ビューポイント No.2025-023
【自律協生社会シリーズ⑤】
地政学リスクには「山の国内資源」―潜在力発揮には「地域版GX債」を―
2025年10月07日 瀧口信一郎
1.注目される「山の国内資源」と課題
国際情勢の変化に伴い、脱炭素に加えて経済安全保障の重要性が増している。海外依存のリスクを減らすため、少量の燃料で長期間稼働できる原子力は準国内資源として、重要性が増しているが、太陽光や風力の発電機器や付属機器に海外製が使われていることへの懸念も根強く、環境破壊の批判も出てきている。
自民党の高市新総裁は、地政学リスクに備え、「国産資源開発」にも積極的な投資を行う方針を掲げている。日本は今後、山や海に眠る国内資源(水力、バイオマス、洋上風力、核融合、宇宙太陽光など)を開拓しなければならない。短期的には、「水力発電」や「バイオマス発電」という「山の国内資源」をどう活用するかが重要になる。洪水調節や渇水対策を行う治水ダムでは、既設の水力発電の発電量を高めたり、新規に発電量を生み出せたりする。農業用水や生活用水など河川本流から引き込んだ水路、山の急斜面を流れる小規模の支流を使い、山間部の集落で「中小水力発電」はまだまだ増やせる。水力発電は、日本の発電量の 1 割を占めるが、2 割まで引き上げるポテンシャルがある。バイオマス発電も 2000kW 以下の中小型であれば、地域内で木材チップを問題なく調達でき、燃料の制約を受けにくいため、発電量を増やす余地がある。
しかし、「山の国内資源」の発掘はどうしても発電コストが高くなる。水系管理、河川整備、ダムの浚渫、山林管理、流木処理、農業環境整備、倒木処理、路網整備などの土木対策、環境対策が山や河川流域で適切に維持されていないといけないからである。
日本の人口減少は深刻さを増し、地域経済の疲弊度合いは加速度的に悪化することが予想される。人がいなければインフラは維持しにくい。人は仕事があるからその地域に住み、行きたい場所があるから観光にいくのだから、山の包括的再興は人を集める魅力がないといけない。そこで、エネルギー単独で考えるのではなく、エネルギーを山の資源で賄い、山や河川流域に適した産業を配置し、魅力ある観光資源への交通手段を整備することが、定住・移住を後押しし、地方経済の再興を進めることが大切となる。
2.「山の国内資源」を「地方経済再興」につなげる方策
(1) 「エネルギー×産業×暮らし」が重なり合う新たな地域経済圏モデルの提案
地域の産業と暮らしを再興するため、「一つのインフラ投資で複数の機能・用途を同時に成立」させることを提案する。山の国内資源は、そこに暮らす人々、産業と共生し、エネルギーと複数のサービスを連携させれば、コストを抑えることができ、インフラ整備がしやすくなり、地域の持続可能性を高められる。
連携するインフラの例として、電力インフラと情報通信インフラを連携する「ワット・ビット連携」がある。再生可能エネルギー発電所の近くにデータセンターを立地させ、大規模な追加送電投資を抑えるインフラ整備の考え方で、政府の経済財政運営と改革の基本方針である「2025 年度の骨太の方針」にも位置付けられている。
このワット・ビット連携を「地域版ワット・ビット連携」として発展させ、「エネルギー×IT×農業×交通×防災」のような多分野融合型のモデルで地域の産業や暮らしの活性化につなげることが考えられる。ワット・ビット連携のポイントは、2 つのインフラを隣接させるだけでなく、再生可能エネルギーの出力変動調整とデータセンターへの電力安定供給のため、2 つのインフラの結節点として蓄電池を配置することである。したがって、蓄電池を新たな地域のインフラと位置付けることが考えられる。マイクロデータセンターは、今後、農業や地域生活にも浸透する、AI、農業用ロボット、自動運転車を運用するための基盤として重要である。大量の電力を消費する巨大なデータセンターを置くのではなく、中小規模のデータセンターを分散配置することは日本の分散した自然資源に適している。
