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Economist Column No.2026-049

経済史のエピソードからAI社会の在り方を考える ~ケインズの予言、ラッダイト運動、アダム・スミス~

2026年08月05日 石川智久


■産業革命の歴史からAI社会を考える
AIが今後の経済・社会にどのような影響与えるのか、現時点では誰もが明確な答えを持てないでいる。一方で、先般、ノーベル経済学賞受賞者を含む多くの経済学者らがWe Must Act Nowという短い声明文を発信し、AIは産業革命よりも大きなインパクトを生み出す可能性があるとした。そこで、以下では産業革命前後の経済史にかかわるいくつかのエピソードを振り返ることで、AI社会の在り方について考えてみたい。
まず、ケインズから考えてみたい。ケインズは、産業革命後のイギリスに生まれ、それに影響を受けた経済・社会の変化を観察し、1930年には次のような予言をしている。「100年後には、1日に3時間も働けば生活に必要なものを得ることができるようになるだろう」というものだ。今のところこの予言は当たっていないように見える。しかしながら、AIの進化によっては、ケインズの予言の期限である2030年には、人々は一日3時間しか働かないで済むのかもしれない。もちろん、その実情が、1日3時間の労働で幸せになれればユートピアであるし、逆にAIが人類から仕事を奪った結果として収入を得ようにも1日3時間しか働けず、ぎりぎりの生活しかできないというディストピアシナリオも否定できない。

■ラッダイト運動から示唆されること
仮にディストピアシナリオとなった場合、何が起きるのだろうか。想起されるのがラッダイト運動である。これは産業革命時、機械に仕事を奪われることを懸念した労働者が機械の破壊に走ったという話である。この運動は当局が取り締まり、それほど長期化しなかった。また機械が持つ利便性は多くの人々にとって魅力があるのは事実であり、結局のところ、多くの仕事は人間ではなく機械が行うようになった。その意味でラッダイト運動は失敗に終わったと言える。一方で、これを契機に労働組合運動への関心が高まることとなる。また、資本家と労働者の間で経済格差が拡大するなか、マルクスが資本論等を著し、政治・経済論壇で社会主義や共産主義が勢いを増していく。つまり、産業革命は単なる技術革新や社会の変化にとどまらず、新たな経済思想をもたらしたとも言える。
これらから考えると、AIの登場によって、人々の労働の仕方が大きく変化することはほぼ間違いないだろう。しかし、それによって不利益を被る人が出てくることも想定される。AIを技術としての話だけではなく、どのようにすれば幅広く人々に恩恵が及ぶのかについて、充分考えていく必要がある。

■神の見えざる手と人工の手
さて、今年は体系的な経済学を著した最初の書籍ともいえるアダム・スミスの「国富論」が発刊されて250年目である。同書発刊は産業革命が進行していた時代であり、経済学はまさに産業革命が生み出したものともいえる。同書は「神の見えざる手」が市場の需給をバランスさせることを論じた。そしてアダム・スミスは、著作「道徳感情論」で、人間の本性には共感があるとしている。国富論だけをみると、国を総体として富ますことをひたすら追求したようにみえるが、道徳感情論にも目をむけると、人間一人ひとりの幸福を高めることの重要性にまで考えを巡らせていたことがわかる。
それに対して現在、IMFのギータ・コピナート筆頭副専務理事等は、AIが「人工の手」となってしまい、市場を「神のみえざる手」に任せるだけではAIの恩恵が一部の人々に独占されるリスクがあると、市場メカニズムへの悪影響について警鐘を鳴らしている。また、サピエンス全史等で知られるユヴァル・ノア・ハラリ氏は、デジタル貴族が経済・社会を支配するだけでなく、真の支配者はアルゴリズムとなり、アルゴリズムによる全体主義となるリスクを指摘している。そして、そうしたディストピアを避ける方策として、多くの経済学者が、これまでとは全く異なる規制のほか、AIの影響が国境を超えることを踏まえた国際協調の必要性を指摘している。
前述のとおり、産業革命は経済学を生み出し、資本主義・社会主義というイデオロギーも生んだ。AIが新たな産業革命を起こすならば、経済学の教科書が書き換わるだけでなく、より幅広く人々の思想・行動に影響を及ぼす新たなイデオロギーが創出されることも十分にありえるだろう。そのようなAI時代の為政者・研究者は、アダム・スミスのように、一人ひとりの幸福につながるにはどうあるべきか、という視座を持つことが求められよう。

<参考文献>
・Stanford Digital Economy Lab「We Must Act Now /A Statement on AI’s Transformation  
of the Economy」https://www.wemustactnow.ai/

・Gita Gopinath” The Power and Perils of the “Artificial Hand”: Considering AI Through the Ideas of Adam Smith”,Speech to commemorate 300th anniversary of Adam Smith’s birth University of Glasgow, June 5, 2023
https://www.imf.org/en/news/articles/2023/06/05/sp060523-fdmd-ai-adamsmith

・ユヴァル・ノア・ハラリ「サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福(上下)」(2016)、「ホモ・デウス テクノロジーとサピエンスの未来(上下)」(2018、2022)、「NEXUS 情報の人類(上下)」(2025)、以上河出書房新社

・アダム・スミス(著)、高哲男(訳)「国富論(上下)」、「道徳感情論」講談社学術文庫


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