Economist Column No.2026-056
日米政策対話に生じた不協和音 ― 財政・金融政策の不整合と市場の緊張 ―
2026年09月03日 井上肇
■日米で強まる金利上昇圧力
日本では、新発10年国債利回りが9月1日に一時3%に達し、1996年9月以来の高水準となった。同日、植田和男日銀総裁は9月を含む各会合で利上げの是非を議論し、物価の上振れリスクにこれまで以上に注意すると述べた。2日には、高田創審議委員も機動的な利上げの必要性を指摘した。
米国では、中東危機後、FRBが政策金利を据え置いてきた。ウォーシュFRB議長は8月28日のジャクソンホール会合で、基調的なインフレ率が明確かつ十分な速さで2%へ向かうとの確信がなければ、なお対応が必要だと述べた。利上げは予告しなかったが、発言後、再利上げ観測が強まった。長期金利も、景気の底堅さやインフレ、財政赤字、国債増発への懸念から高水準にある。
日本政府は財政拡張を志向する一方、日銀は利上げ局面にある。米国でも、政府が2017年減税の主要な時限措置を恒久化する一方、FRBの再利上げ観測が浮上している。日米とも、供給制約下で財政措置による需要押し上げが供給力の拡大に先行し、金融引き締めの効果を相殺すれば、政策の不整合が生じ、追加利上げの必要性が高まりかねない。こうしたなか、米国は日本に金融政策上の対応を促し、財政運営にも見解を示しているが、自国も同様の不整合を抱える。このねじれが、日米の政策対話に不協和音を生んでいる。
■日本は国内事情に基づいて調整を
金融・財政のいずれにおいても、日本は国内事情に基づいて政策を調整すべきである。ニューヨーク・タイムズ紙は、5月11日の片山さつき財務相との会食で、ベッセント米財務長官が高市政権の経済政策を2時間以上にわたり批判し、首相周辺で円安の利点を強調する議論にも異議を唱えたと報じた。8月30日にはベッセント氏が植田総裁、31日には片山氏と相次いで会談した。米財務省によると、植田氏との会談で、ベッセント氏は、インフレ期待の安定と過度な為替変動の回避に向け、金融政策を適切に策定・発信する重要性を強調した。また、円の大幅な過小評価に対処する日本の断固たる市場措置と金融政策上の対応を強く支持した。さらに、ベッセント氏は9月1日のG20閉幕後の記者会見で、日本を名指しし、「リフレ政策をやめるべきだ」と述べた。日本の政策運営に見直しを求める米側の姿勢が、公の場でも明確になった。
日銀は基調的な物価上昇率が2%目標に近づき、金融環境はなお緩和的としており、追加利上げには根拠がある。だが、7月末の円買い介入で米国が協力したほか、日銀による金融政策の調整を強調してきただけに、今後の利上げが米国に促されたとの印象を与えかねない。日銀は国内の物価・賃金情勢に即して判断を説明し、政策運営の自主性への信認を保つ必要がある。
財政運営のあり方も、米国の見解ではなく、国内の供給制約と金利上昇を踏まえて考えるべきである。市場金利が上昇すれば、借り換えを通じて国債の利払い費が増え、財政余地は狭まる。
物価高対策や食料品の消費税減税は物価水準を一時的に押し下げ、家計負担を軽減し、消費の下押し圧力を和らげる。危機管理・成長投資も、供給力を高めるまでの間は需要を押し上げる。こうした施策を幅広く積み上げれば、供給制約下で物価上昇圧力を強めかねない。高市政権には、企業が長期投資を計画できるよう、戦略17分野の枠組みを維持しつつ、予算編成の早い段階から減税・歳出策の規模感と財源方針を示し、生産性向上への寄与、経済安全保障上の必要性、民間だけでは埋められない投資不足の有無、費用対効果を基準に配分を見直す「選別型の積極財政」が求められる。
■米国に問われる対日要求の説得力
米議会予算局は、2026会計年度の財政赤字をGDP比5.8%、政府内保有分を除く連邦債務を同101%と見込む。大型減税による財政拡張が続く一方、FOMCにはインフレが収まらなければ利上げという選択肢が残る。それでもトランプ大統領は8月31日、米国の金利は世界で最も低くあるべきだと改めて主張した。財政拡張と利下げ要求は、少なくとも短期的にはインフレ抑制と整合しにくい。米国の財政拡張が米金利を押し上げ、日米金利差が拡大すれば、ドル高・円安を通じて日本の物価にも波及する可能性がある。
日本は国内事情から金融政策の正常化と財政措置の選別を進めるべきだ。日米が避けるべきは、財政拡張によって追加利上げの必要性や長期金利の上昇圧力を高めることである。米国が日本に政策対応を促すなら、自国でも財政・金融政策の整合性を高める必要がある。
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