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事例B:東京テレコムドコム(仮称)のブロードバンド網ビジネス


日本総合研究所 研究事業本部 新保豊 主席研究員(2002年3月)

(1)東京テレコムドコムのプロフィールと本ケースの内容

1)プロフィール

 東京テレコムドコムは、東日本の電力会社数社と大手エレクトロニクスメーカーらからの出資を受けて、1999年に設立された。
 電力会社や電話会社の保有する光ファイバー網などを、長期回線使用権を意味するIRU(Indefeasible Right of Use)契約のもと活用する、ブロードバンドインフラ事業を展開するベンチャー企業である。

 昨今の旺盛な企業通信市場に応えるべく、金融機関借り入れなどのデット(負債)調達にも2001年秋に成功し、本格的な法人企業(B to B)向けブロードバンド環境整備のための事業に乗り出した。
 欧州のケースと異なり、ネットバブル以降、自信喪失気味の親会社からの資金やマーケットからのエクイティ調達(ベンチャーキャピタルの出資をはじめ、取引先・金融機関の出資など)を行いにくい雰囲気となっていた。

2)事業の位置付けと内容と本ケースの内容

 東京テレコムドコムの新規事業の、冒頭での位置付けは次の通り。



軸足: 「新規技術-既存市場」からスタートし、「新規技術-新規市場」創出の領域へ。

サイクル: 「スタートアップ期」の後半、即ち投資一辺倒の時期から売上高を拡大し単年度黒字を2年目に達成。


 旧来の回線交換方式による通話ビジネスは、モバイル通信やIP(インターネット・プロトコル)系通信により大きく事業転換を迫られ、今まで以上に過酷な競争にさらされている。こうしたなか、新しい事業展開をはかった。

 従来の高価な交換機を用いる従来の専用線に比べ、大幅に安価でしかも高速なIP-VPN(Virtual Private Network)や広域イーサネットなどのIP系ブロードバンドインフラ網の提供を事業としてしている。ユーザー企業では、これらIP系データ通信網を借りることで、次のメリットを享受できる。



コスト削減: 勘定系などの基幹業務を含む通信コストを、従来の1/5~1/10程度、大幅に下げることができ画期的な効果を望める。

業務改革インフラ: 新規通信インフラがIS部門を超えた存在となり、現業コア・コンピテンス部門(例:設計、マーケティング)の業務革新や競争戦略上、不可欠なビジネスモデル構築の手段が得られる。


(2)新規サービス提供後の経過と意義

 新旧の競合通信企業からの攻勢は日増しに強まっているものの、東京テレコムドコムの事業は目下、順調である。
 旧来型通信企業とは交換機と銅線ケーブルなどの通信設備を保有するNTT東西、NTTコミュニケーションズ、KDDIのような企業を指す。

 米国では、ベライゾン(旧ベル・アトランティック)等のILEC(Incumbent Local Exchange Carrier:地域系通信会社)に対して、2001年3月に事実上破産に追い込まれたYipesやTelseonなどのELEC(Ethernet Local Exchange Carrier:イーサネット系通信会社)が挑むという構図に相当する。
 またわが国と異なり、「1996年改正通信法」で目指した、長距離と地域間の競争促進が、テキサス州やニューヨク州を除く大半の州で進んではなく、わが国以上にドミナントキャリア(地域の支配事業者)の存在が大きい。

 従って、一概に東京テレコムドコムの事業環境を米国と単純比較することはできない。わが国の場合、ビジネスインフラの整備を事業としつつ、レガシーキャリアの専用線市場を代替し、新規の市場を創造することとなろう。

 また、事業者間の競争の枠組みは異なるにせよ、IP系データ通信サービスが、ユーザー企業にもたらす意義は革新的なものがある。日本企業に今日求められるイノベーション生起には、少なくとも必須条件となろう。

(3)ベンチャーの資金調達とビジネスインフラ論

1)ベンチャー企業の資金調達とキャッシュフロー経営

 ベンチャー企業は、社歴も浅く十分な収益(売上高および利益)は当初なく、自身で調達できるキャッシュフローは潤沢ではない。一般的に、必要な資金は自身で調達できる資金ではまったく不足の状態が続く。一方、短期間で収益急拡大を目指す場合が多い。

