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【2050年カーボンニュートラル実現に向けた地域がとるべき戦略】
~鍵を握る地域での実践に向けて~ 【その3】水素によって地域が享受する便益の獲得戦略

2021年07月28日 大庭あかり


 脱炭素化の実現に向けて大きな役割を果たすことが期待される水素ではあるが、現時点では市場は未成熟である。このような状況下において、自治体が水素利活用に取り組む意義はどのような点にあるのか。本稿では、将来的に日本国内においてグリーン水素のサプライチェーンが構築されることを前提に、水素が地域にもたらす環境面・経済面・社会面の便益および便益を引き出すための戦略を検討する。

1.水素をめぐる期待と課題:カーボンニュートラル実現の鍵を握る水素
 水素エネルギーは燃焼時にCO2を排出しないクリーンなエネルギーとして、また日本が技術開発で比較的優位性を有する分野として、かねてより政策的に重視されてきた。特に再生可能エネルギー(以下、再エネという)を利用した水の電気分解によって製造される「グリーン水素」は、製造過程においてもCO2を排出しないため、脱炭素化を実現する究極の燃料として期待されている(※1)
 2017年12月、日本では世界に先駆けて水素基本戦略が策定された。2020年10月の菅首相のカーボンニュートラル宣言を受けて策定された「グリーン成長戦略」においても、水素は14の重点分野の一つに位置付けられるなど、引き続き最重点項目の一つである。
 こうした潮流は日本国内のみにとどまるものではない。ドイツ(2020年6月)、EU(2020年7月)、フランス(2020年9月改訂)でも水素戦略が策定されているほか、中国や韓国においてもFCVの導入目標等が設定されている。また、直近の注目すべき動向として、欧州を中心とする「グリーンリカバリー」がある。これは環境分野への投資を伴う景気刺激策によってコロナ禍からの経済復興を目指す(※2)もので、⽔素は主要な投資対象の一つと位置付けられている。
 市場動向に目を向けると、水素・燃料電池戦略協議会「水素・燃料電池戦略ロードマップ~水素社会の実現に向けた取組の加速~」(平成26年6月23日)では、国内の水素エネルギー市場は2030年に1兆円程度、2050年には8兆円程度まで拡大するものと予測されている。また、国際エネルギー機関(IEA)は、2070年までにカーボンニュートラルを達成する場合、世界の水素需要は約5.2億t(最終エネルギー消費に占める水素関連シェアは約13%)になると予測している(※3)

 しかしながら、各種民間レポートでは直近の国内水素関連市場は100~1,000億円規模と試算されており、「水素・燃料電池戦略ロードマップ」における将来推計との間には大きな隔たりがある。
 こうした期待と現況のギャップは、主として水素の供給コストが高い(※4)こと、商用化された用途が現状ではモビリティや燃料電池等一部に限定されていることなどが挙げられる。また、現時点では特にグリーン水素は安定的かつ大量の供給が難しく、市場に流通する水素のほぼ全量が製造時にCO2を排出するグレー水素である。国際水素サプライチェーンの構築については、国⽴研究開発法⼈新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の助成を受け、千代田化工建設株式会社や川崎重工業株式会社による実証実験が進むものの、大規模輸送の確立に向けては課題が残っている。

