Economist Column No.2026-035
金利1%が問い直す企業価値 ― 「供給制約の時代」の株式市場 ―
2026年06月29日 西岡慎一
■度重なる供給ショック
政策金利は約30年ぶりに1%台へ戻った。市場では、「日本経済の正常化」や「デフレからの脱却」の象徴として前向きに受け止める向きも少なくない。しかし、今回の利上げは、日銀が長年目指してきた「需要主導型のインフレ」が実現した結果とは言いがたい。
今回のインフレを生み出したのは、度重なる供給ショックである。コロナ禍による供給網の寸断、地政学リスクによる資源高、異常気象による食料価格の高騰、経済安全保障を背景とした調達網の混乱と再編、そして深刻な人手不足である。異なるショックが重なり合い、物価を押し上げる構図が世界的に常態化している。
政策金利1%は、日本経済が「需要不足の時代」から「供給制約の時代」へ本格的に移行したことを告げている。これは、株式市場で評価される企業像を変える可能性がある。
■株高はインフレ転換の一時的追い風
足元の株高は、日本企業全体の競争力向上だけで説明できない。AIブームを背景に半導体関連株へ資金が集中していることが原動力になっており、一部銘柄への偏りが大きい。
もちろん半導体企業だけでなく多くの企業で、値上げや円安を背景に利益率が改善したことも株高につながってきた。近年、企業による価格転嫁への社会的な理解がある程度広がった一方、デフレ期に定着した慎重な賃金設定行動が残ったため、賃金上昇は物価上昇に及ばず、収益にはプラスに作用した。長期にわたる低金利で利払い負担は抑えられたほか、円安の進行も海外事業の円建て収益を押し上げた。
しかし、こうした恩恵は長くは続かない。今後は、供給力を維持・強化するための負担が収益を圧迫する局面に入っていく可能性が高い。まず、地政学リスクや経済安全保障を背景に、企業は供給網の再編を余儀なくされ、調達先の分散や在庫の確保など追加コスト負担を一層迫られている。人材の面でも、賃上げや処遇改善の重要度が増し、最近では人件費の増大が収益の本格的な重荷になりつつある。
また、中長期的には、財政負担の拡大も減益要因となる。防衛、GX、半導体など供給力強化に向けた政策が進むなか、企業に負担を求める動きが強まる公算が大きい。
さらに重要な問題は、供給制約によって企業が将来の事業環境を見通しにくくなるという点だ。需要ショックであれば、稼働率や在庫、労働時間の調整を通じてその悪影響を吸収する余地がある。政府も財政・金融政策を通じて経済を安定させやすい。しかし、供給ショックでは、人材や原材料の不足を短期間で解消することは難しい。政府も供給面への対応に限界があるばかりでなく、景気と物価のトレードオフに直面し経済対策を打ち出しにくい。
その結果、成長率や物価、金利は振れやすくなり、予見可能性は低下する。企業は投資を抑える結果、供給制約がさらに深刻化する悪循環に陥る。
■供給制約の時代に評価される企業
こうした環境では、株式市場の評価軸も変わる。評価されるのは、値上げや円安を利益につなげる企業ではなく、供給制約が常態化するなかでも安定して価値を創出できる企業だ。
グローバル化が広がっていた時代、調達先の分散や在庫の確保といった危機対応は非効率とみなされ、効率性とトレードオフの関係にあるとの見方が強かった。しかし、今後は人材やエネルギー、重要物資を安定的に確保し、不確実性を吸収する力が企業価値となる。
近年の研究でも、取引ネットワークを幅広い地域で確保している企業ほど、供給途絶の悪影響を抑制できたことが示されているほか、供給網の強靭性を構成する要素のなかでも「事前の備え」が業績を大きく左右するとの指摘もある。人材面でも、コロナ禍で従業員の雇用を維持し、好待遇を提供した企業ほど業績の回復が早かったとの主張もある。
こうした競争力を支えるのがデジタル技術である。AIやデジタルツインの活用による需要予測や供給網全体の可視化は、効率性と強靭性を両立させることを可能にしている。
政策金利1%は単なる金融政策の節目ではなく、日本経済と株式市場の評価軸が変わる時代の転機と捉えるべきではないだろうか。
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