オピニオン
デジタル社会で子どもの権利を尊重するには:企業のイニシアティブが鍵
2024年09月25日 清水久美子
SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)の運営会社が若年層の利用者を十分に保護していないとして、責任を追及されるケースが相次いでいます。米国では2023年10月、Facebookなどを運営するメタが、投稿の表示順を決める際のアルゴリズムが依存性を高める可能性のある手法であったことや、13歳未満の児童のデータを収集したことが児童オンラインプライバシー保護法に違反したとして、42州および地域の司法長官によって提訴されるという大規模な訴訟が起こりました。
日本においてもSNSはコミュニケーションの基盤として広く利用されています。現代の子どもたちは幼少期からITデバイスに慣れ親しんでおり、写真、動画、音楽、イラストなどを活用したコミュニケーションを楽しんだり、家庭や学校では得られない幅広い知識にアクセスすることで学習機会を広げたりしています。その一方でプライバシーの侵害、依存症のリスク、不適切な情報へのアクセス、過度な購買意欲の刺激といった悪影響も顕在化しています。日本での広告・表示に関する苦情の審査を行う日本広告審査機構は、2023年度にインターネット媒体の広告に対し過去最多となる30件の「見解」を発信しています(※1)。また2024年3月、消費者トラブルの防止に向けた活動を行う国民生活センターは、契約当事者が小中高生のオンラインゲームの相談が年間4,000件を超えていることを踏まえ、オンラインゲーム事業者団体とアプリストア運営事業者に対し、未成年者が保護者の承諾なくオンラインゲームの課金をしてしまう消費者トラブルの防止に関する要望を行っています(※2)。
デジタル社会では、子どもも常時、インターネットに接続することが可能です。つまり、保護者のような大人を介さず社会とつながっていく可能性があるため、子どもを守るための新たな規制に加え、自主的なガイドラインの強化が行われてきました。ただし、ルールが整備されたとしても、企業や利用者の価値観や意識に変化がなければ、実効性を持たせることは難しいでしょう。2024年8月、米グーグルが展開するYouTubeで、18歳未満の利用者を対象に、米メタのインスタグラムを宣伝する広告が表示されていたことが問題となりました。グーグルは、18歳未満にパーソナライズされた広告を禁止する方針を掲げていましたが、「属性が不明」と分類される利用者の中に18歳未満が多く含まれていることを利用し、実質的に自ら定めた方針を回避していたのです。
一方で、不祥事が起こる度に詳細なルールを追加していくことは必ずしも最善策とは言えません。企業のコストが増大し、市場が縮小することで、子どもが本来享受できたはずの機会を失う可能性もあります。技術の進化が早いことを前提に、ステークホルダー全体で子どもの権利に関する原則が理解され、原則から逸脱しない価値観が醸成されている状態を築くことが理想的であると考えます。
企業や利用者の価値観を変えていくためには、企業は子どもを自社のステークホルダーとして捉え、イニシアティブを持ち、ルール作りに関与していくことが必要になります。少子化が進行する日本では、子どもをターゲットとした製品・サービスが事業に占める割合は少ないかもしれません。それでも、子どもの権利を尊重する商品やサービスを提供することで、その重要性は社会全体に認識され、広がっていくと考えています。
2024年は、日本が「子どもの権利条約」に批准して30年、またその前身である「ジュネーブ子どもの権利宣言」から100年を迎える、象徴的な年です。この節目に際し、日本総研は、次世代が育ちやすい仕組みを整えていくために、子どもの権利を尊重することの価値の理解促進を行い、子どもをステークホルダーと捉える考え方を普及させることを目指しています。その一環として、「子どもコミッションイニシアティブ構想」を提唱し、調査研究を含むさまざまな活動を開始しています。今後、国、自治体、地域社会、企業、教育機関などと協力し、具体的な課題解決に向けた取り組みを実行に移す予定であり、引き続き重要な論点を発信していきたいと考えています。
(※1) 公益社団法人日本広告審査機構「2023 年度の審査状況」
(※2) 独立行政法人国民生活センター 2024年3月13日発表情報
※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。