2.水素によって地域が享受する便益
 脱炭素化の実現に向けて大きな役割を果たすことが期待される水素ではあるが、現時点では市場は未成熟である。このような状況下において、自治体が水素利活用に取り組む意義はどのような点にあるのか。本節では、将来的に日本国内においてグリーン水素のサプライチェーンが構築されることを前提に、水素が地域にもたらす環境面・経済面・社会面の便益を検討する。
 まず環境面では、化石燃料を水素に置き換えることにより、CO2排出量が削減される。また、再エネが豊富に賦存し、グリーン水素の製造が可能になるような地域では、水素が電力需給の調整力として重要な役割を果たし得る。近年電力の需給バランス調整や送電線の容量に起因する出力制御が再エネ大量導入に向けた全国的な課題となっており、九州電力管内では既に実施実績がある。こうした地域において余剰電力を水素製造に用いることは、地域への再エネ導入量の拡大にも寄与する。
 経済面では、水素を製造する地域において、直接的には水素製造設備等への投資の促進や雇用の創出、間接的には関連企業の立地集積による税収増等の効果が考えられる。水素を消費する地域においては、水素供給インフラ(水素ステーション等)の整備、燃料電池の設置やメンテナンス等の新たな業態が生まれ、化石燃料産業からの転換が進むことが期待される。加えて、国内製造された水素を利活用することで、域外への資金流出が回避される。化石燃料はその大半が輸入されているため、調達にあたっては大半の資金が国外に流出する。化石燃料を近隣地域の再エネによって製造された水素に置き換えることで、こうした資金流出を回避し、地域に資金を還流することが可能になる。さらに、輸入依存度が高い化石燃料からの切り替えは、わが国のエネルギーセキュリティの面でも意義がある。
 社会面では、「貯められる」という水素の特性が災害時に大きな効果を発揮することから、地域のレジリエンス向上が期待される。トヨタ自動車株式会社の資料(※5)では、同社のMIRAIを活用すれば、避難所(約500名規模の小学校体育館1カ所を想定)に3日分の電力需要量(約60kWh)を給電することが可能であると試算されている(※6)。実際に2018年9月の北海道胆振東部地震では、札幌市や室蘭市において公用車FCVが非常用電源として活用された実績がある(※7)

 前述したように、現段階では水素の供給コストは化石燃料と比して割高であるため、短期的な経済性の追求は困難である。しかしながら、事業採算性や費用対効果のみならず、環境面・社会面の便益を含めて総合的に評価すれば、地域における水素利活用には十分な意義があるといえるのではないか。

3.便益を引き出すための戦略
 水素を利活用し、多面的な便益を引き出すために自治体が取り得る方策は①ビジョンの策定、②水素産業の集積促進、③水素需要の創出、④地域間連携の4点に大別できる。
 1点目に、水素利活用に取り組む端緒として、当該地域に賦存する再エネポテンシャルや産業構造を踏まえながら、そもそも当該地域においてどの程度水素の製造が可能なのか、あるいはもっぱら域外から調達した水素を活用することになるのか、またどのような水素の活用形態が考えられるのかを検討する必要がある。その上で、水素によってどのような地域社会を実現したいか、実現のためにはどのようなノウハウを有する主体を誘致すべきなのかを構想する。
 2点目に、上記の構想を踏まえ、自治体・関連事業者・地元の研究機関による協議・連携の場を設置し、企業誘致や実証事業の立ち上げに取り組むのが望ましい。
水素利活用による効果を地域に波及させる上では、域外企業だけでなく、地場企業によるサプライチェーンへの参画促進も必要である。例えば山梨県では、地場企業の有する精密加工技術に着目し、燃料電池や水素ステーションの部品製造・研究開発に参入させるべく、大手企業との商談会や山梨大学と連携した人材育成を行っている。
 3点目に、民間企業による事業参画を促す上では、単なるPRにとどまらない、水素供給企業が当該地域に投資可能であると判断できる規模の水素需要を創出することが必要である。自治体による直接的な需要創出手段の例として考えられるのは、1台当たりの年間走行距離・水素消費量の大きいFCバスの公共交通への導入である(※8)。また、年間稼働時間が長く、水素消費量が多い大型水素コージェネレーションシステムを導入し、公共施設への熱電供給を行うことも有効である。これらの方策には、地域住民に災害時の非常用電源を提供するなど、社会的便益の創出効果も期待できる。
 間接的な需要創出の手段として、水素ステーション等のインフラ整備や、FCV・燃料電池等の導入に対する補助金交付は既に多くの自治体で実施されている。補助金以外のインセンティブ付与策としては、例えばFCV所有者に対する優遇措置が考えられる。神奈川県ではEV・FCV所有者は県立駐車場を割引料金で利用できるといった優遇策が取られている。また、米国カリフォルニア州では、通勤時間帯の高速道路にEVの優先レーンを設けている。
 加えて、地域住民が水素に触れる機会の創出も需要喚起の手段として効果的である。例えば宮城県では、試乗を希望する住民に公用車FCVを貸し出す取り組みや、民間レンタカー会社からコンパクトカー並みの価格でFCVをレンタルできるようにする委託事業が実施されている。上述した公共交通機関へのFCバス導入も、市民が水素を身近に感じる機会の創出に寄与するものである。
 4点目は、地域間で連携した水素サプライチェーンの構築である。再エネ賦存量の多い地域は大半が地方部であるため、域内のエネルギー需要は大きくない。したがって、サプライチェーンの事業性を確保するため、エネルギー需要の大きい周辺の大都市圏と連携し、水素の販売先(消費先)を確保することが重要である。水素を製造し得る自治体と消費し得る自治体が協働して検討を行うことで、水素を消費する地域にとっても調達先が具体的に見通せることになる。これによって構想の実現性が高まり、民間企業等の検討への参画を促す効果が期待できる。日本総研が水素サプライチェーン構築に向けた検討を支援した北海道札幌市では、近隣の石狩市に建設予定の洋上風力発電の余剰電力により製造された水素を活用するモデルが検討されている(※9)



