Economist Column No.2026-072
フランスの暴動が日本に与える教訓 ~財政悪化は混乱と国家分断を生む恐れ
2026年10月23日 石川智久
■フランスで抗議活動が一層激化
フランスでは、劣悪な教育環境に対する抗議に端を発するデモ活動の一部が暴徒化するなど、社会の混乱が深刻化している。10月17日にはリモージュで、覆面の暴徒が1883年竣工の市庁舎に押し入り、鐘楼や屋根が崩落してほぼ全焼する事態となった。19日には複数の都市で夜間外出禁止令が出され、抗議団体は今週土曜にも新たなデモを予告しているなど、収束の目途が立っていない状況である。
■抗議活動の拡大の経緯
抗議活動のそもそもの発端は、教育環境の改善を求める学生によるデモであった。背景には、教員不足や校舎の老朽化の深刻化がある。仏教育省によると、公立の中学校・高校では授業時間全体の10%で教員を確保できておらず、全国の学校の10~20%で施設の著しい劣化がみられる。トイレの故障や水漏れ、猛暑下でも冷房設備のない教室など、学習環境の不備に対する学生の不満が高まっていた。学生以外の層でも、生活費の高騰や公共支出の削減に対する不満が募っていたこともあり、抗議活動は急速に幅広い国民層へと拡大した。フランスでは従来からデモ活動が活発であり、当初はそれほど過激なものではなかったが、足元では、黒い服や覆面で身元を隠して集団行動する「ブラックブロック」といわれる集団が様々な施設に対する破壊活動を行うようになるなど、混乱が深刻化しており、極左暴力集団の関わりも懸念されている
■教育環境と公共サービスを制約する財政悪化
教育環境の悪化や各種公共サービスに係る支出削減の背景には、フランスの財政状況の悪化がある。政府債務残高のGDP比は約120%であり、財政赤字のGDP比も5.4%に達する見込みである。また、社会不安が財政の一段の悪化につながるとの懸念から、長期国債利回りは大幅に上昇している。ドイツ国債に対する利回り格差は、かつてPIIGSと呼ばれた国々であるイタリアやギリシャの水準を上回っている。また、フランスの高格付け社債の約4割が国債よりも低い利回りで取引されるなど、国の財政に対する信認低下が著しい。
こうしたなか、フランスにとって財政再建は待ったなしとなっており、年金の物価スライドの部分停止や税制優遇の縮小を政府は検討しているが、年金受給者に負担を求める財政再建策に野党が猛反発しており、予算協議は難航している。また、フランスの大統領選挙が2027年4月18日と5月2日に2回投票制で行われる予定であり、これがフランスの混乱に拍車をかけることが懸念されている。現在は、右派ポピュリストの政党「国民連合(RN)」のルペン氏が優勢であるが、極左政党「不屈のフランス(LFI)」のジャンリュック・メランション氏がそれを追う展開となっている。そして両者が今回の混乱について、相手側陣営に責任を押し付けあっている。いわば極右と極左が対立する状況であり、中道派の声が搔き消されるなか、国が分断する状況となっている。また、フランス内外から外国人政策の見直しに絡める議論もみられるなど、混乱が続いている。
■フランスの教訓~財政悪化は国家混乱と分断を生む
このようにみると、財政悪化は国民の不満を生み、それが当初は穏健な抗議活動であったとしても、抗議の輪が広がるなかで過激なグループが関わってくると、治安悪化等の問題にまで発展するということである。そして、問題が深刻化すると、国論が二分してしまい、混乱に拍車がかかる。
財政状況が厳しい日本にとっても、足元のフランスの動きは看過できない。フランス国債の海外投資家保有比率は、2022年初めの約50%から2026年初めには約60%へ上昇しており、国債の大半を国内で消化する日本とは保有構造が異なる。ただし、国内投資家の需要が減退すれば、日本でも国債の円滑な発行に支障が生じる可能性がある。前述の通り、フランスでは国債よりも高格付け社債が投資家に選好され、その約4割が国債よりも低い利回りで取引されている。日本でも財政悪化が続けば、同様の事態が生じるリスクは否定できない。その対応策として、仮に日銀が国債買い入れを再び拡大した場合、露骨な財政ファイナンスであるとして円安やインフレを通じて家計や企業の負担がかえって増すおそれがある。
わが国は政権基盤が比較的安定しており、直ちにフランスと同様の状況に陥るリスクが高いとはいえない。もっとも、政府債務残高のGDP比率は先進国で最も高い水準にある。足元では一般政府における純債務残高のGDP比率が他の先進国と大きな差がないことをもって積極財政を推し進めるべきという声もあるが、日本の一般政府の金融資産の中で大きなものは公的年金積立金である。当然ながら、年金積立金は将来給付のために存在しているのであり、年金受給者の財産権を考えると、政府の経常的な活動で生じる赤字の埋め合わせに使えるものではない。このほか、政府の金融資産には外貨準備も含まれるが、これは為替介入を目的として保有されているものであり、これも財政赤字の穴埋めに使うには制限があるものだ。
以上を考えると、日本の財政状況を過度に楽観視することは危険であり、積極財政を進める場合には、非効率な支出の徹底的な見直しによる明示的な財源確保など、財政健全化への配慮が不可欠である。
財政再建は経済的な規律の問題だけでなく、社会の秩序を守るという意味でも重要なのである。
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