 従って、外部からのファイナンス(資金調達)の可否がベンチャー企業の存立基盤を強く制約する。

 ベンチャー企業の資金調達は、大きく分けて次の3つの方法がある。



自己資金


共同経営者や起業家が事業を起こす前に貯えた自己資金、および融資・出資などの家族や知人からの援助を指す。


米国ではBootstrap Financingと呼ぶこともある。

自己金融


設立された企業が事業によって得た、「利益および減価償却費」(=キャッシュフロー)を指す。


ベンチャー企業の設立当初は、この自己金融資金はまったく期待できないのが普通である。

外部資金


外部からの資金調達は、多様な形態がある。

 資金調達には、直接的または間接的な金融によるかという観点から、次の2つの方法がある。



エクイティ調達


個人投資家(エンジェル)の出資、ベンチャーキャピタルの出資をはじめ、取引先・金融機関の出資などによるもの。

デット調達


金融機関からの借入をはじめ、取引先との企業間金融(支払手形、買掛金)、クレジットカード、リースによるもの。

 これらの手法を用いて、資金調達をいかに円滑に行い、そして、それを事業が生み出すキャッシュフローにうまく転じることができるかが経営のポイントとなる。ただ、設備型・インフラ型事業の場合、一度に多額の資金が必要となるため、ITなどへの投資をいかに測るが重要となる。

2)IT投資評価

 従来からの発電・配電などの電力事業などに加え、第三世代携帯電話設備やFTTH(Fiber To The Home)環境整備のための光ファイバー投資などの通信分野でのブロードバンドインフラ整備は、膨大な資金需要が発生するため、IT投資のマネジメントが不可欠となる。

 IT投資を評価する際には、従来から次のような手法がある。



NPV(正味現在価値)法: 個々のプロジェクトなどが生み出すフリー・キャッシュフローの割引現在価値の合計がプラスかどうかを見る。

ROI法: 株主資本利益率で測る。

IRR(内部収益率)法:  NPVがゼロになる割引率を逆算し、その割引率の評価によってプロジェクトの可否を決定する。

 IT投資については、コンサルタント出身でハーバード・ビジネススクールのRobert D. Austin教授は筆者との面談のなか、米国主要企業ではROIを始めとする上記手法に限界が出てきていることを認めている。

 IT産業における先進的なビジネスの創造・展開において、IT投資の評価をうまく行えない企業が多く出てきた。主要因の1つは、財務諸表などに表れない「インタンジブル(目に見えない)」要素をどう評価するかである。

 一方、日本IBM出身の武蔵大学経済学部松島桂樹教授は、次のような利害関係者間の合意形成などのアプローチの有効性を主張している。



戦略的IT投資マネジメント


IT投資の計画作成から業績として回収されるまでのマネジメントサイクルが効果的に機能すれば、次のIT投資を促進する機運が醸成されるはずである。


その好循環が効果的なIT投資を可能にし、継続的な企業変革を推進するとし、戦略的なIT投資の効果的マネジメントを実現すべく、新たなフレームワークの構築(利害関係者間の合意形成、モデルマネジメントプロセスの統合)を通じた、新たなアプローチが有効である。

 加えて、次のような金融工学のリアル・オプション法に基づく投資と評価手法なども検討され始めた。



NPVに、次のオプション価値を加えて投資評価する。

オプション価値=【投資実行までの資本(金利)価値】+【投資事業の不確実さがもつ価値】+【市場や技術動向などの新規情報の価値】+【将来再度意思決定ができる価値】

段階的に導入する大規模システムやCRMやeビジネスなど、売上高等の定量効果測定は可能だが、その効果に不確実性が伴う投資に向く。


(4)ユーザー部門へ拡がる増速ニーズと新旧競合のビジネス

1)ブロードバンド時代のビジネスインフラの意味

 先のIP系通信インフラそのもののわが国ユーザー企業への導入という点では、米国よりもいち早く進展していることが、IT分野関係者のコメント【米国のFCC(連邦通信委員会)、NY州公益事業委員会、SBC(地域通信)、Sycamore(通信機器)、アナリストなどへの日本総研調べ(2002年4月前後)】により確認されている。

 企業通信インフラの整備から通信インフラを活かした企業活動へのパラダイム変換が起こっている。

 ブロードバンド時代にあってわが国産業の再生・復権を果たすには、「ヤングレポート」が目指したものを凌駕する、次のような階層・領域の「ビジネスインフラ」の拡充をはかることが急務である。



