源を模索・確保できるかがポイントとなる。

 この直接的な表現である「mPモデル」とは、コアになる収益獲得に加え、結果的に堅実な顧客基盤の構築を目指すものとして、基本的な方向性を示すものとなろう。

 このアプローチの具体化とそこでの知識と経験(K&E:Knowledge and Experience)は、既存または新規に関わらず、等しくわが国通信キャリアに突きつけられた課題となっている。

 ナレッジマネジメントが強調されるなか、その本来の意味は、この「E:Experience」の蓄積を、顧客とのコラボレーション(協業)を通じ、いかに効果的に蓄積していけるかにかかっているといえよう。


参考文献: 郵政研究所月報2002年10月号 調査研究論文「通信回線などの市場形成と金融手法の活用に関する調査研究」 前通信経済研究部研究官 加藤力也氏


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