Economist Column No.2026-070
ホルムズ海峡閉鎖が示した課題:エネルギー調達構造の抜本的な転換が急務
2026年10月19日 石川智久
■「令和のオイルショック」の影響は現時点では限定的
今回のホルムズ海峡危機では、海峡閉鎖に伴い、中東からの原油・LNGの供給が過去最大級の規模で途絶した。途絶量と継続期間を踏まえれば、近代石油産業の成立以降でも最大級の供給ショックと位置付けられる。原油・LNGの輸送制約はエネルギー市場を大きく揺さぶり、その影響は石油化学、肥料、アルミニウム、航空、海運など幅広い産業へ波及している。
もっとも、危機の規模に比して、足元の原油価格の上昇は比較的抑制されている。その背景には、産油国による迂回輸送ルートの確保、需要の減少、各国による備蓄放出や在庫取り崩しなどがある。なかでも、中国が国内需要の減少と在庫活用を通じて原油輸入を想定以上に削減したことによる他の需要国への影響は大きい。結果として、中国の輸入減少が世界の需給逼迫を緩和した側面がある。
ただし、これまで市場価格の急騰を回避できた主因は、備蓄放出や在庫取り崩しであり、その効果は一時的である。ホルムズ海峡の閉鎖や中東における軍事衝突が長期化・拡大すれば、原油価格の高騰にとどまらず、供給量そのものが不足する可能性がある。また、豊富な在庫と一定の国内生産力を有する中国が、今次局面ではいわば「スイング・インポーター」として機能した一方、中国の動向が世界の原油需給を大きく左右するという新たなリスクも顕在化した。加えて、夏場の日本におけるナフサ不足や、足元の米国でみられるディーゼル燃料不足など、川下の石油製品で供給制約が今後さらに生じる可能性も否定できない。欧州では冬季暖房にLNGを活用するが、在庫は十分とはいえない。本年が厳冬となった場合、LNG不足に加え、暖房供給の制約を通じて凍死者が増加する懸念もある。石油・ガス不足が経済・社会に深刻な影響を及ぼすリスクは依然として大きく、強い危機意識を持って備える必要がある。
■エネルギー安全保障の強化に向けた5つの柱
こうした状況を踏まえ、日本は多面的なエネルギー安全保障の強化に取り組む必要がある。その中核となる概念は「多様性」である。チャーチルが「石油の安全性と確実性は、多様性の中に、そして多様性の中にのみ存在する(Safety and certainty in oil lie in variety and variety alone)」と述べたように、この原則に立脚し、以下の5つの柱を軸として政策対応を進めることが重要である。そして、エネルギー危機が起きたときに、そうした準備を十分に機能させる態勢整備も重要である。
第1は、供給地域の多様化である。原油・LNGの中東依存度を段階的に引き下げ、米国、カナダ、東南アジア、豪州などとの長期的な取引関係を維持・強化する必要がある。危機発生後に代替供給を確保しようとしても、輸送船、港湾能力、契約枠を直ちに確保することは難しい。このため、平時から調達経路の多様性を確保しておくことが求められる。また、国内の多くの石油精製設備は中東産原油での利用を前提としていることから、多様な油種を処理できる態勢整備を政府が支援することも重要である。
第2は、在庫の多様化である。すなわち、備蓄政策の対象を川上の原油に限定せず、川下の石油製品まで拡張する必要がある。今回の危機では、原油だけでなく、ナフサやディーゼル燃料など石油製品の不足も顕著となった。また、一部の石油製品が欠けるだけでサプライチェーン全体が停止するというボトルネック・リスクも明らかになった。原油の調達から製品化までに時間を要することを踏まえれば、石油製品在庫の確保も備蓄政策の重要な柱と位置付けるべきである。
第3は、電源構成の一層の多角化である。安全性の向上を前提とする原子力、脱炭素化を進めた火力、再生可能エネルギー、蓄電、省エネルギーを適切に組み合わせ、特定の電源への過度な依存を回避する必要がある。同様に、再生可能エネルギーへの過度な依存もリスクを伴う。再生可能エネルギーへ既存電源から「移行」してしまうのではなく、供給力の選択肢として「追加」することで、適切なエネルギー・ポートフォリオを構築し、コストとリスクの均衡を図るべきである。
第4は、グローバルな視点に立って多面的に連携を深めるエネルギー外交である。供給元となる資源国との関係強化に加え、価値観を共有する国々との共同調達、海上交通路の安全確保、共同での資源開発などを、各国と連携の下でエネルギー安全保障の強化に向けて一体的に推進することが求められる。
第5は、エネルギー危機の発生に備えた緊急時法制などの整備である。具体的には、需要を抑制する枠組みに加え、限られた資源を必要性の高いところに優先的に供給するためのルールを整備する必要がある。国民生活の最低限の維持や安全保障等に直結する重要機能をあらかじめ特定し、平時から実効ある対応をとれる態勢を整備しておくことが求められる。
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