産業再生の鍵を握る「ビジネズインフラ


物理ネットワーク層: 2001年1月発表の「e-Japan戦略」でも示された超高速で低価格な、どこでも簡単に使える身近なネット環境(IP系光ファイバー網に加え、ADSL等含む)。


産業セクター層: データセンタ-などの当該産業・業界にてビジネスの効率化等を図るための共通機能を提供するもの。


ビジネスコマース層: もうかるビジネスやコマースのための要素。ビジネスモデルに加え、ITツール活用のノウハウ、組織設計の仕組み等。


セキュリティー層: 消費者の個人情報、企業システムへの安全性に関するものでセキュリティー政策なども対象。他の層に共通的なもの。

 上記①や②については、米国の過剰光ファイバー投資やデータセンター事業分野ではITバブルさなか、「少数の勝者」の地位獲得を焦り、これらインフラの本来価値から来るリターンを少々早読みし過大な投資をしてしまった。

 結果、資金繰りなどの主にバランスシート上の問題ゆえに自滅した企業も少なくない。しかし、これらは従来の回線交換に替る、ブロードバンド時代の新たなゲートウェイ(関門所)の位置付けになる不可欠なものである。

2)ビジネスインフラの意義とそれがもたらす革新的な効用

 ビジネス環境として新しいインフラ網につながった企業内部門や企業間での通信・コマースの形で増速ニーズが惹起されよう。それにより企業内の業務の仕方が抜本的に変革される。

 この通信・コマースでは、リッチで優良なコンテンツ(情報の内容)こそがブロードバンド時代のキラーだという側面とは異なり、コンサマトリー(consummatory)な、即ち人の行為そのものが完結した意味をもつ「コンテンツレス・コンテンツ」が鍵を握ることになる。

 わが国では前者相当のコンテンツ・放送市場は出版・放送・新聞・広告等の合計で8兆円程度。それに対して、後者相当の通信・コマース市場は、通信分野だけでもNTTグループで約12兆円あり、全体で20兆円規模をもつ。

 通信・コマース事業者へ売上高でカウントされる以上のバリュー(価値)がユーザー企業にもたらされる。通信・コマースは組織内外でのコラボレーションを通じ、現場部門の業務を改め、競争力強化につながるからである。

3)ベンチャー企業が主導する市場とその時期

 大企業が技術革新を進める上で陥りやすい罠は、既存のハイエンド顧客との関係が強すぎて膨大なローエンド顧客を見過ごしてしまうことである。

 一方、ベンチャー企業などが創出する破壊的技術革新は、新市場が拡大発展していくにつれ性能も飛躍的に向上していき、既存ハイエンド市場の性能という壁まで打破し市場全体を席巻していくと、ハーバード大学のC・クリステンセン教授は指摘する。一見取るに足らない技術がパラダイムを覆す。

 製品は高性能なのに価格競争にさらされ儲からない企業、高度な研究所を持っているのに、競争力がある製品やサービスを出せない企業は少なくない。



イノベーションのジレンマ


主要市場のメインの顧客が求める、製品の性能を高める技術を「持続的技術」とし、これに対して主要市場では既存製品の性能を下回り、低価格、単純、小型で使い勝手がよい「破壊的技術」が現れることがある。


破壊的技術は主流から外れた少数の、新しい顧客に評価される特徴がある。成功を収めた企業や経営者、技術者は、最高の顧客の声を聞くことにより一層収益性の高い、より高性能の持続的技術に固執する。収益性の低い破壊的技術は大きな組織では取り組み難い問題である。

 同教授によれば、当初は無視されていた破壊的技術、油圧式によって、殆どの機械式ショベルメーカーが追い落とされ、油圧式掘削機が勝利するのに「20年」がかかった。

 一方、パソコンのディスク・ドライブ市場では同様な価格破壊的な経過と市場リーダーの激しいかつ頻繁な交替劇が「数年程度」の間に行われた。最近では、消費者向け商品・サービスの代表格としての携帯電話、ADSL等があり、この分野での価格破壊と市場争奪の変化は、「数ヶ月」で目まぐるしく起こっている。

 東京テレコムドコムの事業に関連するIP系通信技術とそのサービスは、2つの例(ディスク・ドライブと油圧式掘削機)の中間のポジションとなろう。即ち、前者のようなパソコンを巡る消費者マス市場ほどの裾野の拡がりはないが、後者の掘削機のような特定法人顧客市場のような限定性はないため、10年程度の期間が勝負のしどころということになる。