脆弱な配電網を補完し地域の産業や生活に貢献する蓄電池は、自治体がインフラとして整備すべきである。配電網の脆弱な地域で、配電線の増強をせずに水力発電のポテンシャルを引き出せるようになる。マイクロデータセンター、アクアポニックス(陸上養殖・水耕栽培)、冷蔵・冷凍倉庫などに安定的に電力供給ができる。また、電気自動車(EV)を蓄電池としても利用することで、蓄電池の投資コストを低減できる。EV は地域の交通を強化することにつながる。EV は、ガソリンスタンドの撤退した地域での交通システムで使いやすいからである。交通システムが整備されていれば、観光客も地域を訪れやすくなりエコツーリズム(地域固有の自然・星空観光)で集客できるようにもなる。
蓄電池は長期にはなるものの自治体が投資回収できるインフラである。需給調整市場や容量市場を通じて収益化する蓄電所のビジネス環境が整いつつあるからである。自治体が蓄電池のインフラへ投資を行って地域の産業・生活基盤にする一方、民間企業による蓄電所ビジネスの参画を引き出すことで、収益性のあるインフラにすることができる。
また、二酸化炭素の分離回収装置や輸送インフラを整備することで、バイオマス発電のポテンシャルを引き出せる。木質資源によるバイオマス発電を設置すれば、燃焼副産物(CO₂、熱、灰)を原料供給源とした産業につなげられる。すなわち、CO₂を植物工場、藻類培養、炭酸利用プロセス、食品加工施設、温浴施設、化学品製造プロセスなどへ供給できる。木質資源は直接、バイオプラスチック、セルロース系素材の供給源にもなり得る。排熱を地域暖房に使うこともできる。この「発電」と「素材産業」が連動する「カーボンマネジメントインフラ」を構築すれば、エネルギー産業が地域の他分野に波及効果をもたらす構造が形成される。
ハードのインフラ投資だけでは事業は成立しないため、ソフト投資(人材育成、データ整備、需要予測システム、地域事業者の事業参入支援)を並行的に行う必要がある。これにより設備の稼働率を高め、持続的な運用を可能にする。特に地域データ基盤の整備は、再エネ発電の変動調整や、交通・農業・観光サービスの需要連動運用に必須であり、ハードとソフトの両輪での GX 投資が求められる。民間企業によるシステム投資とシステム運用を引き出しながら、地元人材や移住する人材が地域で運用を行うことが重要である。
(2)地域版 GX 債の提言
この地域経済圏モデルを官民協調で実現するため、経済成長と環境負荷低減の両立を目指す GX 債(GX 経済移行債)の枠組みを発展させ、「山の国内資源」のポテンシャルを引き出す「地域版 GX 債」として「GX 地方債」の起債を提言する。長期・複数年度にわたる先行的なインフラ投資を自治体が主導し、民間事業者の予見可能性を高めることで、新たな市場・需要の創出が期待できる。
「GX 地方債」による投資を推進する際には、「上下分離方式(自治体や公的事業体がインフラ設備を保有し、民間事業者がその運営を担う仕組み)」が有効である。これにより初期投資の負担を公共が担い、安定的な設備保有が可能になる一方で、民間企業の効率的な運営・収益化を引き出せる。鉄道や上下水道で実績のある上下分離をエネルギー・交通・産業インフラに応用することで、事業リスクを適切に分担できる。
自治体による投資が地域住民の参加する地元企業、大手民間企業と結びつくことで、地域での運営体制が確立する。具体的には「自治体・公的機関がインフラに投資」、「交通運用、観光サービス提供、農業施設運用、ヘルスケアサービス、自動化・AI データサービス、素材製造などは民間企業が担い収益化」、「地域住民や移住人材が運用の担い手となることで雇用と定住を促進」といった連鎖が起きる。このように、「設備の保有」と「事業運営」を分離する仕組みを組み込むことで、経済波及効果を高めることができる。
GX 地方債を実行に移す場合、市町村合併で域内に山間部も抱える有力市や都道府県直轄の GX 投資枠を設定して GX 版特例債を発行し、交付税措置で国が一部負担することを提案する。予算の効率的な活用が求められる中、広域の枠組みを作り、地域経済再生と人口減少対策を同時に進めることは意義が大きい。日本では歴史的に山間部と河川流域一体で地域経済圏が形成されてきたため、地域活性化は地域経済圏内での協力関係が重要である。都道府県が複数自治体をまたぐ山間部と河川流域一体の広域圏で、複数自治体をまとめて事業を推進することも求められる。
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