4.水素によって実現される地域の将来像
 最後に、水素によってどのような地域の将来像が実現され得るか、①地域間連携型と②地産地消型の2つのパターンについてアイデアを示したい。
 ①地域間連携型では、再エネの導入ポテンシャルが大きい地域での水素製造を仮定する。こうした地域においては、出力制御によって生じ得る余剰電力をいかに活用し、より大規模な再エネ電源導入を実現するかが課題となる。以下では洋上風力発電が導入可能な沿岸部の工業地域を例に検討する。
 この例では、本来であれば捨電せざるを得ない電力を活用した水電解による水素製造が想定される。製造された水素は、例えば工業団地内の工場・データセンターに設置された純水素燃料電池(※10)や、トラック・フォークリフト等のモビリティで使用することができる。また、域内で製造された水素の一部をエネルギー需要が大きい近隣の大都市圏に輸送し、オフィスビルに設置された純水素燃料電池や公共交通機関で使用することが考えられる。
 近年事業活動に用いる電力を100%再エネで賄うことを目指す国際的イニシアチブRE100が高まりを見せており、世界ではAppleやGoogleをはじめとする300社以上、国内では50社以上が加盟している。国内加盟企業のうち積水ハウスやセイコーエプソンはサプライヤーに対しても温室効果ガス排出量削減を求めており、こうした動きは今後中小企業も巻き込みながらさらに広がることが予想される。北海道石狩市をはじめ、国内の一部地域では、電力の全てを再エネによって賄う「RE100工業団地」を検討・整備し、RE100企業をはじめとするサステナビリティへの関心が高い企業の誘致を図る取り組みが行われている。再エネによる電力供給と純水素燃料電池による熱電併給が実現すれば、環境配慮に加え、有事の際の業務継続性(BCP)の向上にも寄与し、企業立地の促進要因となることが期待される。
 上記のようなモデルが確立されれば、水素製造地側には、大規模な水素の製造・輸送拠点を整備することで産業集積が期待できるといったメリットがある。また、製造地・消費地双方を含む地域全体として、環境意識の高い企業の立地促進、脱炭素化の進展、レジリエンスの向上といった便益が期待される。「2.水素によって地域が享受する便益」で述べたような、域内経済循環の創出や地域への資金還流も大きなメリットである。





 他方、大規模な水素製造は難しいものの一定の再エネ電源が賦存している地域では、地域の特色を生かしながら水素を製造し、域内で消費する②地産地消型のモデルが適当であると考えられる。
 例えば農業や観光業を主たる産業とする農村部では、域内の小規模な再エネ電源を用いた水電解、バイオマス燃料のガス化、農業廃棄物や家畜の糞尿から生産したバイオガスの改質等による水素製造が実現し得る。製造した水素の用途としては、庁舎や道の駅等一定のエネルギー需要が見込め、かつ災害時の拠点機能等が求められる施設への純水素燃料電池の導入、あるいは各家庭への純水素燃料電池の導入が考えられる。また、庁舎や道の駅等の拠点施設にFCV・小型水素モビリティを導入し、観光客の二次交通や公共交通機関の補完手段とすることも有効である。停電時に酪農家に電力供給を行うなど、FCVを移動可能な非常用電源として用いることも可能である。
 ②地産地消型モデルにおける水素利活用では、地域の新たななりわいづくり、災害時域外からの電力供給が途絶えても自律的にエネルギーを供給できる地域づくりといった点で特に地域に便益がもたらされる。





