地域未来戦略の概要
2025年10月21日に発足した高市政権は、その地方政策として、「地域未来戦略」により地方の経済発展を目指す方針を表明した。11月11日には、高市首相を本部長とする「地域未来戦略本部」が設置され、石破前政権の「新しい地方経済・生活環境創生本部」から名称・内容ともに刷新され、「地域未来戦略」が国家の主要戦略として正式に位置づけられることとなった。これは、従来の「地方創生」が目指していた人口減少対策から「地域経済の成長」へと地方政策の方針が大きく変わったことを意味する。
石破政権では移住・定住の促進といった「人口対策による地方の生活維持」という守りの側面が強かったのに対し、高市政権では「半導体やGXなどの新規産業を中心とした産業クラスター形成による経済成長によって地方から稼ぐ」という攻めの姿勢が鮮明であるのが政策的な特徴である。
2025年12月4日には、地域未来戦略本部の初会合が開催され、ここで高市首相は政策のパッケージを取りまとめるよう指示を出し、2026年7月21日、政府は経済財政運営と改革の基本方針「骨太の方針」、「日本成長戦略」と合わせて、2030年度までを計画期間とする地域経済の活性化策「地域未来戦略」を決定した。
地域未来戦略には、日本成長戦略で打ち出されたAI、半導体、宇宙、造船などの「戦略17分野」に関連して、「地方に大規模な投資を呼び込み、各地に産業クラスターを戦略的に形成していくとともに、地域資源を最大限に活用し、地場産業を含む地域の産業、地域経済の持続的な成長を図っていく」(※1)ことが、目標および基本的方向に明記されている。
地域未来戦略には「戦略産業クラスター計画」、「地域産業クラスター計画」、「地場産業成長プラン」の3つの政策パッケージがあるが、その中で最も大規模かつ重要視されているのは戦略産業クラスター計画である。その策定過程はブロックの指定や、地方経産局の主導による有識者会議の設置、最終的な計画の策定と、国の意向が色濃く反映されているのが大きな特徴である。この計画に従って、政府としては設備投資の支援やインフラ整備、規制・制度改革を後押しし、地方に大規模な投資を呼び込むことを考えている。この財源は既存予算とは別枠で確保することになっており、骨太の方針に盛り込んだ「強く豊かな日本」投資枠を活用、また、地域未来交付金も拡充することとなった。
これらの動きを受けて、政府は2026年7月31日に、第5回地域未来戦略に関する関係副大臣等会議を開催し、(1) 戦略産業クラスター計画の報告、(2) 地域産業クラスター計画及び地場産業成長プランの報告が行われた。
戦略産業クラスター計画では、62個ある戦略17分野における「主要な製品・技術等」の内、13件を策定・公表。地域産業クラスター計画では、水素、半導体、バッテリー等6件、地場産業成長プランでは金属洋食器や有機農業等4件が自治体から報告され、今後、8月中を目途に、自治体の策定した地域産業クラスター計画や地場産業成長プランが公表予定となった 。

図1: 戦略産業クラスター計画の策定の流れと13テーマ(※2)
産業クラスターの歴史と政策的な課題
地域未来戦略でも重視されている産業クラスターという概念であるが、その歴史は古い。アルフレッド・マーシャルが1890年に発表した経済学の古典的理論「経済学原理」(※3)では、特定の産業が一カ所に集まることで、その産業に属する個々の企業の効率が高まり、専門的な技能を持つ人材が確保しやすくなる、専門的な部品やサービスを低コストで入手できる、企業間で技術やノウハウが自然と伝播し、新技術が生まれやすくなるといった集積による3つのメリットを指摘している。この学説を発展させて、マイケル・ポーターは1990年に著書『国の競争優位』(※4)でクラスター論を体系化し、特定分野の企業、専門サプライヤー、サービス機関、大学などの関連機関が地理的に集中し、「競争」と「協力」を同時に行うことで、地理的な集中が取引コストを削減し、イノベーションのスピードを加速させ、地域全体の生産性を向上させると説いている。この学説は、単なる企業の集まり(産業集積)を、「イノベーションが連続的に起きる仕組み(クラスター)」へと進化させるための理論的支柱となっており、日本のこれまでの地域産業政策でも参考にされている。上記の理論に加え、日本の場合は産学官のネットワーク形成が重視されているのが特徴であり、地域の大学や研究機関を核として、地元企業が大学とのネットワークを通じて新産業を創出することが政策上重視されてきた。
このように産業クラスターの歴史は古く、日本の地域経済政策の中心的な理論でもあったが、政策として実現するためには、課題も存在している。前回のオピニオン(https://www.jri.co.jp/page.jsp?id=108931)でも論述したが、日本における産業クラスター政策の起点となった2001~2009年度の経済産業省主導プロジェクト「産業クラスター計画」では、アメリカ・シリコンバレーの再現を夢見て、全国19の広域プロジェクトが指定された。そこでは大学の知見と地場企業を結ぶことに主眼が置かれ、参加企業の売上高向上など一定の定量的成果を収めた。しかし、予算は数億円規模と小粒で省庁の縦割りも崩せず、巨額の民間投資や技術の社会実装を誘発できず、持続的な産業創出システムとして定着しないまま、政権交代や事業仕分けにより、2010年度以降は民間事業へと移行してしまった。
地域未来戦略は、ネットワーク作りという「ソフト支援」から、予算とインフラを一体化させた「ハード・ソフト融合型の国家投資」への転換であり、新設される地域未来交付金は最長5カ年の複数年度運用を解禁し、産業集積に不可欠な道路や港湾の整備には、既存の生活インフラ予算とは完全に切り離された「別枠予算」が措置されることになり、より国が地方の産業育成に注力する姿勢を示している。
ただ、以前のオピニオンでも述べたように、2001~2009年度の産業クラスター計画終了後にプロジェクトの継続調査をしたところ、24あったサブプロジェクトのうち、政策の理念の通り継続しているものは4プロジェクトに過ぎずない。国が政策手段を用意し、各地域がそれらを活用して主体的に取り組むようになったとしても、このように国の支援政策が終わると、自律的に組織や活動が回っていかないのが、これまでの地域経済政策の大きな課題である。地域未来戦略が最長5カ年の複数年度運用をしたとしても、その後、これらの産業クラスターが国による財政的支援がなくても、自律的に地域経済を成長させていくエコシステムを回していけるかが今後試されると言えよう。

