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海外生産拠点の選び方(賃金水準)

2013年01月22日 八幡晃久


チャイナリスクが顕在化した今、改めて海外生産拠点の拡充、見直しを検討している企業も多いのではないだろうか。最適な拠点を選ぶためには、製造原価の構成比率、サプライヤーの確保可能性、インフラの整備状況、生産拠点国と輸出先国間での自由貿易協定(FTA)の有無など、多くの要素を考慮する必要がある。本稿では、その中でも最も重視される要素の1つである現地の賃金事情について、各国の足元の賃金水準を比較するとともに、短期・長期的な見通しについて考察を行う。

海外拠点の賃金水準については、日本貿易振興機構(ジェトロ)が定期的に発表している『アジア主要34都市・地域の投資関連コスト比較』が参考になる(図表1参照)。調査手法の違い(※1)により、日本の賃金水準が他国と比較してやや高めに出ている可能性があるが、傾向をとらえるには十分である。

図表1:アジア各国の賃金水準(2011年, 月額基本給)※1



(出所)「第21回アジア主要34都市・地域の投資関連コスト比較( JETRO)」より日本総研作成

作業員の賃金水準では、ラオスの0.3ポイントを底に、日本と比較して10分の1以下の国が多く見受けられる(図表1で黄色マーキング部分)。各国の作業員の質的なレベル、生産性は日本と比して高くないと考えられるが、仮に、生産性が日本人作業員の半分であったとしても、労務費を5分の1に抑えることができる水準である。エンジニアリングを要しない縫製業等の作業が中心の業種の場合は、まずは作業員の賃金水準が低い国に着目すべきであろう。
一方、エンジニアとマネジャーの賃金水準は、作業員と比して日本との差が小さくなる。これは、相対的な教育水準の差が要因であると考えられるが、国により多少事情が異なる。例えば、フィリピンのエンジニアの賃金水準は、タイやインドネシアよりも低く、他の職種とは状況が異なっている。具体的な要件を定めて確認する必要があるが、たくさんのエンジニアが必要な業種の場合、フィリピンは狙い目である。


現在の賃金水準と並んで重要である、今後の賃金水準についてはどのような見通しを持っておけばよいのだろうか。
数年程度の短期的な見通しについては、賃金と物価の伸び率から推測できる。図表2は、「作業員の月額基本給」および「消費者物価指数(CPI)」の年平均伸び率であり、「月額基本給」の伸びが「CPI」の伸びを下回っている国を黄色で表している。これらの国は物価の上昇に賃金の伸びが追いついておらず、「暮らしぶりが向上していない」といえる。これらの国においては、労働者側の権利の主張(端的には、ストライキの形で)、もしくは国家による最低保障賃金の引き上げにより、今後、賃金上昇が加速すると予想される。特に物価上昇率と賃金上昇率の差が大きいベトナムでは、労働・傷病兵・社会問題省(MOLISA)が、現在200万ドンである最低賃金を2015年までに300万ドンへ引き上げる意向であると言われており、短期的な賃金上昇が見込まれている。
なお、「月額基本給」の伸びが「CPI」の伸びを下回っているという点では日本も同様であるが、ともにマイナスの数値である点が異なっており、生産拠点の海外移転が進むわが国において、最低賃金の大幅な引き上げ等の政策は当面ないと考えられる。

図表2:作業員の月額基本給および消費者物価指数(CPI)の年平均伸び率
(過去6か年)



(出所)「第21回アジア主要34都市・地域の投資関連コスト比較( JETRO)」、「World data Bank(世界銀行)」より日本総研作成


10年を超える長期的な見通しについては、労働力の供給量が参考となる。賃金水準が、大局的には労働力の需要と供給で決まると考えた場合、長期的に「需要」を見通すことは困難である。労働需要は、海外企業の進出状況など、企業側の意思決定による部分が大きいためである。一方、「供給」については、労働力の供給量を生産年齢人口に見立て、人口構成から見通しを立てることができる。生産年齢人口が「増加」している環境下では、新たに進出してくる企業との労働力獲得競争も緩和されるであろうし、拠点拡大に伴うさらなる雇用の確保も比較的容易である。生産年齢人口が「減少」している環境下では、既に拠点を構えている企業同士で労働力の獲得競争が起こり、結果として賃金上昇に直面し、他国への移転を検討せざるを得ない可能性がある。

図表3に2050年までの生産年齢人口の見通しを示した。フィリピンが突出して高く、次いで、マレーシア、ラオス、カンボジアが続いている。これらの国の生産年齢人口のピークは2045年以降であり、長期間にわたり新たな労働力が供給され続けるといえる。生産年齢人口のピーク別には、インドネシア、ミャンマー、ベトナムが2035年、韓国が2025年となっており、これらの国は2050年時点でも現在と同程度の生産年齢人口が維持できる。一方、シンガポール、タイは2020年、中国は2015年に生産年齢人口がピークを迎え、2050年の生産年齢人口は現在の9割以下となる。

図表3:生産年齢人口の将来見通し(2011年=100として指数化)



(出所)「世界人口予測 2010年版(国連)」より日本総研作成

海外進出には、多大なコストを要するため、一度工場をつくれば、安易に撤退せず、現地に根付いて状況の変化を乗り越えながら操業を続けていく企業が多いと考えられる。将来を見据え、現地との関係性を築きつつ、ビジネスを拡大していくためには、足元の賃金水準のみならず、長期的な労働供給状況を踏まえた意思決定が重要である。
また、本稿の主テーマである賃金水準とは異なる視点であるが、生産年齢人口が増加し続ける状況は、①「生産者=消費者」の増加により拡大が見込める市場である、②人口ボーナス期が重なり、さらなるインフラ整備等、政府の政策的な投資が見込めることが挙げられる。これらの点においても、生産年齢人口が長期間増加し続ける国を進出先として検討してみてはいかがだろうか。

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(※1)作業員、エンジニア、マネジャーの定義は、日本以外の国については、各々「実務経験3年程度の作業員」、「専門学校/大卒以上、かつ実務経験5年程度のエンジニア」、「大卒以上、かつ実務経験10年程度のマネジャー」。
日本については、神奈川県人事委員会事務局「平成23年職員の給料等に関する報告及び給与改定に関する勧告」より、作業員=技術係員(平均年齢33.8歳)、エンジニア=技術係長(平均年齢41.8歳)、マネジャー=技術課長(平均年齢46.7歳)の基本給を採用。



※メッセージは執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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