 ①地域間連携型のように、ビジネスとしてある程度のスケールが期待できるのであれば、少なくとも中長期的には水素の製造・販売は民間事業として成立する可能性が高い。したがって、自治体の役割は企業誘致、機器導入やインフラ整備にあたっての補助金の交付、初期の需要創出など、側面支援的なものになり得る。
 他方、②地産地消型モデルで示したような域内で完結するような小規模なサプライチェーンにおいては、自治体が積極的に水素サプライチェーンの構築・運用に関与する必要が生じ得る。そこで、本連載第1回で述べた「地域総合型サービス提供事業体」をサプライチェーンの運用主体とすることが考えられる。
 農産物の生産・販売の一環として廃棄物や糞尿を用いたバイオガス製造を行う、既存のガソリンスタンドに水素ステーションを併設して運営・管理する、あるいはこれらのスタンドや道の駅を拠点に小型水素モビリティのレンタルサービスを行うなど、地域のさまざまななりわいと水素関連事業を組み合わせることで、追加コストを抑制した効率的な事業運営が実施できる可能性がある。



 本稿において例示したように、地域の産業特性や水素の製造ポテンシャルを踏まえながら、各自治体において具体的に将来の水素導入イメージを描くことが望ましい。

(※1) 水素はその生成方法により、色の呼称を用いて分類されることがある。化石燃料から生成され、製造過程によってCO2を排出するものを「グレー水素」、化石燃料ベースではあるものを、水素製造過程で排出されるCO2を回収・地中貯留するものを「ブルー水素」、再エネ由来の電力によって水を電気分解することで生成されるCO2フリーの水素を「グリーン水素」と称する。
(※2) 英国、フランス、カナダ、米国等が脱炭素化に関連した景気刺激策を打ち出す。特にEUは早期からグリーントランジションやデジタルトランスフォーメーションがコロナ禍において中心的役割を果たすと提唱。2020年6月にはコロナ後の復興のための基金「Next Generation EU」(約7,500億ユーロ、日本円で約92兆円)の設立を全加盟国が承認した。併せて、EUの次期中期予算(MFF)と「Next Generation EU」らなる予算の少なくとも30%は、2050年度までの気候中立(温室効果ガスの排出実質ゼロ)達成に寄与する政策に歳出すべきであるとの目標も定められた。
(※3) IEA「Energy Technologies Perspectives 2020」より。パリ協定等を遵守するシナリオ(SDSシナリオ)を前提とした場合の予測である。
(※4) 「グリーン成長戦略」において示された2050年までの水素導入量の目標値は2,000万t/年、供給コストの目標値は20円/Nm3以下である。これに対して現在の年間導入量は約200万t/年、供給コストは100円/Nm3であり、目標値との間には大きなギャップがある。
(※5) 経済産業省 第6回 水素・燃料電池等の普及促進に係る自治体連携会議 資料5「燃料電池自動車(FCV)の災害時活用事例のご紹介」(トヨタ自動車提供資料)を参照。同社のMIRAIから供給可能な電力量は約60kWhで、最大供給電力は9kWである。V2H(Vehicle to Home)給電器を用いて小学校体育館(約500名を収容、照明、情報機器(TV、ラジオ、PC、電話、FAX)、空調(扇風機)、その他スマホ充電等で1日20kWhの電力需要があるものと仮定)を想定した場合、約3日間の給電が可能と試算されている。
(※6) 小学校体育館(約500名を収容)を想定。照明、情報機器(TV、ラジオ、PC、電話、FAX)、空調(扇風機)、その他スマホ充電等で1日20kWhの電力需要があるものと仮定する。
(※7) 札幌市役所本庁舎では、FCVを用いて市民向けの携帯電話充電サービスが実施された。また、室蘭市では、定置型給電器(V2H)を介して、公用車FCVから自主避難所への給電が行われた。
(※8) 燃料電池車は1充填当たりの航続可能距離が長く、長距離走行に適しているとされる。東京都は2020年12月末時点でFCバスを84台導入しているほか、近年では神姫バス(兵庫県姫路市)、宮城交通(宮城県仙台市)、新常磐交通(福島県いわき市)等地方都市でも導入が相次いでいる。
(※9) 北海道水素地域づくりプラットフォーム令和2年度会合 資料4「水素サプライチェーンを軸とした札幌圏地域循環共生圏構築事業」を参照。
(※10) 現在一般的に普及している「エネファーム」等の家庭用燃料電池は、都市ガスを燃料電池内の燃料処理機で改質し、水素を製造している。これに対し純水素燃料電池は直接水素の供給を受け、発電を行う。


※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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