図2:産業クラスター計画(政府事業)終了後のプロジェクトの状況(※5)
産業クラスターにおけるエコシステムの重要性と形成上の課題
「エコシステム」とは、域内外の企業、大学、研究機関、金融機関、政府、自治体などの多様なプレイヤーが、まるで生態系のように互いに連携・共生し、絶え間なく革新(イノベーション)を起こし続ける仕組みのことである。
エコシステムの3つの特徴としては、①産業の主体である企業だけでなく、大学、金融機関、弁護士・会計士などの専門家がネットワークを形成することで、技術や資金、ノウハウがスムーズに循環する「多様なプレイヤーの共生」、②単に顔合わせをするのではなく、頻繁な交流を通じて新しいアイデアが結合し、次々と新しいビジネスが化学反応で生まれる「プレイヤー同士の相互作用」、③政府の補助金に頼り続けるのではなく、一度サイクルが回れば、再投資の循環が自然に発生する「自律的な成長」が挙げられる。
単なる産業クラスターとの違いとしては、産業クラスターが主に「特定の産業の物理的な集積や効率性」に注目しているのに対して、エコシステムは、産業の枠を超え、新しい種が芽吹き、成長し、また次の種を育むという「動的な循環プロセス全体」を指している点が挙げられる。高市政権の地域未来戦略においても、単なる産業集積にとどまらず、この「自律的な成長の循環」を地域に根付かせることが最終的な目標とされている。
それでは、エコシステムを形成する上での課題は何か。それは「人・金・モノ・情報」の自律的な成長の循環を阻害する距離、言語、行政、資金の壁である。
距離の壁に関しては、産業を作っていくためには研究、開発、調達、製造、販売といった一連のバリューチェーンが重要であり、また、サプライヤーと完成品メーカーといった、サプライチェーンも重要であるが、これらは一地域に閉じたものではなく、距離を超えて存在する場合が多い。例えば研究、開発はA地域で行われ、生産はB地域、販売は海外など距離が存在することは往々にしてある。これらの距離を超えて産業を集積させていくためには、その地域に産業を集めるための魅力、ポテンシャルがあるか、産業を集積することに対して地域の受け入れ状況は整っているかなど、その地域に距離の壁を越えるだけのメリットがあるかを企業などに伝え、実際の事業投資につなげていく必要がある。
次に言語の壁だが、地域で産業を成長させていくためには、産学官など多様なプレイヤーが関わるが、それぞれの組織においては、その言葉(目的)が異なる場合が往々にしてある。例えば企業は利益を追求する、学術機関は研究成果を追い求める、自治体は税収を求めるなど、同じ事業であっても、その目的は異なる場合が多い。地域においてクラスターを形成し、産業力を強化するということに反対するプレイヤーは少ないと思うが、各組織の言葉の違いにより、総論賛成、各論反対のような状況は生まれやすい。このような場合に、地域内の各プレイヤーが自発的に動くためのインセンティブをどう設計するかが重要になる。
行政の壁に関しては、産業は自治体(都道府県、市町村)単位で閉じたものではないが、自治体は自らが集めた税収によって、自分の自治体を成長させていく必要がある。その場合、自分たちと異なる自治体と連携は可能なのか、産業集積といっても法人住民税という観点では企業の登記場所、個人住民税の観点では、就労者の住居場所などの問題があり、自治体間の競争が生み出される原因でもある。その中で、自治体がこれらの課題を超えて、連携をし、産業クラスターを形成していくことができるかという課題は、これまでの自治体の広域連携の議論にも見られるように大きな論点であろう。
最後に資金の壁であるが、国の補助金を得て、実証実験まではたどりつくが、先述したように国の補助金期間の終了がプロジェクトの終了となってしまうことが国の事業では散見される。補助金の期間が終了した後でも持続的に資金を稼ぎ、補助金に頼らずに事業を継続させていくためのアイデア、活動計画を事業の最中でも考えていく必要があり、事業の終盤になってそれを考え始めるのは時期が遅すぎる場合が往々にしてある。

図3:エコシステム形成を阻む壁
(※1)内閣官房 地域未来戦略本部, 地域未来戦略(令和8月7月21日閣議決定)概要
, 2026年7月21日参照(※2)内閣官房 地域未来戦略本部, 地域未来戦略に関する関係副大臣等会議(第5回)
・地域未来戦略に関する総理報告
, 2026年8月3日参照(※3)『経済学原理』, アルフレッド・マーシャル, 岩波書店, 2024年
(※4)『国の競争優位』, マイケル・ポーター, ダイヤモンド社, 1992年
(※5) 地域産業振興策の現状と課題
, 日本総研 調査部 星貴子, 2016年, 2026年7月16日参照, を基に作成※資料は経済産業省「平成21年度産業クラスター計画モニタリング等調査報告書(2010年3月)」を基に日本総合研究所作成。モニタリング調査では、総合評価を高い順にABCDEとランク付けしており、これをA=5、B=4、C=3、D=2、E=1とし、各カテゴリーに該当するプロジェクトの平均点を算出
※後編に続く
以上
※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。

